『国際文化フォーラム通信』100 号を記念して、今号はこれまでとはちがうデザイン、内容でお届けします。ふだんは黒子であるスタッフの意外な一面や、歴代事務局長のインタビューを通じて、時代や社会状況に即して変わってきた事業、変わらない思いをお伝えしたいと思ったのです。

これまで『国際文化フォーラム通信』では、事業の様子だけでなく、私たちが考えていることやめざしているものを、その時々の教育現場での関心にからめながら取り上げてきました。ICT を特集した93号には、「ICT に関連する公開授業や研究会でぜひ配布したい」と要望が寄せられたり、21世紀に必要な力を育てるためのアプローチについて考える特集を組んだ96号では、多くの方から「参考になった」「刺激になった」と感想をいただきました。一つひとつのコメントが、とても励みになりました。

昨年6月に開設したfacebook の公式ページでは、スタッフが日々何をしているか、どんな人たちと出会っているかなどをリアルタイムでお伝えしています。来年1月にはメールマガジンを創刊し、TJF が主催、協力する催しの情報はもちろん、事業に関連するニュース、ウェブサイトの更新も発信していきます。もちろん印刷物も引き続き活用することに変わりありません。これからもさまざまなメディアを活用して、皆さまとつながっていきます。

私たちのミッションに共感してくださる皆さまとつながるのは、今号で紹介したスタッフ10 名＋…です。得意なことも好きなこともちがう、考え方もさまざま、でも大きな目標を共有しています。少ない人数であっても、そんな集団だからこそ、時代の変化を踏まえ、新しいことにチャレンジできると確信しています。ミッションを達成するために、天空を流転する星のごとく事業を進めていきたいと思います。

これからもご指導、ご協力をよろしくお願いいたします。

水口景子

・TJFは1994年に高等学校の中国語教育の事業に、1997年には同じく韓国語の事業にも取り組み始めました。この二つの言語を、日本にとって隣国、隣人のことばであることから「隣語（りんご）」と呼んできました。今回、「隣語」の意味を改めて考え、隣の人とつながるためのことば＝自分にとって大切な外国語、に拡げました。もちろん、中国語と韓国語が大切なことばであることに変わりはなく、TJFは引き続き中国語教育や韓国語教育に関連した事業を進めていきます。

・ニュースで紹介した「りんご記念日」は、自分にとっての「りんご」にであった大切な想い出の日です。私にも忘れられない「りんご」があります。

・実家のお隣さん、アンリ・ポール・デグチ家は、ドイツ人のおばあちゃん、フランス人のお父さん、ベトナムにルーツをもつお母さん、インターナショナルスクールに通うココ、モニク、ナミの3兄弟の6人家族。初めて家に招かれたとき、靴をぬがずに家に入ったり、お風呂とトイレが一緒になっているのにすごく驚いたことを今でもよく覚えています。最初は居心地の悪さを感じたものの、それを超えるワクワクがたくさんありました。おばあちゃんが焼いてくれたケーキは、お店で売っているものとはまったく違うものでした。大きなクリスマスツリーの下に用意されていたプレゼントの箱には、当時日本では手に入らないバービー人形の洋服が入っていました。毎朝、学校に向かう私にお父さんがかけてくれたことば「Bonjour！」は、私が初めてであったフランス語です。大学でフランス語を専攻する大きなきっかけとなりました。

・TJFで仕事を始めた翌年の1995年秋、「第4回全中国外国語学校中高生日本語弁論大会」の事務局の一員として初めて中国に出張し、上海外国語学校の先生方と一緒に大会の準備作業をしました。日本語科、英語科、フランス語科の先生方とは、なんとか意思疎通することができるのですが、ある日ロシア語の先生とペアを組むことになりました。彼女が話すのは中国語とロシア語。私との間に共通のことばはありません。ジェスチャーと筆談だけでつないだ数時間。隣にいるのにコミュニケーションがままならない。このとき、私は中国語を習おうと決めました。これまでいろいろなことばにチャレンジしてきましたが、人とつながるためのことばをまさに実感したのが中国語なのです。

・きっと皆さんにも「りんご」とのであいがあると思います。そのときの想いを存分に語ってください。「りんご記念日カレンダー」にあなたの一日を用意してお待ちしています。

水口景子

・中国東北三省から来日した5名の先生方は、さいたま市北浦和にある国際交流基金日本語教育センターに泊まり込み、『好朋友』のカリキュラム作成に取り組みました。現在、先生方が授業で大事にしていること、授業の工夫や苦労を共有しながら、日本語教育の意義を再確認し、カリキュラムづくりの方法についても考えました。

・期間中ファシリテーターの役割を果たしてくれたのは中新井綾子さんと武田育恵さんです。中新井さんは『好朋友』の編集委員のひとりでもあり、TJFが開催する中国での日本語教師研修会の講師を毎年務めています。武田さんは、大学時代の恩師である加納陸人先生から『好朋友』を紹介されたことがきっかけで、この教科書で教えてみたいと思うようになり、大連市の弘文中学で今年1月まで3年間日本語を教えていました。加えて、『好朋友』を使っている大連の先生方の良き相談相手でもありました。

・センターでの研修だけでなく、外出先も学びの場となりました。トマトチーズ鍋をはじめいろいろな鍋が載っているレストランのメニューを手にした白先生は、「このメニューから、日本語のなかの外来語が学べるだけでなく、今の日本の食について生徒たちに気づかせることがたくさんあります」といいます。先輩先生の姿を見て、どんなものでも教材になりうることに気づいた若手の先生方のパンフレット集めが始まりました。横浜の中学で見た生徒のノートにヒントを得た王先生は、今学期から日本語の授業でノートの取り方を提示してみようと決めました。

・先日、インターナショナルスクールで日本語・文化の授業を教えていらっしゃる先生を講師にお願いしTJFで勉強会を開きました。この先生は、21世紀型スキルの育成を目標に掲げ、プロジェクト型学習を授業に取り入れています。勉強会にはスタッフのほかに、「学習のめやす」や「OTOプロジェクト」など、TJFのさまざまなプロジェクトに関わってくださる方々にも集まってもらいました。

・勉強会では21世紀の教師像を何かにたとえてみてくださいとの問いかけがあり、参加者から「母なる大地」「お釈迦さまの手」などといろいろな回答がありました。この質問を聞いたとき、私の頭に浮かんだのは「風」でした。風は目には見えないけれど、植物の種を運び、運ばれた種は芽を出し根を張り、なかには大きな木に育って実を結ぶものもあります。『好朋友』を使って日本語のクラスを担当する先生たちが風を起こし、『好朋友』で日本語を学んだ生徒たちが、さまざまな言語や文化が共生するこれからの社会で人間関係を温暖化できる力をもった人に育っていく……。

・5名の先生方にはこれから、自ら名付けた「好朋友宣伝隊」として、研修会などさまざまな場面で活躍していただきます。東北三省の日本語クラスに起こった風が、中国各地に種を運んでいく、2013年度をそんな年にしたいと思っています。

水口景子

・昨年6月、より多くの人にTJFのミッションに共感し、活動に参画していただくために、コラボレーター制度を設けた。制度の名称を決めるにあたって複数の候補があがったが、「コラボレート」には、異なる立場の人が共同作業をする意味があることから、最終的にこの名称に決まった。すでにこの半年間に、通訳、翻訳チェック、アテンド、事業の広報などさまざまな場面で活躍してくれている。

・今回の特集で紹介した大学のゼミとの「コラボレーション（コラボ）」は、TJFにとって新しい挑戦だった。私も何度かゼミに足を運び、学生たちが自ら企画した「デコ」と「アイドル」をテーマにコンテンツをつくりあげる過程に立ち会う機会を得た。

・「中学時代や高校時代は、自分を主張したくて文具をデコっていたけれど、今はやらない」と聞いて、なるほどそういう気持ちなのかと感じ、「いたしゃもデコだよね」という発言に、「アメ車」世代の私は、イタリアの車がなぜデコなのか、頭のなかは「？」でいっぱいになった。車体に漫画やアニメ、ゲームなどに関連するキャラクターやメーカーのロゴをかたどったステッカーを貼り付けたり、塗装するなど装飾した自動車のことを「痛車」と呼ぶと知ったのは、話し合いがかなり進んでからだった。今、若い人たちの間で何が話題になっていて、それをどのように捉えているのかを知ることができた意味は小さくないと思う。

・「みんなの発想には毎回驚かされた。ゼミの後は脳みそ使ったー！　という気分になる」「自分がいかにステレオタイプだったかということに気づかされた。いろいろな日本を自分で見るようになって、日本が広くなった」。企画が決まり本格的な取材に入る前に、それまでを振り返ってもらったゼミ生のこうしたコメントから、「考える」ことが刺激され、思考力がパワーアップしたことが伝わってくる。

・「インタビュー相手が関わる分野について、もっと勉強しなければならないことがわかった」「相手をどれだけ知っているかによって、質問内容や相手の反応が変わってくる」。何かを聞くためには、相手のことをより広く深く知っておく必要があると気づいたようだ。

・私たちは「外国語学習のめやす」で、言語は社会活動と不可分であり、現実社会の文脈でこそ、効率的なことばの学びができると提案している。このことは決して言語の学びに限ったことではない。今回のコラボはまさにそのことが実感されるものだった。

・「コラボ」は、しばしば意外な組み合わせによって付加価値が創出されるという。演歌歌手とジャズ歌手の共演、自動車メーカーと家具メーカーによる自動車の開発など、「異色コラボ」が私たちのまわりに多数存在する。普通では想像できないような組み合わせが、化学反応を起こし、これまでにないものを創っていく。旧来の価値観にとらわれず新しいものをいっしょに創っていく「コラボ」の相手探しをこれからも続けていきたい。

水口景子

・「机を移動して3人のグループをつくってください」。授業でグループ学習をしようとしたときのことだそうです。机三つの合わせ方に戸惑ったり、座ったまま動こうとしなかったり……。これは幼稚園でも小学校のことでもなく、ある高校の話です。三つの机を寄せてうまく配置することができず、生徒自身も苦笑していたといいます。ただ座って先生の話を聞く授業スタイルに慣れすぎてしまったこと、受験勉強で答えがひとつの世界にどっぷりつかってしまったことが背景にあるのでしょう、と先生が言ったことばが印象的でした。

・「分析力」「思考力」「伝える力」「協働力」「創造力」「ICT活用力」……。今の子どもたちには多くの力が求められています。いずれもさまざまな場面で経験を積み重ね、徐々に身につけていくものです。授業は、教科の内容を学びながらこうした力を身につけるトレーニングには最適の場です。ただし、やみくもに運動すれば身体が鍛えられるわけではないのと同様、トレーニングを効果的なものにするためには、研究や理論に裏づけられた方法に則って授業をデザインすることが必要です。

・アメリカでは、2050年までには伝統的な「教師」という仕事はなくなるとの予測が出ているそうです。「教師」はカリキュラムデザイナーという職業に取って代わられるだろうと、ある先生がおっしゃっていました。

・今回の特集に出てくる、「知識構成型ジグソー法」やシンキング・ツールは、教科の枠を超えて、また、子どもの発達段階にあわせて使えるように開発されたものです。子どもたちの興味や関心に沿いながら、こうしたツールを活用して授業をまさにデザインしていくことが必要なのではないでしょうか。そうした学びを繰り返すことで、21世紀に生きる力が子どもに備わってくるのだと思います。

・TJFは今、学びをいかにデザインするかにチャレンジしています。例えば、沖縄、大阪、台湾の学校の先生たちといっしょに協働を生み出すための年間のカリキュラムづくりをしています。ことばも文化背景も異なる三つの高校の生徒が、テレビ会議システムなどを利用してさまざまな課題に取り組むなかで、「コミュニケーション力」「表現力」「創造力」が鍛えられています。また、毎夏実施している「互いのことばを学ぶ日中高校生の交流プログラム」では、日中の高校生が、「サマキャン☆文化祭」を企画、実施していく過程で、伝えたいことがなかなか伝わらないもどかしさを感じながらも、ともに何かを創りだしていく力を身につけられるよう、10日間の活動をデザインしています。

・これからの時代を生きぬく力の育成という目標に向かって研究や実践に取り組んでいる人たちがまだまだたくさんいます。こうした人たちの力を借りながら、ことばと文化の学びと交流の場をデザインしていきたいと思います。

水口景子

・先だって、「聞き書き」という活動に取り組んでいる塩野米松氏のワークショップに参加する機会を得ました。「聞き書き」は、相手との対話を話し手のことばだけで文章にまとめていく、「日本独特とはいかないまでも世界でもなかなか珍しい不思議な文芸形式」だそうです。塩野氏が初めて聞き書きをしたのは30代半ば。相手は、法隆寺の解体修理や薬師寺金堂・西塔の再建に関わった宮大工西岡常一棟梁でした。その後三十年近く、名人や達人といわれる300人の聞き書きをして、職業を通して彼らの人生を浮かび上がらせてきました。

