2000年1月号 「私」の読み方 |
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高校『日語』第1冊第1課6頁に「わたしには将来童話作家になりたいという夢があります」という文があります。「わたし」はどうして「私」と漢字で書かないのでしょうか。また、この「私」が出ている場合、「わたし」か「わたくし」か、判別することができるでしょうか。 |
現在の漢字の読み方の基準になっているのものは、「常用漢字音訓表」(1981年10月1日内閣告示)です。そこには、「私」の読み方として、訓の「わたくし」と音の「シ」が掲げられています。「わたし」という読み方は認められていません。「わたし」と表したいときは、ひらがな表記になります。この教科書もこの考え方に基づいて作成されています。 「私」は一人称の代名詞のほかに「個人に関することがら」などにも使われます。例えば、「このたび私ごとで皆様にご迷惑をおかけしました」「市立学校ではなく私立学校です」*「国の命運をまかされている人は、私の気持ちがあってはならない」などが挙げられます。いずれも「わたくし」と読まなければなりません。 しかし実際には、代名詞を表す「私」は「わたくし」か「わたし」か、あまり区別しないで使われています。中には、「私」と書いて「わたし」とふり仮名が付けてある場合もありますが、判断が難しいこともあります。音読する場合は、文体や書き手の年齢、場面などを考慮して判断するしかありません。例えば、公的な場所で改まって「本日、私がこちらにまいりましたのは……」とスピーチする場合は、「わたくし」だと推測がつきます。一方、わりあい親しい間柄の場面で「私、今、困っているんです」と書かれている場合は、「わたし」だと考えられます。 *「市立」「私立」は両方とも「しりつ」と読むので、特に区別したい時は、「いちりつ」「わたくしりつ」と言う。 加納陸人
文教大学教授/『日語』日本側主任編集委員 |