・「『聞き書き』の作業は、日常に埋もれてしまいそうな、その人の生活や考え方、仕事のことなどを聞き出し、正確に書き写す力とその心構えが大切」とのこと。茶飲み話の延長で始まる対話は、相手との関係を少しずつ深めながら進行していきます。先入観をもたずにまっさらな気持ちで臨む、相手に関心をもつ、相手を尊敬する、自分のことをわかってもらう努力をする、重なり合う部分をつくるきっかけを見つける、などなど塩野さんが話してくださった「聞き書き」のコツは、私たちが大事に思っていることと重なる部分がたくさんありました。

・一人ひとりの人生は鏡の板一枚でしかない。この板をたくさん集めてミラーボールを作り、さらに、そのミラーボールを100個、1,000個と作れば、人間がなんであるかがわかるというお話にも共感を覚えました。

・TJFのウェブサイト「くりっくにっぽん」は、日本の若い人たちの素顔を入り口に、日本人や日本文化に対する理解を深めたり、自分を振り返ったりして視野を広げてほしいと考えて作っています。テーマごとに「人」を取り上げ、彼らへのインタビューを通してその人の生活、もっている価値観などを紹介することでめざしているのは、まさに聞き書きと同じだと感じました。そして、「人」をたくさん紹介することで、多角的多面的に日本人の姿を見せているのです。「くりっくにっぽん」は現在リニューアル作業を進めています。TJFのスタッフによる「聞き書き」が「新生くりっくにっぽん」の目玉になります。今年の秋には、オープンの予定です。どうぞご期待ください。

・さて、毎夏行われている「森の聞き書き甲子園」では、高校生が塩野さんたちの指導を受け、森、海、川の名人たちの聞き書きに挑戦し、世代を超えた人と人とのつながりの大切さを知るといいます。自分とは違う世界に生きている人と向き合い、対話し、それをまとめる彼らの挑戦に拍手を送りたいと思います。私もこれを機に「聞き書き」に挑戦してみたいと考えています。

水口景子

・TJFはPST（パブリック・サポート・テスト）の基準「3,000円以上の寄付者100人」をクリアするという2011年度の目標を達成しました。年度末までわずか10日というところで、厚かましいことを承知のうえで寄付のお願いをしました。本来は、これまで協力してくださったすべての方々にお願いしようと思ったのですが、時間的な制約があり、一部の方にしかご連絡できませんでした。

・PSTはもともと、1969年に米国でつくられた制度で、ある組織の公益性の高さを、市民の支持の多さで測るものです。日本では2001年度より認定NPO法人の要件の一つとして導入されました。当初の基準では、「事業収入のうち寄付が5分の1以上であること」と規定されていましたが、このハードルは高く、認定NPO法人はNPO法人全体の１％にも満たない状況が続いていました。2011年の法改正により、「3,000円以上の寄付をした人が100人以上いること」と大幅に基準が緩和されたといえます。また、課税前の所得から［寄付金額−2,000円］を差し引く「所得控除」しか認められていなかったのが、所得税額から［（寄付金額−2,000円）×40％］を差し引く「税額控除」も選択できるようになり、寄付者にとってメリットが大きくなりました。

・TJFも自立した財政をめざし、より多くの方から寄付をしていただけるよう、寄付者にとって大きなメリットのある税額控除適用を受けたいと考えたのです。寄付のお願いをしたものの、いったい何人の方が行動に移してくださるのか不安でしたが、お願いをしたその日から寄付金が振り込まれ、多くの人たちに支えられていることに感謝するとともに感激しました。「TJFへ寄付したい！　これから自分たちのように、素晴らしい経験ができる子どもたちが増えると嬉しいです！」という中国派遣事業参加者のOGをはじめ多くの方々から温かいメッセージが寄せられ、大いに勇気づけられました。

・税額控除適用法人になるには、PSTの基準を二年度にわたってクリアしなければなりません。誌面でもお願いしましたように、TJFのミッションにご賛同いただける方に寄付をお願いするとともに、さまざまなかたちでTJFの活動に参画するTJFコラボレーターになっていただきたいと思っています。今後、私たちとコラボレーターの皆さんとのつながりの場を積極的につくっていきます。

・TJFは小さい組織ですが、一人ひとりがもちうる力を余すことなく発揮し、ミッションを達成するために進んでいきたいと思います。今後ともTJFをどうぞよろしくお願いいたします。

水口景子

・表紙の写真は、東京都港区立青山小学校3年生の授業で撮った一枚です。港区教育委員会研究パイロット校としてICTを使った授業改善に取り組んでいる同校では、子どもたちの主体的な学びを引き出す目的でICTを活用しています。

・近くで写真を撮られていることにも気づかないほど真剣な表情でパソコンの画面を覗いている彼は何をしているのでしょうか。自分たちがブロックで作った作品を動かすためのプログラミングに取り組んでいるところです。1年間に約20時間かけて行われるこの授業は、大学と企業からの外部講師がプログラミングの指導にあたっています。子どもたちは2人1組になってブロックで作品を作り、それを動かすプログラミングをPCで作成してブロックにインプットする作業に挑戦します。この日の授業では、最後に各グループが作品を動かして発表しました。ブロックで長くつないだ腕を上下、左右に動かしたり、ボールを飛ばしたり、音を出したりするのを興味津々で見ていました。発表が終わると、発表した子に質問をしたり、「ここがおもしろい」という感想を述べたりするなど、一人ひとりが生き生きと授業に参加していました。

・PCを使ってのプログラミングはICTを活用する力を身につけると同時に、ペアになって、何をつくるのかどんな動きをさせるのかを話し合うプロセスで、想像力を働かせ、相手との意見を調整し、新しいものを創造する力を身につけることを目標にしているのではないかと思います。

・そして、授業の成功の鍵をにぎっているのが特集の三つの事例にも共通している「つながり」です。一つは学校と企業や大学など外部とのつながり。授業を成功させるために、先生たちは外部講師と何回も打ち合わせをしていると聞きました。授業を一緒につくっていくなかで外部の人に授業を見られたり、外部の人の力を借りたりすることが抵抗なく自然にできるようになり、開かれたクラスが実現したと同校の曾根校長はいいます。

・もう一つは、教員同士のつながり。教育現場でICT活用が進んでいるといっても、その扱いに慣れた先生ばかりがいるわけではないでしょう。青山小学校ではICT活用を得意とする若手の教員と授業づくりの経験が豊富なベテランがチームを組むことで、日々活用スキルを教え合い、お互いの授業を見ながら研究を続けた結果、授業の改善が図られるようになったそうです。

・財団の仕事も同じです。さまざまな個性をもったスタッフが力を出し合い、外部の専門家とつながることで、TJFがめざしている子どもたちの「つながり」を実現させる学びが提案できるのだと思います。

水口景子

・身近にいる人に考えていることや気持ちを伝えたいと思って外国語を学び始める人は少なくないと思う。学んだ外国語を使って、隣にいる人とつながることができたと実感する人も多いだろう。その対象となる外国語は、人によってさまざまであるにもかかわらず、今の日本は、多様な外国語を学ぶ環境が保障されているとはいえない。TJFが、中国語と韓国語を「隣語」と呼び、まず、若い人たちが「隣語」を学ぶ環境づくりに取り組んできたのは、今や日本国内では、中国語話者や韓国語話者と日常的に隣り合って暮らしており、コミュニケーションのために必要なことばだと考えるからである。日本語との関係が最も強く、日本語や日本を見つめなおす鏡となることも大きな理由だ。

・若い人たちが「隣語」を学ぶことを通して、英語と比較するだけでは見えない視点を獲得し、ことばを学ぶ楽しさを味わうことができる。今号で紹介した「学習のめやす2011」は、そう確信する先生方とともに作り上げた。中国語と韓国語教育から始まった作業ではあるが、米国の日本語教育、日本の国際理解教育や情報教育の専門家の参加も得て、隣語教育の枠にとどまらない提案をしたという自負がある。「今、作っているのは言語教育の『めやす』ですが、その精神は新学習指導要領に貫かれている、『習得した知識技能を活用して課題を探求する』という学びのあり方を、さらに発展させる可能性があるという意味で、後期中等教育いや学校教育に広く普遍性をもつのではないか」と、あるメンバーは語っている。

・「学習のめやす」を家づくりに例えれば、家そのものの概念と、設計から工法まで、家づくりのマニュアルを提案したことになるだろうか。今年度内にオープン予定のウェブサイトでは、モデルハウスやモデルルーム（授業実践例）、家づくりに必要な部材や内装のための素材（表現、語彙などの言語材料、文化事象などの学習内容例）を住宅展示場のように並べたコーナーも用意している。いずれも、そこに暮らす人たちのことを熟知した大工がさまざまな工夫をして作った力作である。まずは、いろいろな家や部屋をのぞいて、「学習のめやす」の考えを取り入れた外国語教育とはどんなものかを見ていただければ嬉しい。

・TJFはこれまで「心を通わせるためのことばの学び合い」や「人と人をつなぐ文化理解」をめざしてきた。それらを包括している「学習のめやす」は、我々の事業の拠り所でもある。この完成を一つのスタート地点として、世界の子どもたちの「つながりの実現」に向けて着実な一歩を進めていきたい。

水口景子

TJFは長い間、中国語を学んでいる高校生を対象に、ことばを学ぶ楽しさを味わってもらうとともに、ことばの学習と交流を結びつける研修を実施したいと考えていた。教室の中という限られた空間で中国語を教えている教師たちも同じ思いをもっていた。ちょうどその頃、中国国家漢弁が「世界高校生サマーキャンプ」を開始し、当時在日中国大使館教育処に勤務していた一書記官の努力で、2007年度から約90名の中国語を学ぶ日本の高校生が、10日間、中国に行くことになった。

これまで4回のサマーキャンプに参加した高校生は365名にのぼる。ここまで続けてこられたのは、10日間、高校生と寝食を共にし見守ってくれる引率の先生方、彼らを送り出してくれる中国語担当教員や家族の支え、そして受け入れ機関をはじめ現地の協力があったからこそである。

OG、OBから後輩に向けて「サマーキャンプの参加は自分の人生を変えた」とメッセージを送る人が少なくない。「娘は消極的な性格ですが、帰国した時、『何か違う娘になっているぞ！』と感じました」と書いた手紙を送ってくれる親もいた。中国語学科に進学し上海に留学したOBが送ってくれた手紙には、「自分の中国に対する興味関心を確固たるモノにした『入口』です。サマーキャンプで身に付けた『異文化への免疫』は言語能力以上に、異文化の壁を越える手助けをしてくれました」と書かれていた。

今号の特集記事を作成するにあたって、あらためてサマーキャンプ参加者の、つぶやき、ベストショット、感想文のすべてに目を通した。彼らは私たちなら見逃してしまいそうな小さなことに気づき、その一瞬をとらえていた。最初は小さな発見に、思わずシャッターを切ったのかもしれないし、不思議に思ったことをつぶやいただけかもしれない。しかし、なかには帰国後に不思議に思ったことを調べ、自分なりの答えを見つけた参加者もいる。

10日間で出会える人には限りがある。それでも中国語で話しかけるからこそ相手も心を開いてくれた。ことばが通じることで、人と人がつながることを実感した瞬間だっただろう。

一方、発見や学びがあったのは日本側だけではない。中国側受け入れ校の担当者から、引率の先生や日本の高校生を見て大いに学ぶことがあり、教師や生徒とも共有したとの報告をもらった。

私たちにできることはであい・ふれあう場づくりにとどまるが、そこで彼らが新しい発見をし、人とのつながりを感じられるようにサポートしていきたいと思う。

水口景子

異なることばや文化の違いを超えた交流活動はいまや珍しいものではない。ただ形は交流であっても、その目標設定や内容、方法は、いまだ指針となるものがないのが現状である。ICTを使った交流ともなればより未開拓な分野が広がっている。本号は豊かな経験をもち、確かな実践を積んでこられた3名の方に登場していただいた。
?三つの小論に共通しているのは、交流自体を目的ではなく、地球時代に生きる力を育むための極めて有効な手段として位置づけていることである。また共通に掲げている目的として、21世紀の多文化社会において多様な他者と共生できる力を育むなかで、特に「生徒同士のつながり・学びあい・思いやり」や「他者と対話する意志」「仲間意識を育て、ともに学ぶこと」を重視している点に注目したい。他者を思いやり、つながりや仲間意識を感じることが人間関係の要にあり、何よりも重要であることをあらためて認識できた。
?3・11の東日本大地震、巨大津波、原発事故による放射能汚染の三重苦に瀕している日本の姿を、世界で日本語を学ぶ約220万人の小中高校生はどのような眼差しで見ているのか、あの日以来、TJFに寄せられた数多くのメッセージがそれを教えてくれた。「われわれはあなたたちとともにある」「できる限りの支援をしたい」というメールをくれたり、「がんばれ日本・がんばれ東北!」をスローガンに、日本語のクラスで義援金集めをしたり、「Believe」（杉本竜一作詞・作曲）をみんなで合唱し、落ちこんでいる人を思いやる心を育てたり、その気持ちを伝える声かけを学んだりと多様である。TJFが日中共同で制作した日本語教科書『好朋友 ともだち』で人を励ますことば（がんばって、だいじょうぶ？　等々）を学んだ生徒たちが、同世代の被災者に向けて、そのことばを折鶴に書いて送ってくれた。遠くにいる他者に対して心を寄せ、思いを実際の行動を通じて伝えようとしている子どもたちが大勢いる。本当に世界はつながっている、気持ちが一つになっている、ということを、これほど重く、温かく、日々実感させられたことはない。交流学習がめざす大事なことがそこに生きている。被災地で辛い体験をしながら多くのことを学びとっている日本の子どもたちのひたむきな姿を、世界の同世代に誇らしく、そして感謝をこめて届けたい。
?TJFの中高校生向けの交流サイト「つながーる」に中国の高校生が次のメッセージとイラスト（本頁上部掲載）を送ってくれた。「右側の猫が日本で、左側の猫が中国です!　ファイト!　私は何をすればいいのか分からない。だから、せめて、私の祈る気持ちだけでも伝えたいです!」

中野佳代子

------------------------------------------------------
事務局長交代に伴い、編集人を務めるのも本号が最後となりました。長い間拙稿を読んでくださり、本当にありがとうございました。TJFには業務執行理事として9月末まで常勤します。皆様とのつながりをこれからも大事にしていきたいと思っています。

　今号のp.2で、TJFのこれまでの外国語教育における目標の変遷について述べた。文法や語彙の記憶に終始する外国語教育に疑問を感じ、使える外国語と文化理解や相互理解のための外国語教育に始まり、国際理解のための外国語教育へと目標を追求していた時期が90年代まで続いた。写真教材「であい：7人の高校生の素顔」の制作を通じて、言語・文化・人間理解というトライアングルを、個々の人間を通じて統合して考えるようになり、文化についてもマクロの文化から個文化により目を向けるようになった。当然、「日本文化」といったナショナルカルチャーをストレートに紹介することよりも、文化の多様性や重層性、多層性を重視するようになり、ステレオタイプな文化紹介は極力避けるようになった。
　期せずして2006年に、今号で取り上げた「高等学校の中国語と韓国語の学習のめやす」プロジェクトと、87号の特集で取り上げた中国の中学校向け日本語教材『好朋友』の編集制作プロジェクトに取り組むようになった。言語領域、文化領域に加えて、教科を超え、国を超えて21世紀に必要とされるスキルや能力、資質を育てることを外国語教育にも取り込む必要性を感じ始めた。『好朋友』では、OECDが提唱するキーコンピテンシーの概念を日本語教育の文脈に落とし込むことに取り組み、『好朋友』の各課の目標に組み込んだ。まさに学習者の人間的成長を促す、教育としての外国語教育である。
　そして、これらの要素を統合するものとして、小中高校の外国語教育の最終目標は、小中高校生が学習した言語を使って、実際に同世代の学習言語話者と交流し、つながることなのではないかと考えるようになった｡世界の中高校生の交流サイト「つながーる」はそれを事業として具体化したものであり、「学習のめやす」の教育理念を「つながりの実現」としたのも同様の理由である。小中高校生が、自己の世界を脱し、世界観や視野を広げていくためにも、また異なることばや文化をもつさまざまな人びととつきあっていける力を身につけるためにも、さらには、考える力やことばと文化を超えて情報・テクノロジーを駆使できる力を身につけるためにも、外国語学習は大きな役割を果たすのではないかと実感するようになった。
　「学習のめやす」のプロジェクトメンバーをはじめ、研修に参加してくださった全国の先生方が、外国語教育のパラダイムシフトをしていく姿を目の当たりにしてきたが、そのきっかけをつくってくださったのは紛れもなく當作靖彦教授だった。今号では、そのパラダイムシフトの一端を紹介したいと思った。當作教授は、年に何回もはるばる米国から来日して、会合に研修にと参加してくださっている。おそらく當作教授も、日本の外国語教育ひいては言語教育を変えたいという思いを私たちと共有されているからこそ、一肌脱いでくださっているのだと思う。改めて感謝の念を表したい。

中野佳代子

　TJF がかつて開催していた「高校生のフォト メッセージコンテスト」の趣旨に、よみうり写 真大賞の事務局が賛同され、コンテストのコン セプトをそのまま継承するかたちで、よみうり 写 真 大 賞 高 校 生 部 門 に「 フ ォ ト & エ ッ セ ー の 部 」 が開設されました。TJF は広報に協力するとと もに、応募作品のエッセーを英訳し海外に発信 しています。
　2009 年度に 2 回目の公募をするにあたって、 同事務局と話し合った結果、参加枠を海外に 広げることになり、その第一歩として、TJF が ネットワークをもつ海外の高校で日本語を学ぶ 生徒に参加資格を広げることになりました。1 読売新聞の読者に日本の高校生の姿ばかりでな く、海外の高校生の素顔も紹介できる、2ウェ ブサイト上で国内外の高校生同士をつなぐこと ができる、3多様な生活文化や考え方を背景と した高校生の視点から撮られた写真に触れるこ とによって、お互いに発想を豊かにし、視野を 広げることができる、といった期待が生まれま した。今号で紹介した海外からの参加作品は、 こうして募集されたものです。 写真コンテストは、当然写真力を競うもので す が 、「 フ ォ ト & エ ッ セ ー の 部 」 は あ え て エ ッ セ ーも要求する異色の部門です。エッセーは写真 を説明する補足資料ではなく、それ自体が写真 と同様に撮影者からのメッセージとして位置づけられています。エッセーには、撮影者と被写 体である主人公との協働性や関係性が構築さ れていくプロセスが垣間見られ、主人公に対す る撮影者の熱い視線が感じられます。写真を撮 り 撮 ら れ る こ と を 通 し て 、 撮 影 者 と 被 写 体 が 近 づいていくのです。 海外の高校生が参加するのは今回が初めて であり、日本の高校生のように写真部に所属し ているわけでもないため、上位入賞はかないま せんでした。しかし、海外の作品には、写真の 構成やエッセーの視点が日本の高校生とは一味 違う新鮮なものが目立ちました。ある日本の写 真部の高校生はそれを「黒船がやってきた」と 称していたといいます。 海外からの作品を見た日本の高校生のコメン トも大変興味深く、写真を見たりエッセーを読 んだりしただけで、こんなに多くのことに気づ き、考えるのだと感心させられました。もっと 濃い交流をしたら、いろいろなことを学び合う ことができるのではないかと感じさせるコメン トでした。
　今号では一部の作品しか取り上げられません でしたが、ウェブサイトには、日本の高校生の 作品も含め、ほかの作品もたくさん掲載してい ます。ぜひ www.tjf.or.jp/thewayweare2/jp/ をクリックしてみてください。

中野佳代子

　TJFは海外の小中高校における日本語教育を支援してきたが、小中学校となれば当然各国の義務教育の範疇ともなり、相手国・地域の教育基準に沿って日本語教育を考えなければならない。当該国・地域の教育行政機関あるいは関係者が、TJFと異なる考え方をもっている場合には、TJFとして難しい調整を迫られることになる。
　今号で取り上げた日本語教材『好朋友 ともだち（試行版）』（全5巻）の編集・制作プロジェクトについては、大連市教育局と教育理念および言語教育に対する使命感を共有できたことは有難いことだった。互いのことばと文化を学ぶことを通じて日中の中学生をつなごう、というTJFの提唱に対して教育局も賛同し、教材の教育理念として「人間関係の温暖化」と「多文化共生」を掲げた。その会合は忘れられないものとなった。身を削るような仕事ではあったが、やりがいのあるプロジェクトだった。
　日本語教育が中国の子どもたちのグローバル教育に貢献し、日中の子どもたちをつなぐことに役立つのであれば、教材制作の意義も一段と深まる。漫画を採用するという提案に異論なく教育局からOKが出たことも嬉しかった。漫画の原案、漫画家、制作者の選定も日本側に任せてくれた。漫画「大連物語」は、中国で出版された、最初の日本語による日本の漫画である。
　今号では、特にこの理念に焦点をあて、理念を飾り物として終わらせずに、教材の細部にまで浸透させる努力をしたことを紹介し、外国語教育の素晴らしさを伝えたいと思った。多くの教科のなかでも､目標や内容､方法さえ適切に設定されれば、外国語は21世紀に必要とされる資質を育てることのできる最も有力な教科になると思う。OECDが提唱するキー・コンピテンシーも、can-do statementsの設定過程で取り込んだ。未知なる言語を楽しく学び、学んだことばや文化理解の視点を土台に、実際に母語話者と交流するところまでを外国語教育の必須領域として含めることができれば、教科としての可能性は広がる。もちろん文法中心の受験のための外国語教育であれば望めない話である。
　人と人をつなぐことば、自己を表現し相手を理解することばの力を改めて認識し、時空軸における自分の立ち位置を把握する力を身につけることができる外国語学習は､自ずと世界のさまざまな人とつきあっていける力を育ててくれる。　大連市の小中高校における日本語教育は今や危機的状況を脱し、現在、推定1万2,000人以上の小中高校生が日本語を学んでいる。日本の学校との交流も増え始めている。また今年の3月には、横浜の中学生7名を特使として派遣し、大連の中学生と交流する特別事業も実施した。
　「外国語を学ぶということは、好朋友（ともだち）が星から落ちてくるようなものだ」、ということを象徴させるべく、漫画の物語は、星が降ってできたという伝説のある大連の海辺に、主人公の美佳が流れ星に乗って落ちてくるところから始まる（現実には横浜からくるのだが）。ドラマチックに日本語が学べた、という中学生のことばが嬉しかった。多くの子どもたちに、星が好朋友を運んでくれたらと思いながら教科書を作った。

中野佳代子

　TJFは、日本や海外の小中高校生への外国語教育において、若い世代が互いのことばと文化を学びながら自他理解を深め、さまざまな背景をもつ人びととつきあっていく力を身につけることを教育目標に掲げている。これらの目標を達成するために、従来、教室内で行われてきた文法中心の教育方法を見直し、実際に外国語を使ってコミュニケーションできるようにするための教育内容や方法を追求してきた。文化理解力とともに教科を超えて21世紀に必要とされる力を、外国語教育のなかに位置づけることにも力を注いできた。その帰結として､若い世代が教室で学んだ外国語を使って、世界の同世代と実際に対話できる場を提供したいという構想が生まれ、中高生のための多言語による多方向の交流サイト「つながーる」の誕生に結びついた。「ことば・文化・交流」までが外国語教育のキーワードだ。
　「つながーる」は、SNS（ソーシャル･ネットワーキング･サービス）を利用したウェブサイトだが、mixiなどと異なるのは、教育的配慮がなされていることである。参加者を中高生に限定しているため、基本的に大人が介入することはないが､TJFは水面下で国内外の教師とネットワークを形成し、主に教師や教育機関・プログラムを通じて参加を呼びかけ、教師の協力を得てサイトを運営している。また、中高生のプライバシーの保護とセキュリティ管理を徹底させるために、SNSをオーダーメイドで変えている。登録制であることはもちろん、登録時に本人確認を行うとともに保護者の同意を得たり、登録後も投稿内容に個人情報や不適切な表現が含まれていないかチェックしたり、と参加へのハードルを高くしている。しかし、中高生が安全な環境で安心して参加できることを最優先させない限り、教育現場の支持は得られない。ICT技術も困難なものではないので、安心して利用していただけると思う。
　「つながーる」には「マイページ」と「コミュニティ」のページがあり、「マイページ」では、自己紹介をしたり、エッセイを自由に書いたり、写真を張り込んだりできる。また、ほかの人のエッセイにコメントしたり、自分のエッセイに送られてきたコメントに返事を書いたりしてやりとりできる。「コミュニティ」では、興味のあるテーマについていろいろな国の参加者と話し合うことができ、テーマも自由に設定できる。今号では、こうした参加者間のやりとりの様子を、参加者の同意を得て紹介した。
　教師は基本的に書き込みはできず参加もできないが、一定期間サイトのなかを閲覧することはできる。クラス活動に利用する場合にはさらに必要な期間アカウントをもつこともできる。一般の中高生が参加できる「コミュニティ」とは別に、指定されたメンバーだけが参加できる｢非公開コミュニティ｣もあり、これを利用すれば国内外の特定の学校やクラスと交流したり、共同学習をしたりすることもできる｡そこでは､先生も書き込みができ授業とも関連づけられる。そのほかに教師同士が交流できる場もあるので、国際理解や外国語教育をリアルなものにしたい先生方にはお勧めのサイトである。
　今号では、「つながーる」をクラス活動に利用している例をいくつか紹介しているが、その利用の仕方は多様であり、まだまだ発展途上といえる。それぞれの教師のニーズに応えるために、TJFの担当者が個別に学校を訪問し、教師の要望に合わせて共にプログラムを開発している。海外の交流相手や教師を紹介したり、直接中高校生に使い方の説明をしたりもしている。関心のある先生方には是非ご連絡をいただけたらと思う。
　「つながーる」に参加することによって､中高生は学んでいる外国語を書いたり読んだりする力を伸ばしたり、IT操作といったスキルを向上させたりすることができるが、それ以上に、世界の様々な地域で、多様な文化的背景をもつ他者とリアルな対話ができることがこのサイトの最大の魅力である。そうした対話を通じて、かれらが同時代を生きる多くの同世代の存在を実感し､新鮮な驚きや新たな発見を重ねて、つながりを感じてくれたら嬉しい。

中野佳代子

　中国遼寧省大連市教育局のひとりのリーダーが主導した中学校における日本語教育奨励プロジェクトは、リーダーの構想を理解した教育局の中学校の責任者と中学校を管轄する各行政区の教育長の支持を得て、2006年秋より始動した。日本語教育は新たな奨励策のもとで26人の校長の手により実施に移された。第一外国語としての日本語教育が立て直されるとともに、新たに中国初の中学校における第二外国語としての日本語教育が始まったのである。信じられないスピードだった。現在8,000人以上の中学生が日本語を学んでいるという。これまた、信じられない状況である。
　2008年初めに当のリーダーが教育局のより高い地位につき現場を離れたことによって、プロジェクトの推進力は弱まったかに見えた。しかし、3年の間に日本語教育を支えるための制度化、予算化、そして現地化がある程度進んだこともあり、2009年度も引き続き日本語教育は維持されている。日本語教育に関心をもつ校長がいる限り、日本語教育は生き続けるであろうし、TJFとしては、本プロジェクトが長く継続されるよう協力していきたい。
　一方、2009年は新型インフルエンザの流行によって、予定されていた教師研修会や教科書編集のための合同会合、日本の中学生の派遣など、いくつかの大きな事業が延期を余儀なくされたものの、この3年間、TJFが最も力を注いできた第二外国語教育用の教科書『好朋友』（試行版）全5冊を予定どおり出版することができた。
　教科書は日中共同で取り組んだ大きな仕事だった。外国語教育に託した高い理念、先進的な教育内容と方法を惜しみなく導入した。横浜の中学生が父親の転勤で大連に赴き、現地の中学生と織りなす友情物語を描いた書き下ろしのストーリー漫画を主軸において教科書を構成した。従来の受験日本語の教育内容や方法とは異なるアプローチに対して、当初は抵抗を危惧したが、「第二外国語の日本語を教えるのは楽しい」というコメントをもらい、中学生たちも楽しいと言っていた。大連側の編集委員（中学校の教師たち）も日本側の編集委員も、共に多くのことを学び、共に大きく成長した、とお互いの労苦を振り返っている。今後、本教科書が市販されれば大連だけでなく他の地域での使用も可能となる。教科書の中身については本誌の第87号（2010年7月発行）で特集を組む予定である。
　本プロジェクトにおいては、プロジェクトの進行過程そのものに大きな意味があったと感じている。実に多くの人との出会いがあり、学ぶことも多々あった。そして、このプロジェクトを資金的に後押ししてくださったのは、日本の民間のネットワークだった。TJFの呼びかけに応えてくださった日本の民のネットワークと中国の官とがトランスナショナルな連携をして、日中の子どもたちをつなげようとした。漫画の主人公さながら、日中の子どもたちはいずれどこかで出会い、本当の友情物語を紡いでいってくれるだろうと思う。

中野佳代子

　人と人をつなぐネットワークの重要性は誰しもが認めるところであるが、ネッ
トワーク自体が目的化し、達成すべき目標が明確でなくなったり、あるいはネッ
トワークを維持することに大きなエネルギーを注ぐなど本末転倒になったりする
ことがある。教師のネットワークも、強固な組織に成長するまでにはいく
つものハードルを越えなければならない。
　本特集で紹介した教師ネットワークは、ネットワークの歴史がない領域におい
て、自分たちの手でネットワークを築いていっている事例である。ネットワーク
の活動といってもさまざまな意味合いがあり、またネットワークの発展にもいく
つかの段階があるように思う。本特集でも記したように、第一段階は、教師が意
気投合できる仲間と出会い、それぞれが抱いている悩みや関心、考え、問題意
識、使命感、理想について語り合い、つながるという段階。お互いに情報を交換
し、助け合い、啓発し合うことで生まれる共有意識や仲間意識が、孤軍奮闘して
きた教師に安心感と活力をもたらしている。所属校の枠から離れ、より広い天地
で自らを充電する充実感や解放感が働いているのかもしれない。
　第二段階は、ネットワークならではの教育交流が促進される段階である。ネッ
トワークを通じて、教育関連情報の交流や教育実践・研究活動（授業設計や教材
開発など）の相互啓発や協働開発作業、そして教師個人を超えて、学校や地域間
の交流が促進される段階である。
　第三段階は、ネットワークが一つの組織体として、地域や日本全体、ひいては
海外も含めて、より広域の教育活動を推進したり、教育環境の変革に向けて運動
を展開する段階である。
　段階が進むにしたがってますます大きなエネルギーが必要となり、中核となっ
て活動してくれるメンバーが不可欠となる。しかし、小中高校の教師は多忙を極
めていて、本来の教科指導に加えていくつもの任務が学内で課せられていること
が多く、その事務量も相当なもののようである。日本の初等中等教育を支えてき
たのは、各地域で活躍していた教師たちの自主的な研究活動であったと聞いてい
るが、現在の学校は事務的に忙しくて教師は研究活動に時間がとれなくなってい
るようである。
　TJFは特集で取り上げたネットワークとこれまで何らかの形で関わってきた。
既存のネットワークに財政支援を行ったり、マンパワーを提供するなどして、側
面からその活動を応援してきたネットワークもあれば、ネットワークの立ち上げ
に関与し、共に試行錯誤を重ね汗をかいて歩んできた事例もある。しかし、どん
な場合でも、子どもたちに対する深い愛情と見識をもち、使命感に燃えた教師を
事務的に、あるいは財政的に支えたりすることによって教育環境が改善されるこ
とに私たちもやりがいと喜びを感じてきた。一方、これらのネットワークでつな
がった教師からTJFは実に多くのことを学び、事業を推進するうえで助けても
らってきた。自分の生徒のためだけでなく、教育全体のために自らの時間と労力
を惜しみなく費やしてくれる教師なしにはTJFの事業は成り立たない。TJFにとっ
て教育的使命を共有できるネットワークはまさに宝物である。

中野佳代子

　数年前、TJFが後援している「高校生意見発表会」で、都立高校の生徒3名が、グループで第二外国語を学ぶ意味について語ったことを思い出す。それぞれスペイン語、ドイツ語、フランス語を学んでいた。そのなかのひとりが、「新しい言語を学ぶことは、暗闇に火を灯すのに似ている。そのとき、灯りが一つより二つ、それ以上あったほうが明るくなり、よく見えるようになる」といった。車のヘッドライトも同じである。人間も二つの目を持っている。そのおかげで視野が広がる。しかし、日本の学校教育における外国語教育の現状に目を向けると、学ぶことのできる外国語の選択肢が極めて少なく、英語一辺倒である。言語は力ともいわれる。言語を道具として使いこなす力は、21世紀のキー・コンピテンシーでもある。
　2001年、ヨーロッパ評議会は、欧州統合の動きの中で、国境を超えた人の移動を言語教育の面から保証することをめざして、「言語の学習、教授、評価のためのヨーロッパ共通参照枠」(CEFR）を発表するとともに、複言語主義およびその前提となる複文化主義なる理念を掲げ、民族や国や文化を超えて人と人が互いに理解しあうための言語教育を提唱した。言語を学ぶことはその言語を使う社会、文化を学ぶことであるという立場から、言語の多様性を擁護する動きであるともいえるかもしれない。多言語多文化主義がさまざまな言語や文化が共存している社会のあり方を語っているとすれば、複言語・複文化主義は、第一言語だけでなく、複数の言語でコミュニケーションでき、多様な文化的背景をもつ他者との相互理解を可能にする個人の能力や資質に焦点をあて、その教育的意味を重視している。その際、母語話者のようなレベルになることを必ずしも求めてはいない。言語教育と人づくりを考えるうえで、TJFとして大変共感できる造語（概念）であり、以前より注目してきた。
　TJFも、国内外の若い世代を対象とする言語教育のあり方を一貫して追究してきた。言語教育における文化理解を重視し、それが豊かな人間形成に大きな影響を与えること、またことばがつなぐ人と人の相互理解の深まりが、多言語多文化共生社会、グローバル社会の構築に不可欠なものであることをアピールしてきた。
　ヨーロッパ共同体の文脈のなかで生まれたこの概念を、日本の高等学校の外国語教育に、にわかに当てはめて語ることは無論できない。しかし、その趣旨につながる取り組みはすでに存在している。今号では、多様な言語教育に取り組んでいる実践例を取り上げた。

中野佳代子

　TJFでは国内外の小中高校生を対象とする外国語教育を促進する事業を行っているが、各国で外国語教育の共通の目標として掲げられているのは、コミュニケーション能力の獲得である。しかし、コミュニケーション能力とは何かということになると、その定義は多様である。日本の高等学校の学習指導要領では、コミュニケーション能力は「相手の意向などを理解したり自分の考えなどを表現したりする」力ということになり、自己表現能力の育成が重要な目標の一つに位置づけられている。しかしコミュニケーションは自己と他者（情報・世界）の間で行うものである。言語運用能力として自己を表現できる力（話す・書く）や他者を理解できる力（聞く・読む）とともに、自他間の情報の交信、感情のやりとり、意見交換など、対話力が必要であり、他者とのつながりの実現が問われることになる。コミュニケーションはこうした三つの側面をもちつつ、三つの要素が一体化しているわけである。
　さらにこうしたコミュニケーション能力は、単に言語そのものを習得しても身に付くわけではなく、考える力や自他の意見を調整する力、そしてそもそも自分の考えや気持ちなど表現したい内容をもっていることが大前提にある。そこにさまざまな知識や文化理解力も介在するわけである。したがってこれらをすべて含むものがコミュニケーション能力と定義することもできる。
　本号の特集で取り上げた教育実践例における表現力も、文字どおりの表現する力というより、上記の言語教育における広い意味でのコミュニケーション能力と限りなく重なる広い概念として捉えられている。自己表現力はグローバル社会に生きる力の基本を成すものであり、教科を超えて身に付けたい力である。
　特集の中では、教育における表現活動の三つのモード、すなわちコトバ（書きことばと話しことば）、モノ（ポスター、コンピュータなどの活用）、身体（全身を使った表現）（p.3）をツールに、�@演劇的手法を取り入れ、他教科や特別活動と連携させた国語指導を行っている倉敷青陵高校、�A国際交流や職場体験、農業体験などさまざまな体験活動を組み込んだ総合的な学習をモジュール化し、毎朝の読書活動と連携させ、学校全体で取り組んでいる東大和市立第三中学校、�B課外活動で、カメラを活用し写真を撮ることを通じて部員のコミュニケーション能力や自己表現力を育てている大阪市立工芸高校の例を取り上げた。人生は自分探しの旅であり、他者との出会いの旅である。その道が交差するところにコミュニケーションが生まれる。その時どこまで自分を表現できるか、相手を理解できるか、そしてどこまで交わることができるか、その可否が人生を左右することにもなる。

中野佳代子

中野佳代子

　初めて取り組む事業にはいつも期待と不安がつきものだが、コンテストのように、応募者によってその成否が決まる事業には最後まではらはらさせられる。応募者の数や属性については、ある程度予測しているものの、実際にやってみないとわからない面がある。今回のクムホ・アシアナ杯「話してみよう韓国語」高校生大会には、そうした予測をはるかに上回る数の、多様な高校生が集まってくれた。
　TJFは高校の韓国朝鮮語教育の促進に力を注いできたが、学校とは関係なく、自分で韓国語を学ぶ高校生や、韓国や韓国の文化に関心をもつ高校生と出会うのは今回が初めてだった。
　高校の韓国語の授業は3年間で2〜4単位が多いので、大半は初級の学習者である。そうした高校生のために、楽しく参加できるスキット部門をつくった。しかし、蓋を開けてみると、学校で韓国語を学んでいる高校生は半分にも満たなかった。自主的に語学学校で勉強したり、テレビやラジオを使ったり、ウェブで韓国語に触れたり、音楽やドラマで勉強したり、知り合った韓国の同世代とメールを交換していたりと、関わり方は多様である。
　中高年女性の韓国ドラマ熱はよく知られているものの、そんな母親の姿を高校生はどうみているのだろうと思っていた。ただ若い世代にも韓国の映画や音楽は人気があるので、関心は十分にあるのではないかとも思っていたが、本大会の日本語エッセイ部門では、母親の影響で韓国語に関心をもつようになったという高校生が何人も登場したのには少し驚いた。大会当日、会場まで付き添ってきていた母親の姿も多かった。発表直前は親子ともども緊張感が漂っていたが、発表後は親子揃ってハッピーで楽しそうだった（とりわけ入賞者は）。
　スピーチ部門では、韓国語での表現力を競い合った。イメージしていたレベルよりはるかに高く、態度も堂々としていて感心した。韓国での生活経験があったり、家族のルーツが韓国にあるという高校生が多くいた。日韓の歴史的、文化的関係も多く取り上げられた。
　ことばを学ぶ楽しさを、彼らは知っている。教室で教わるのではなく、自らの関心と意志をもって学んでいる。試験のためでもなく、押し付けられたものでもない。日本の学校教育にもっと韓国朝鮮語教育が導入されたらいい、学習指導要領で英語以外の外国語もしっかり位置づけられないか、と思ってきた。そういう希望を抱きながら、TJFは調査研究や教師研修、学習のめやすや教材の整備といったことに取り組んできた。しかし、学校と連携しながらも高校生に直接働きかけ、応援する努力をもっとすることが重要かもしれない。学ぶ場は学校だけではないのだから。いろいろ考えさせられる大会だった。

中野佳代子

　TJFは海外に向けて日本に関するさまざまな情報を、多様な形態で発信してきました。特に海外の小中高校の日本語教育の現場のニーズや、小中高校生の関心に応える情報を発信することに力を注いできました。今号では、ウェブサイトによる海外の若い世代向けの日本文化に関する情報の発信をテーマに、その需要と供給の状況の一端を探ってみました。海外5ヵ国9校の中高校生に日本のどんなところに関心があるか聞いてみたところ、ほぼ予想どおりの回答が返ってきましたが、改めて発見したこともいくつかありました。一方、海外の小中高校生向けに、ウェブサイトを通じて、継続的かつ体系的に日本関連の情報を外国語で発信しているサイトはというと、ごく限られてきます。今回は外務省発信のものをいくつか取り上げ、実際にどのように日本の姿が伝えられているかをみてみました。
　日本のポップカルチャーに対する海外の若者たちの熱い眼差しについてはよく報道されていますが、今回のアンケートからも、国を問わず、アニメ・マンガ、デジタルゲーム、映画･ドラマ、現代音楽（J-POP、J-ROCK等）といったジャンルへの注目度が高く、彼らが驚くほど詳細な知識を得ていることがうかがえます。個別の情報はウェブサイトを通じて随時入手できていることが分かります。一方、予想を上回る人気を集めているのが寿司、天ぷらといった日本料理でした。北米、大洋州地域をはじめ、各国で「寿司」が普及し、ショッピングセンターやデパートに寿司バーがあったり、普通のスーパーでもプラスティック容器に入ったのり巻きなどが手頃な値段で売られたりしているのを最近よく見かけるようになりました。北京でも回転寿司があります。シドニーでも「寿司トレイン」と称する寿司を載せた無蓋車が機関車に牽引されて店内を走り回っていました。伝統的なもの、現代的なものを含めて人気があるのが、ファッション、スポーツ。そして改めて関心の高さを再確認したのが日本のハイテクでした。多彩な商品を取りそろえた自販機や、至れり尽くせりの機能を備えたウォシュレットなど、彼らの興味はつきません。細かい部分にまで神経を使った商品に日本らしさを感じているのかもしれません。
　TJFはこうした若者たちの日本文化に対する関心を日本語や日本理解の学習への動機づけにつなげるとともに、日本人に対する関心、とりわけ日本の同世代への関心につなげたいと考えてきました。海外の小中高校生自身、特に関心のあるものとして日本の同世代のことや日常生活を挙げることが多く、ニーズが実際にあることも実感してきました。共通する関心事を通じて若い人たちの感性がふれあい、心の交流が生まれることも期待してきました。彼らの関心が、情報、知識、モノなどにとどまることなく、それらを扱う生身の人間にまで及ぶことを願ってきました。そのために、文化事象を提示する場合もなるべく人々の生活場面のなかで提示したり、人々の気持ちや考えがわかるような文脈のなかで提示したりすることを心がけてきました。
　若い世代が関心を寄せている日本のさまざまな文化を継承し、創造し、また享受している人々、そしてそれらの人々が住む日本の社会、自然風土をトータルに伝える努力を今後も続けていきたいと考えています。日本がこうした彼らの関心を引き続けていける魅力ある社会であってほしいと思っています。

中野佳代子

　TJFではこれまで、「高校生のフォトメッセージコンテスト」「Focus on Japan 2007」「であいフォトエッセイカフェ」「カフェおきなわ」と、高校生に直接働きかける事業をいくつか実施してきましたが、今号で取り上げた中国語を学ぶ高校生の中国短期研修事業のように、91名という人数の高校生を引率しての研修・交流事業は初めてでした。
　中国側が主催、TJFが実施という事業であったため、事業実施のゴーサインが直前まで出ず大変心配しましたが、文部科学省をはじめ、全国の学校、中国語の先生方のご協力によって、順調に募集を進めることができました。短期間の募集であったにもかかわらず、定員をはるかに上回る応募に、中国語学習者の中国語・中国への関心の高さを改めて認識しました。
　引率してくださった4名の高校の中国語の先生、看護師の方々、中国側受入機関の関係者の協力を得て、無事プログラムを実施することができました。特に高校生の健康と安全を守らなければならないプログラムは、参加者全員が無事帰宅するまで、気が抜けないものですが、元気でそれぞれに貴重な経験をして帰国した姿を見てホッとしました。参加者一人ひとりが得た収穫は本特集で垣間見ることができます。
　今回の中国研修は、中国教育部の中国国家漢語国際推広領導小組弁公室が主催するもので、「漢語橋：世界の高校生サマーキャンプ」の一環として実施されました。漢語、つまり中国語を通じて世界との間に橋を架けるというもので、現在中国政府が力を入れている世界への中国語普及政策の一つでもあります。国家の言語普及という意図が背景にあるものの、TJFにとっては、日本の若い世代の中国語学習は、さまざまな教育的意義があり、また日中間の若い世代をつなぐ重要な契機になると捉えています。
　こうした認識に立ち、TJFでは、研修プログラムのなかに、大連で日本語を学ぶ高校生との交流の場を設けることを提案し、中国側もこれを了承してくれました。2008年度は、さらにこれを発展させ、中国東北三省全域から日本語を学ぶ高校生約50名を募集し、「漢語橋」に参加する日本の高校生と交流する時間を多く設けることを計画しています。日本語橋と漢語橋という二重橋ができあがれば、さらに多くの高校生が橋を行き来することができるのではないかと楽しみです。
　ことばは、人と人を分け隔てる壁となって立ちはだかってくることがありますが、それを理解することができれば、人と人はつながることができます。ことばが通じることの楽しさ、感動は、たとえ簡単なことばでも実感できるものであり、逆にことばが通じないもどかしさ、悔しさは学習へのばねとなります。橋を架ける作業に当分汗をかくことになりそうです。

中野佳代子

　“Focus on Japan” というより、Focus on Miyagi, Tokyo, Osaka & Hiroshima。このプロジェクトが挑んだのは、日本各地の、そして海の向こうからやってきた高校生たちが、協働作業で宮城、東京、大阪、広島といった「地域」にレンズを向け、そこに住む一人ひとりの「人」に
照準をあわせてその姿を捉えることだった。
　広島チームの作品のなかで私が特に好きなのは、尾道の小学生が描いた壁画の前を、少年とおじいさんがすれちがった瞬間を写したもの。おじいさんが自転車に乗っているのが何ともいえずほほえましく、小学生との対比がおもしろい。「あたかも、この絵の住人のように見えてとても興味深かった」と作者は書いている。いろんな空想が思い浮かぶ。東京チームの作品で気に入ったのは、高層ビルの窓を、命綱を頼りに掃除している写真。キャプションがいい。「左手は命、右手は責任を握っています」。宮城チームで印象に残ったのは、桂島の道を歩いているときに、通り過ぎていったトラックを後ろから写した写真。トラックの荷台に乗っている母と二人の小さな子ども。昔、自分もああして家族と一緒にドライブしたな。楽しかった日。温かい家族のぬくもりを作者は思い出している。大阪の写真はパワフル。人のよさそうなお煎餅屋さんのおじさんとおばさんが手をふっているのがある。メンバーはきっとこんな感じで優しく接してもらったのだろう。どの写真にも心のキャッチボールがある。ぜひ一度ウェブを覗いてみてください（前述の4枚の写真は、本誌表紙に掲載。「Focus on Japan 2007」ウェブサイト→http://www.tjf.or.jp/focusonjapan/jp/work/index.html）。
　「Focus on Japan 2007」の経験をとおして、海外の8名の日本像はどう変わったのだろう。日本の8名の目には、各地域はどう映ったのだろう｡それは海外の高校生とどう違うのだろう。写真を撮るという協働作業を通じて、メンバー間に何が生まれたのだろう。そんな思いから本号に紹介した。
「このプログラムで、より広い世界へ向けて視野が開けた気がします。日本がこんなにおもしろいところだと知ってしまった以上、これからずっとニュージーランドに留まることなんてできないです」とダニエル。絶対日本に留学するんだ、と日本語の勉強に余念がないポール。大阪から東京に出てきて、中国の高校生と撮影したみどりんぐは、中国の二人があまり撮影をせず、すぐ休むのを最初不快に思った。それが、二人は、「これまで写真を撮ったことがなくて、……日本の食文化、気候が合わなくてしんどかったからだと聞いて、イラッとした自分が恥ずかしくなった。自分の世界だけで物ごとを考えてはいけないな、とつくづく思い知らされた。もっともっと広い考え方ができるようになりたい」と書いている。そう思ってくれただけでも、「Focus on Japan 2007」をやった甲斐がある。メンバー同士、そして応募してくれた高校生みんなが、対話の続きを、オープンしたばかりの「つながーる」でやってくれることを期待している。

中野佳代子

　現在、中国語教育に取り組んでいる高等学校は全国の約1割強、韓国朝鮮語教育に取り組んでいる高等学校は約5％といわれている。日本にとって極めて重要な隣国のことばの教育としては、あまりにも少ないと言わざるをえない。しかし、この10 年ないし20 年を振り返ってみると、中国語と韓国朝鮮語教育に取り組んでいる学校は年々増えてきている。いまや中国語、韓国朝鮮語は英語に次ぐ外国語に成長している。
　日本の外国語教育のなかに中国語教育と韓国朝鮮語教育を明確に位置づけるべき時期が到来している。「学習のめやす」は、そういう問題意識をもって作成した。隣国のことば、隣人のことばとしての中国語と韓国朝鮮語を学ぶ意味をさまざまな角度から捉え、共通の教育理念を掲げ、日中韓の視座を提起し、21世紀にふさわしい日本の高等学校における外国語教育に一石を投じる思いで作成した。
　中国語および韓国朝鮮語は、地理、歴史、文化、経済などあらゆる分野で日本と密接な関係にある隣国のことばであり、日本語との関係性が最も深いことばでもある。短期および長期の外国人滞在者数からみても、日本語話者と中国語・韓国朝鮮語の母語話者とは日常的に隣り合わせで暮らしており、二つのことばは日本国内の多文化共生のためのコミュニケーション言語であるともいえる。
　外国語学習は、21世紀に生きる人間にとって必須のものである。多言語、多文化の環境にある地球上のさまざまな人々とコミュニケーションできる能力を身につけることの素晴らしさとともに、人間的成長の面でも複数の言語を学ぶことの教育的意義は計り知れない。
　「学習のめやす」では、高等学校学習指導要領で定める「外国語」の教科目標に基づき、「中国語」と「韓国朝鮮語」という二つの科目を新たに設定することに挑み、学習の対象である中国語、韓国朝鮮語によるコミュニケーション能力を身につけるための科目目標と科目内容および学習目標を提示することをめざした。さらにそれらの科目目標と科目内容および学習目標を具現するものとして、学習内容と学習到達目標を言語領域および文化領域にわたる話題分野別のコミュニケーション能力指標という形で具体的に提示したが、これが世に問いたい部分である。話題分野別の指標にしたのは、何よりも高校生の学習への動機づけを高め、高校生の関心および必要性に沿った学習内容にすることを重視したことによる。こうした試みの背景には、TJFが長年関わってきた海外の日本語教育での蓄積が大いに役立った。この「学習のめやす」の作成によって、これまで違う歩みをたどってきたTJFの海外の日本語教育関連事業と、日本国内の中国語・韓国朝鮮語教育関連事業の考え方が一体化したように思う。
　民間のこうした自主的な研究が、文部科学省の委嘱事業として行われたことは大変意義深いことであり、ここにあらためて深く感謝の意を表したい。また、「学習のめやす」は、あくまでもプロジェクトメンバーの努力の賜物である。膨大なエネルギーと貴重な時間をこのプロジェクトのために割いてくださったメンバーの方々に心から敬服し感謝している。また助言者としてプロジェクトに最新情報を提供してくださり、貴重な助言をしてくださった国内外の専門家にも厚くお礼を申し上げたい。本プロジェクトが、中国語教育および韓国朝鮮語教育それぞれの高大連携を深めるとともに、中国語と韓国朝鮮語の教育関係者の出会いをもたらし、国内外における研究の風通しをよくする契機になったことも大変意義深いことだった。
中野佳代子

　1987年に設立された財団法人国際文化フォーラムは、去る6月22日に無事20周年を迎えることができました。20年の財団の歴史には語り尽くせないさまざまな出来事がありましたが、各方面からの物心両面にわたる継続的なご支援とご指導のお陰で、人間でいえば成人の日を迎えることができ、感謝の念とともに身の引き締まる思いを新たにしています。20年間の財団の事業の軌跡は73号でご報告したとおりですが、一つひとつの事業の歩みは、数多くの方々との心温まる交流の歴史でもありました。日本の国際文化交流を担う民間財団の設立のために情熱を傾けて陣頭指揮をとられた故野間惟道氏（講談社前社長）が、財団の発足を目前にしながら6月10日に急逝されたことは衝撃でしたが、果たしてそのご遺志に沿った事業を進めることができたのか、自問自答する20年でもありました。
　今号の特集とTJFニュースでとりあげた事業は、どれも直近10年のTJFの事業を象徴する事業であり、今後の事業の展望を示す重要な事業でもあります。設立5周年ごろから財団の事業対象を小中高校生に絞りこみ、海外の日本語教育支援に加えて、日本国内の外国語教育を促進する事業にも取り組むようになりました。設立10周年以来、「ことばと文化〜相互理解をめざして〜」という事業理念を掲げ現在に至っていますが、5年ほど前から「互いのことばと文化の学びと交流の場づくり」を事業の標語とするようになりました。いまこの10年間の事業を振り返ってみると、以下の三つの目的が背景にあったように思います。
　一つは、21世紀における子どもたちへの外国語教育の重要性を再考するなかで、日本と隣国との間に人と人をつなぐことばの橋を架けることをめざして、日本国内の中国語・韓国朝鮮語教育の基盤づくりに取り組む一方で、中等教育における中国や韓国の日本語教育に協力してきました。特に中国においては教科書づくりや教師研修といった基本的な基盤整備に地道に協力してきました。
　二つめは、海外、とりわけ英語圏の日本語教育および日本理解教育に関わるなかで、人と人をつなぐ文化理解のあり方、文化の捉え方を追求してきたこと。結果として、文化をマクロな視点に加えてミクロの視点からも捉えるようになり、それに伴って「文化」理解や「国際」理解から、「自他」理解という用語を使うようになり、「個と個の対話の場づくり」を事業としてもめざすようになりました。
　三つめは、上記の二つの視点を踏まえて、「相互理解教育としての相互言語教育の促進」という方針をたて、単に海外の日本語教育を支援するのではなく、並行して日本の外国語教育･国際理解教育により深く関わり､それを海外の日本語教育につなげ、国境を超えた「教育のリンケージ（連繋と連携」をめざすようになったことです。そのなかで、少しずつ学校･教師･学習者の交流の橋渡しも事業のなかに入ってくるようになりました。
　国境を超えて小中高校生が、試験のためでなく、互いに心を通わせるために互いの言語を、整備された環境のなかで学べるようにすること、そして互いの言語や文化を学ぶ同世代の小中高校生に、日常の生活や、考え方、生き方を伝え合い、さまざまな人、文化、地域、社会が地球上にあることを知ってもらえるように、21年めに向けて第一歩を踏み出したいと決意を新たにしています。

中野佳代子

　昨年度をもって、10年続いた「高校生のフォトメッセージコンテスト」の幕を下ろした。その間、延べ2,648組の高校生（撮影者と主人公）がコンテストに参加し、200点以上の入賞作品をTJFの日本語版のウェブサイトに掲載した。英語版のサイト「The Way We Are」には、さらに厳選した80組の高校生の作品を、日本語学習者向けに日本語の音声や日本文化の解説をつけて掲載している。当分の間、これらのサイトは保存版として公開していく。第10回のコンテスト応募作品は10冊目の写真集となって7月に発行する予定である。夏には、10年の記念特別事業として、国内外の高校生の撮影交流事業｢Focus on Japan 2007｣も日本の4地域で開催する予定である。アメリカ、イギリス、オーストラリア、韓国、中国、日本の高校生、計16名が各地の生活や風土にフォーカスする。
　10年を振り返ると、事業は試行錯誤の連続だったが、さまざまな成果を上げることができたと思う。�@まず何よりも1997年から2006年にわたって、日本の高校生自らがその素顔を国内外の若者に向けて伝えることができたこと。入賞作品のみならず多くの参加者の写真やメッセージを編集して写真集として発行し、多くの海外の同世代にメディアではなかなか伝わらない日本の若者の実態や文化を発信できた。�A写真を撮ることが他者理解につながる貴重な取り組みであることを認識することができたこと。主人公となる被写体を撮るというプロセスをとおして、撮影者は自己を表現し、主人公との関わりを深め、自分の生き方を見つめることができた。�B財団という第三者的機関による発表の場で入賞したことが、自信の回復につながった高校生たちがいたこと。�C文化交流の優れた表現媒体として写真を見直すことができたこと。写真のもつリアリティは、メッセージに説得力を与えてくれた。フォトメッセージは、一人ひとりのメッセージでもあり、固定観念を破る日本文化のメッセージにもなりえた。それは日本の若者を題材としたTJFのその後の写真教材開発の原点ともなった。また作品の写真は、毎年、海外の日本語教育や日本理解教育の現場に素材を提供する「TJF Photo Data Bank」の新たな源泉となった。そしてTJFとしては、�D全国の高校写真部とのネットワークを築くことができたこと。TJFの貴重な財産である。�E教師を対象とする事業が多かったなかで、直接高校生たちに出会うことができたこと、などを挙げることができる。
　今号に登場している第1回と2回の最優秀受賞者の、立派な社会人として成長した姿に深い感慨を覚えた。「高校時代、コンテスト用に撮った写真が今の自分の土台になっている」ということばに、高校生の成長の過程に関わる仕事をしていることの責任をひしひしと感じさせられた。

中野佳代子

　文化の構成要素のなかで、言語は中核をなすものである｡人間が自らの拠り所とする帰属集団において、意思疎通のツールとして人と人をつないでいるものである。言語はまた、人々の集団への帰属意識を支えるものでもある。異言語環境に入ると、普段は意識しない言語のありがたさを身にしみて感じる｡人間の存在そのものも、アイデンティティも、言語なくして語ることはできない。外国語教育というと単なる語学教育ととられるかもしれないが、21世紀の国際社会の礎を築いていく上で、文化交流事業のなかに言語教育をもっと位置づける必要があることを強調したい。さまざまな分野で交流する相手の言語を学ぶことは、言語と一体化している文化、すなわち相手側の帰属する集団が共有する生活の営みや、考え方、感じ方、背景にある自然環境や社会環境にふれていくことに本来つながるはずである。そして何よりも、相手を一人の人間として身近に感じ心を通わせることができるのも、ことばの力である。
　とりわけ日本と結びつきの強い東アジア、北米、大洋州を中心とするアジア太平洋地域の若い人々が互いの言語に関心をもって学ぶことを応援したい。英語はすでに日本で学習されているが、隣国のことばはいまだ不十分である。国家戦略として、自国の言語を世界に普及させることを大国はいつの時代も行ってきたが、そうした偏狭なナショナリズムからではなく、相互主義にたった「相互言語教育」を、双方合意の上で実施することはできないだろうか。
　特に小中高校生を対象とした外国語教育にはさらに大きな意味を感じる。現代社会が、マーガレット・ミードが指摘した、人類文化史の第3の時代にあるとすれば、新しい文化は若い世代が主導する時代である。また現代社会のもう一つの特徴として、人やものや情報が活発に行き来することによって、一人の人間の内面に、国民国家文化ばかりでなく、いくつもの多様な文化が多層化している。こうした個人の内面において生じる異なる文化の対話が、実は国際社会の次元における多様な文化の調整につながっていくのではないかと思う。その意味で個の果たす役割は大きく、ましてや、マーガレット・ミードのいう「未来指向型」時代の文化を創造する若い人々の場合はなおさらのことである。彼らがことばや文化を学びながら、他者と出会い、当惑したり、啓発し合ったりして、自他と向き合いながら、心を大きくしていってくれたらと思う。
　意図的に文化接触を起こそうとする文化交流の仕事は、その目標設定が重要である。現在、TJFが行っている小中高校生の相互理解を促進する事業も、表面的な活動として思われることがあるかもしれない。しかし、単に知り合って、表面的な自己紹介をして終わるという交流ではなく、まず他者にきちんと目を向け、お互いの立場を尊重して理解を深めるだけでも意味があると思うし、両者が自らを振り返りながら、結果的に何らかの成果を得るものがあるとすれば、とても意義深いと思う。日常的に言語や文化の学習を重ね、交流に臨んだ若い人たちの感想文を読むたびに、言語や文化の壁を越えて、貴重な体験をしたことが伝わってくる。若い人たちの対話の道を開いていくことは、彼ら自身の成長に意味があると同時に、平和な地球共同体の構築にもつながるのではないかと思う。
中野佳代子

　PCとはよく名づけたものだと思う。いまさら何をと言われるかもしれないが、私たちの暮らしを一変させたコンピュータはまさにパーソナルなもの。パーソナルなものがグローバルにつながって途方もない力を発揮しているのがインターネットである。国際理解や国際交流も、国単位でくくって考えがちであるが、パーソナルなレベルでつながってこそ深まっていく。交流とインターネット、響きあう時代の流れを感じる。問題はどうつなぎ､つないでどうするかだ。
　TJFが5年前に制作した「であい:7人の高校生の素顔」という写真教材が、世界各国の日本語教育現場で、どのように使われ、どのような成果を上げたかを調べるために、であいを使った教師や学習者にアンケート調査を行った。その調査結果のなかから、一つ注目すべき事実が浮かび上がった。であいを見たり読んだりした世界の高校生たちのコメントを読むと、日本、日本文化・社会、日本人について学んだことが多く書かれているが、それらは概して理性的な理解といえるものである。それに対して、日本の7人の高校生一人ひとりについて書かれたコメントには、共感や好感といった情緒的な理解が多く見られた。理解にレベルのあることは周知のとおりであるが、知る段階から、相手を尊重し認める段階、自分を見直したい、自分もやってみたいと思う段階まで理解が進むには、パーソナルな情緒面での働きかけが必要であることを裏づけてくれたような気がする。
　インターネットを、相互理解をめざした交流の場に使おうとするとき、このパーソナルな部分、すなわち生身の人間にかかわる部分を参加する生徒たちにどう実感してもらうかがキーポイントとなる。自分のために書かれたメッセージ、自分のこと、自分の言いたいこと、聞きたいことを伝えるためのメッセージが基本だ。時空を超えて地球上に実在する同世代とつながっていることの新鮮さ、楽しさ、驚き、戸惑いを感じるかどうかが問われる。リアリティを実感するためには、言語とともに、写真、音声、動画といった各種の表現媒体を有効に使わない手はない。そしてこうした情感面への働きかけのなかで、教育的な配慮をしたコンテンツを提供し思索を深めてもらうことが必要だと思う。つい参加してみたくなるようなおもしろい内容と提示の方法。一斉教育や教え込み教育とは一線を画す学び方のヒントを、今回特集でとりあげたサイトは教えてくれている。
　ただパーソナルになればなるほど、個人情報がからむだけに、安全管理上どうこれを保護するかが重要な課題となる。安全第一。これは各国の教育関係者が口をそろえて指摘するサイトの条件である。また見えざる大人の存在、これも見落とせない。教師や保護者によって、サイトの水面下でネットワークが張られている。児童生徒の安全とプライバシーが確実に保護され、児童生徒も教師も保護者も安心して利用できるシステムを提供することが不可欠であり、そのために多少の面倒があっても仕方がないと誰しもが強調する。
　またことばの問題も難関のハードルである。自動翻訳機能も優れたものになってくると経費が高い。またスタッフによる翻訳は質量ともに相当なネットワークを作らないと長続きしない。でも多言語の立場に立っているTJFとしては、せめて日英中韓の4言語での交流をめざしたいと思う。
　そしてサイト上での交流が深まれば、きっとスクリーンの向こうにいる相手に会いたくなるだろう。その思いを限られた人数でも実現させてあげるための、直接交流プログラムをオンライン・コミュニティとドッキングさせたいと考えている。人の直接交流の素晴らしさをサイトに還元してもらうためでもある。2007年度、TJFの新しい交流サイトをオープンするが、それを待たずに、2007年夏の直接交流企画“Focus on Japan”の募集を先行させた。LOCAL JAPAN探検に、多くの国内外の高校生からの応募があるとうれしい。

中野佳代子

　本号の特集では、これまでTJFが開催してきた高等学校中国語教師研修会に参加した教員の方々に、「中国語との出会い」にまつわるマイストーリーを語っていただいた。どのストーリーからも中国語教育に懸ける熱意が伝わってくる。しかし、その努力とは裏腹に、中国語教育はいまだ十分に定着しておらず、急に教える場がなくなることも珍しくない。その背景には、日本の教育制度における中国語教育の位置づけの問題があるが、そのことに関連して、すでに事業ニュースでも報告した二つのプロジェクトについて進捗状況をあらためて紹介したいと思う。
　日本の学習指導要領では、「外国語科」としての具体的記述があるのは英語だけで、高校の指導要領にもその他の外国語は英語に準じるとしか記載されていない。第2外国語の設定もない。一方、中国では、小中高校における外国語教育は、日本と同様英語が中心だが、日本語も中等教育の学習指導要領にあたる「課程標準」のなかで第1外国語の一つとしている。しかし、第2外国語の日本語については触れてはいるものの、具体的記述はない。
　こうした状況を背景にして、昨年の冬、期せずして同時期に日中双方で、意義あるプロジェクトがスタートした。両国の中等教育において、それぞれの隣国のことばである中国語、日本語の位置づけに関わる動きが行政との連携で出てきたのである。
　日本の中国語教育に関しては、TJFは以前より文部科学省の国際教育課と教師研修などを通じ連携してきたが、昨年12月、教育課程課から、「わかる事業実現のための教員の教科指導力向上プログラム」の一環として、高等学校の中国語・韓国朝鮮語教育の研究を委託された。TJFとしては、具体的な成果を出すために、それぞれの言語教育の指導的立場にある高校・大学の方々の協力を得て「学習のめやす」の作成に取り組むことにした。高等学校において二つの外国語教育を支えている先生方のガイドとなるようなものにしたいと考えている。両言語とも、単位数でいえばまだ平均2〜4単位にすぎないが、その意義を確認し、明確な教育理念の下で教育目標を設定することが大切だと考えている。抽象的な目標設定でなく、「ことば」と「文化」の両面から学習到達指標を示し、具体的なカリキュラム案や授業案を提示することをめざしたいと思う。
　一方、中国では、昨年の10月、大連市の教育行政者を日本に招聘したのが契機となり、このところ衰退の一途をたどっていた日本語教育が、形を変えて大連市の小中高校で蘇ってきた。近年、日系企業の進出が著しい大連では、日本との緊密な経済関係を築いていくために、日本語のできる人材に対し社会的ニーズが高まっている。昨年、大連で初めてJETRO主催のビジネス日本語コンテストが開催されたり、本年4月、JICAの支援で日中友好人材育成センター（日系企業で働く中国人を対象とする経営、IT、日本語の研修機関）が設置されたりした。しかし、市民向け語学学校は増えても、学校教育については世論の支持を得られないのが現状であった。しかし、10月以降、教育局とTJFの二人三脚による日本語教育推進プロジェクトは、予想以上に急ピッチで進み、11月末、日本語教育学習研究センターが設立されたのを皮切りに、大連市長、副市長の支持も受けて、2006年4月には、教育局から日本語奨励政策に関する意見書が告示され、2006年9月の新学期から大連市のすべての中高校に第2外国語として日本語を導入することが奨励されるところまで進展した。長年待ち望んでいた、中国の小中高校における第2外国語としての日本語教育のモデルを大連でつくることができたらと、教材の作成や教師研修に取りかかっている。
　上海でも高校における第2外国語教育の導入の動きがある。また、これら漢族の地域以外、特に黒龍江省の朝鮮族、遼寧省阜新市のモンゴル族の学校でも、第1外国語としての日本語教育を積極的に維持してくれているところがあり、地域の行政機関とも連携していきたいと考えている。
　なお、本年8月および10月には、日中双方の両言語教育をつなげることをめざした学校間交流の一環として、日中の小中高校の関係者が相互訪問をすることになっている。　
中野佳代子

TJF事業の再編成――相互言語教育を土台とした小中高校生間の相互理解をめざして

　2007年6月に設立20周年を迎えるにあたり、これまでの事業の軌跡を振り返り、今後を展望するなかで、2006年度からの事業の再編成を行いました。TJFの事業は、これからも継続して日本を含む東アジア、北米、大洋州地域の小中高校生間の「相互理解教育」の促進を主な柱としていきます。相互理解教育とは、小中高校生が互いの「ことばと文化」に関心をもって学び、交流し、個と個の対話を通して自他の理解を深め、互いのつながりを実感していく過程を促すものです。TJFは、その土台となる小中高校における外国語教育（コミュニケーション能力の習得と資質形成を含む文化理解を目標とした外国語教育）を促進するとともに、国境を超えてそれらをつなげる「相互言語教育」という連繋教育の可能性を追求していきます。若い人が一人でも多くそうした実感を深めてくれることを願い、「ことばと文化」を学び、交流を深める場を、学校の内外につくることに取り組みたいと思っています。
　この基本理念に基づいて2006年度より「国内外の小中高校における外国語教育を促進する事業」と「海外の日本語学習者と日本の同世代間をつなぐ交流事業」を事業の両輪とすることにしました。
　前者は、東アジア、北米、大洋州を中心とする海外各国の小中高校の日本語教育関連プログラムと、日本国内の高校の中国語、韓国朝鮮語教育関連プログラムを主な内容とします。特に東アジア地域については、互いの言語を「隣語」（隣人・隣国の言語）として位置づけ、中国語・韓国朝鮮語・日本語教育の連携を図り、相互言語教育の観点から隣人･隣国との関係構築をめざすプログラムを新たに設けました。
　後者は、これまで各言語教育関連プログラムおよび国際理解教育関連プログラムのなかに組み込まれていた小中高校生の交流関連プログラムを一つにまとめ、小中高校生間のデジタル交流と人的交流を連携させるプログラムで、その可能性を今後本格的に探っていきたいと思っています。これらの交流事業は、前者の小中高校における外国語教育あるいは文化理解教育に基盤をおいており、前者の事業を進めるなかで構築した各国の小中高校の教師をはじめとする学校関係者、教育行政者、大学研究者、民間の諸団体・機関の関係者の方々とのネットワークがあってはじめて可能となるものです。
　小中高校生の相互理解教育の場を質的・量的に向上させるには、なによりも小中高校の先生方とのネットワークが不可欠です。相互理解教育の成否はひとえに先生方の肩にかかっているといっても過言ではありません。TJFとしては、小中高校生の相互理解を促進する事業が、志を同じくする国内外の先生方自身にとって役に立つ事業、そして国内外の先生方と共に作り上げていく事業にしていけたらと願っています。
中野佳代子

　TJFでは、「ことばと文化の学び」をキーワードに、国内外の小中高校生の相互理解の促進という大きな目標を掲げて事業を展開しているが、相手のことや自分についての子どもたちの理解は、どのような場や内容、導き手、材料や媒体によって、どのような過程を辿って深まっていくのか、その方法論についてはまだまだ模索と試行の段階にある。教師や専門家がまとめた内容を子どもたちに伝えて考えてもらう方法、良質な情報源に触れさせ、関心や問題意識を喚起して子どもたち自身に探索してもらう方法、情報や仕掛けを用意した場をつくって子どもたちに参加してもらう方法、直接子どもたちに交流してもらったり異文化を体験してもらったりする方法等々、さまざまである。
　今号の特集では、こうした自他理解の基盤になる情報発信の担い手に注目した。大人が収集したり、まとめたりした情報を提供するのではなく、子ども自身が発信することの意味を再考したいと思った。子どもは、同年代の子どもから発信されたものに強く反応することを私たちは経験上知っている。だから子ども同士の相互理解を図るには、子どもによる情報の送受信が効果的だが、特集で取り上げた三つの事例は、こうした子どもの発信者としての可能性を示している。特に子ども自身の視点と感性で捉えた内容そのものに着目しているのが興味深い。子どものためにさまざまな体験ができる場を設定し、子どもが自ら感じたり、思ったりしたことを表現し、発表する場を用意することに意味を見出している。さらに子ども同士のやりとりだけでなく、子どもの語ることに大人が耳を傾け、子どもの表現したものを大人が見るということも大切にしている。子どもたちから学ぶという姿勢は、TJFの「高校生のフォトメッセージコンテスト」の趣旨にもつながる部分である。大人が介在せずに、高校生から直接に発せられたメッセージのコンテンツは、TJFが制作した写真教材「であい：7人の高校生の素顔」を企画し編集していく上で大きな支えとなった。
　しかし、子どもの発信力に期待しながらも、事業として子どもたち同士の相互理解を促進していくのは決して容易ではない。ただ送受信のパイプや場をつくっただけではうまくいかない。TJFでは｢であいフォトエッセイカフェ｣というサイトを立ち上げ、多文化・多言語の背景をもつ世界中の中高校生が、自分について語れる場をつくった。お互いの生活の様子や感じていること、考えていることを伝え合い、違いや共通性を同世代同士で確かめ、心を通わせることができたらと考えている。双方向性と理解の深まりにどのような環境づくりと支援体制が必要なのか、これから模索していかなければいけないだろう。

中野佳代子

　TJFでは、昨年12月に、初めての試みとして「北京修学旅行セミナー」を中国国家観光局と全日本空輸と共催した。高校の校長先生、先生方、生徒、生徒のご両親を対象に、3泊4日の修学旅行を模擬体験してもらい修学旅行のあり方を参加者とともに考える企画であった。一校3名までという条件で募集した200名の枠は、3万円という格安の参加費用のためか瞬く間に定員に達し、ユニークな4者混合チームが編成された。
　近年、海外修学旅行を許可する都道府県・政令指定都市も増え、(財)日本修学旅行協会の調査によると、2000年度の実施学校数（中+高校）は1992年度の4倍以上に激増した。2000年度の参加生徒数は約19万人、旅行件数1163件に達している。しかし、9.11事件やSARSなどの影響で、一時、大きく落ち込んだものの、その後徐々に回復し、2004年度の参加生徒数は137,296人、旅行件数は957件となっている。安全が確保されれば、今後も海外修学旅行は増加していくことが予想される。
　行き先も、同協会の調査によれば、ここ数年は、韓国、オーストラリア、アメリカ、マレーシア／シンガポール、中国がベスト5を占めている。特に公立高校の旅行先は、韓国・中国を中心とするアジア地域が半分近くを占めているが、これは行き先をアジア圏に制限している自治体があることや、日数・費用面での制約によるものと思われる。
　こうした隣国を訪ねる修学旅行は、その実施の仕方次第では、隣国と日本の高校生同士の交流や相互理解につながっていく可能性を秘めている。修学旅行は、国内の旅行でも、集団生活の体験や公衆道徳の体得、友だちや先生との人間関係づくり、思い出づくり、訪問先の地域の地理、歴史、文化（広義・狭義の）についての学習、現地の人々との触れ合い等を目的としていると思うが、隣国への旅はさらなる価値を与えてくれるのではないかと思う。そのためにもTJFとしては、関心をもつ学校関係者に対して、海外修学旅行を検討する機会の提供、実施に向けての手引きや旅行プランの参考例（訪問先・日程・アレンジの仕方）の提示、そして何よりも事前・事後学習を含めた教育実践の紹介をしていきたいと考えている。
　今号の特集では、その一環として、教育的意義の深い修学旅行に取り組んでいる学校のなかから、交流・国際(文化)理解・外国語学習というキーワードをもつ四つの事例を紹介した。紹介したのはほんの一部に過ぎないが、実施にいたった経緯、目的、内容、形態は多様である。公立高校の場合には、各地方自治体の対応によって制約もある。参加形態も、学年全員参加の学校もあれば、2学年にわたって参加ができる学校もある。また、国内旅行も含めて、行く先の決定を生徒に委ねている学校もある。修学旅行が成果を出している背景には、学校全体が一丸となって取り組んでいること、教職員のコラボレーション、そして安全性や費用負担に対する家庭の理解がある。また生徒が主体的に関わっていることも大変重要な要素である。訪問先の高校生との交流プログラムの内容にも多くの工夫がみられる。ホームステイを組み込んでいる例、一過性の交流に終わらせないように事前・事後の交流とつなげている例もある。また韓国、中国は学校教育において日本語教育を実施しており、その実施校数、学習者数は世界のトップ3に入る。日本に関心をもっている日本語学習者と交流しない手はない。交流相手の選択にはそういう観点も見落としてほしくないと思う。教科のカリキュラム作成の面からみても、交流や訪問体験は外国語学習や文化理解学習を促進する上で無限の可能性がある。交流の媒体言語の扱い方もいろいろあろう。また外国語科、総合的学習、社会科等々の担当教師が教科を越えて連携して相乗効果を上げることができるということも確認できた。旅行は日々の学習の成果を試す場でもあり、学習の目標を母語話者との交流に設定すれば学習への動機づけにもなる。また交流したことでさらに学習意欲が高まる｢旅行効果｣も期待できることが検証された。
　学校あるいは教師独自の創意工夫に満ちた手づくり感覚の修学旅行は、きっと生徒たちへの素晴らしいプレゼントになるだろう。そのお手伝いを少しでもできたら嬉しい。

中野佳代子

　TJFでは海外の小中高校の日本語教師のための研修会を現地で開催する一方で、日本の高校の中国語教師や韓国朝鮮語教師のための研修会を日本国内や中国・韓国でそれぞれ開催している。小中高校の外国語教師の研修と一口にいっても、言語によって、期間・場所等々の開催条件によって、また研修に参加する教師の背景によって様相は異なり、一概に語れないが、それでも研修の成否の鍵となる要素にはいくつか共通するものがあるように思う。
　本特集では教師研修を取り上げたが、研修の成否は参加者にとって研修がどれだけ質量ともに深い学びと豊かな人との出会いの場となったかにかかっていると思う。学びとは何か。(1)教師自身の対象言語の運用能力、対象言語や文化についての知識である。ただ参加人数や予算が限定される場合、多様な参加者の能力・知識やニーズに十分対応できずに頭を抱えることが多い。また発音の矯正はいつもニーズが高いが、短期即効を期待するわけにいかず工夫が必要とされる。(2)対象言語を子どもたちに教える方法である。文法や語彙等の教え方もさることながら、中国研修では日本人講師の授業中の立ち居振る舞い、表情、質疑応答の仕方、授業の進め方、時間管理、授業の準備の仕方等々に熱い眼差しが注がれた。日本の英語教師が米国や大洋州の教師のクラスマネージメントや参加型・発信型の授業形態にふれてショックをうけたという事例と重なる話である。(3)小中高校の教師は一般的に理論的な内容よりも授業にすぐ役立つ内容を求めることが多い。明日使える教材、資料、実践事例集についての情報、使い方のノウハウも学びの対象である。その場で配付すれば大変喜ばれる｡研修内容を資料化して持って帰れるようにすることも評価される。(4)これらの能力やスキルの向上、情報交流といったもの以外にとても重要なのが、教師の教育観や意識につながる部分である。研修に参加した教師が改めて教育観を深めたり、外国語を学ぶ意味、教えることの価値を考えたり、自分自身に対する自信を取り戻したり、日ごろの悩みを共有したり、自己の課題が明確になったり、教師としてやる気や元気をもらえたりした研修は満足度が高い。
　これらの成果を上げるためには、当然研修の形態も講義、ワークショップ、発表、体験プログラム等々を組み合わせて構成する必要がある。そして何よりも、これらの要素をつないでくれるのが、人との出会いであり触れ合いである。講師と参加者、参加者同士、また対象言語の地域で行えない場合には、対象言語話者をたくさん研修会に誘って交流の機会を増やしたり文化体験することも望まれる。交流の場にはお楽しみフレーバーも用意したい｡中国では、いつも飲・食・踊り・歌が大事な人的交流の触媒を果たしていた。合宿方式の研修の場合は、参加者が寝食をともにするだけに、そこから生まれる一体感、仲間意識、ネットワークには強固なものがあり、その後の教師の大きな財産になっている｡新たな体験と人との出会いは、まさに学びと成長の起爆剤である。
　今夏も研修会が目白押しである。中国瀋陽で中国の小学校日本語教師研修会、中国長春と大阪で日本の高校中国語教師研修会、韓国ソウルと東京・京都で日本の高校韓国語教師を中心とする研修会をそれぞれ関係者と共催する予定である。どんな場が創られるのか、その仕掛けの準備も大詰めを迎えている。

中野佳代子

　いつぞやタクシーの中で運転手さんと話しているうち、中高校生の修学旅行に話がおよんだことがあった。「昨今は海外にいく学校が増えているけど、ろくに日本も知らないくせに、何で外国なんかに連れて行くんですかね。日本を先ず見せなきゃ」と、運転手さんは合点がいかぬようだった。また小学校への英語教育の導入の良し悪しをめぐる議論の中でよく耳にするのが、「日本語もろくにできないのに、英語なんかやっても仕方がない。そんな時間があったら、まともな日本語ができるようにした方がいい」という意見である。
　どちらも趣旨はよくわかるが、私自身に関していえば、海外に行ったり外国語に触れることによって日本について深く考えるようになり、自分が日本人であることを意識するようになった。日本の良さも足りないところも、行った国と比較することによって見えてきた部分が大きい。米国、ドイツ、インドネシアと暮らしてみて、見えてきた日本は違っていた。現在、中国や韓国の人々と会う機会が増えたが、これもまた新たな自己発見につながっている。日本語の特徴にしても、従来英語、ドイツ語、インドネシア語と比較して見えてきた部分と、いま学んでいる韓国語と比較して見えてくる部分とは明らかに違っている。
　自分を知るためには、自分の姿を映し出してくれる鏡が必要だと思うし、自分を客観的に見るためには、自分が慣れ親しんできた空間や帰属する集団から離れ、外からそれらを見ることが有効だと思う。異空間での生活体験は人間としての幅を広げてくれたように思う。そういう観点から海外修学旅行も、外国語教育も位置づけなければいけないと思う。自分を高めるには他流試合がぜひ必要である。つい最近、テレビを見ていたら、ある小さな島で育った日本の高校生が「この島が自分は好きです。でもこのよさを本当に知るためにも、一度島を出ようと思います」と言っていた。
　そんな体験をすれば、やがて「〜人」という固定観念を超えて、外国人も同じ人間として見るようになってくる。たくさんの他者、それもことばや育った環境が異なるいろいろな他者との出会いが、自分自身にとって大きな意味をもってくるのである。昔、イギリスの友人から「あなたは何人ぐらいの人間像を思い描けるか。シェイクスピアが偉大なゆえんは、彼が数多くの人物像を創造できたところにある」と言われたことがある。自分がどれだけの人間を思い描くことができ、どれだけの人を自分の心の中に住まわせることができるか、すなわち他者をどれだけ理解し受け入れることができるか。それは、自分の感性や想像力とともに、体験の深さや広さによるところが大きいように思う。友人の問いかけはいまでも私のなかで生きている。
　この思いから、私は多くの子どもたちに、未知のことばを学習したり、海外体験をする機会が与えられるといいと思ってきた。しかし､考えてみれば、子どもたちを導く教師自身にこそ、そうした体験を積むことが望まれるのである。特に外国語教育や国際理解教育に携わる先生方には、ぜひ教えている当該言語以外の外国語を学んだり、母語である日本語を外国語として教えたり、異空間で生活してさまざまな人々と関わりをもったりする体験をしていただけたらと思う。そうしたことを通じて自らが経験した感動や戸惑いが、子どもたちとの対話を生き生きとしたものにするのではないかと思うからである。中には海外での生活に不適応を起こして、かえって逆効果をになることもあるかもしれないが、多くの教師にとっては貴重な経験になるだろうと確信している

中野佳代子

　TJFは97-98年度に高等学校の韓語教育の実施状況を調査して以来、その基盤整備に努めてきた。高校現場の韓語教師とともに現場が直面する課題に取り組み、かなりの成果をあげてきたと思う。それを学校全体の中で捉え直すために、2002年度より2年以上をかけて大学等のアンケート調査を実施した。大学等の全体状況を把握できる資料がこれまで共有できなかっただけに、調査が長引いても回収率を上げることを重視した。電話をかけて調査票のフォローをした。担当者による粘り強い地道な作業が続いた。最終的に回収率が95%に達したことに、関係者の皆様に心から感謝したい。調査結果は2003年6月に中間報告書の形で公開した。最終報告書は今年度内に発行する予定である。まずはこの調査結果データを広く公開し、多くの関係者と現状認識を共有したい。
　その上ではあるが、今後韓語教育をより充実させるには、制度的に隣国のことばの教育を日本の外国語教育政策のなかに位置づけることがどうしても必要となってくる。韓語教育関係者の努力だけでは限界がある。昨今、大学入試センター試験科目への採用、JET（ALT）への韓語教師の採用、外国語教育多様化推進地域事業の実施等の制度的進展がみられているので、より大局的見地から更なる飛躍を図る決断がされることを期待したい。
　韓国の高校では、日本語は第二外国語としてきちんと位置づけられており、教育課程が定められている。中学校でも学校裁量科目として位置づけられ教科書も発行されている。国際語である英語圏の国々でさえも外国語教育の多様化政策が鮮明である。米国では次世代の多様な外国語習得のために連邦レベルのスタンダーズも多言語向けのものが各々作成されている。また最近AP*プログラム認定の外国語として、従来の西･仏･独に加えて、新たに日本語、中国語、イタリア語、ロシア語が承認されたという。今後中等教育において多文化、多言語化を図る必要があるという理由である。04-05年度でカリキュラムや試験の作成等々の作業が行われる。多額の経費がかかるこのプロジェクトには、各国政府も資金を拠出する。
　日本語の地位向上につながるこの画期的な舞台回しを、米国の民間財団が行ったときいた。日米の風土の違いを差し引いても、行政に関わり制度面での改善を積極的に推進している財団の姿に大いに考えさせられた。TJFも日本の教育環境の中で何ができるか、その役割が問われる。

中野佳代子

*AP（Advanced Placement）コースをもつ科目になると、高校で履修した分が成績によっては大学で単位として認定されるようになり、履修者が増加する。

　言語や文化も異なる若い世代間の相互理解と共通基盤の構築というTJFの事業目的の達成に向かって、ITはどのような可能性を秘めているのか、試行錯誤が続いている。今号では、私たちが関心寄せている三つの団体の活動を紹介しながら、インターネットを利用した交流の仲介事業のあり方や可能性を考えたいと思った。TJFの取り組みを含め四つの事例を整理してみるといくつかのことに気づく。
　いずれも、個人の視点を大事にしているといえる。メディアで一般に発信される情報だけでは、
お互いに理解し合うには不十分であり、また個人レベルでのやりとりによって初めて説得力もあるし感動も得られる。情報の内容としても、ごく普通の人々の日常的な話題から出発しているもの
が多い。TJFと「東京視点」は、受信者を特定していないために、より広い層に働きかけているが、
フィードバックの回収と双方向交流へのステップアップが必要になる。「e-リンク」とテディベアでは双方向交流が行われており、e-メールを主体としながら、手紙、写真、ビデオといった媒体のマルチ化によって交流の内容を豊かにしている。交流を継続させ内容を深めるための工夫も随所に
みられる。学校のカリキュラムや学校行事の一環として交流を行ったり、ALTの受け入れなど他のプログラムとの連携を図ったり、授業の共同作業化を目的にして副次的に相互理解が進むことをねらっているのもいい。ぬいぐるみの活用は、小学生という年齢にあっており「もの」といっても人
間味（動物味）がでて、感情が伴った理解ができる。それに期間限定で返さなければいけないというところが、得てして途絶えがちな交流を支えてくれる。また、相手を受け入れる、もてなすとい
う経験ができるのもおもしろい。もちろん、ぬいぐるみは生身の人間と違って御しやすいという難 点があるが、ぬいぐるみを介することで自分や相手を客観視できる面もある。
　TJFは今号の特集の最後で紹介した高校生のフォトメッセージコンテストのサイトと並行して、今 秋から「であい」プロジェクトの7人に対するフィードバックを兼ね、世界の高校生から、自分につい てのフォトエッセイを募集する。10月下旬には「で あいフォトエッセイカフェ」をオープンさせ、相手 のことを知り意見交換ができるサイトをつくる予定 である。インターネットを活用して、どこまで高校 生同士の相互理解の場を創造できるか、また新 たな挑戦をしてみたい。

中野佳代子

　今号の特集は、TJFの米国駐在代表連絡員として、日米間のTJF事業を支えてきた伊藤幸男による日米の友好校交流の橋渡しを紹介したものである。伊藤は米国側の日本担当として、米国の全米州教育長協議会と日本の都道府県教育長協議会の交流プログラムの橋渡し役を務めている人でもある。
　 長い間スペイン語教師として、あるいは日本語教師として米国の高校で教壇に立ち、また米国の州の教育行政にも関わってきた。TJFのスタッフである伊藤の名を挙げて特集を組んだのは、以上のような理由からである。
　伊藤は戦災孤児だったにもかかわらず、持ち前の努力と才能で、当時、少数の有能な青年にしか
付与されなかった奨学金を得て渡米し、能力主義の米国社会において、その地位を確立した。米国内の小中高校の日本語教育の黎明期を支え、全米中等教育日本語教師会の設立に尽力した一人でもある。日米を結ぶTJFの事業も、伊藤が長い間追い続けてきた、日米の架け橋になりたいという夢
を共有し、その夢の実現のために協力することから始まったといっていいと思う。
　今回紹介した三つの事例については、誌面の制約があり、水面下で多くの仕掛けを試みて実現に 漕ぎつける伊藤方式の概略しか紹介することができなかったが、方式を支えているものがいくつかある。一つは、メインストリームにいる人々、協力を得たい周辺の人々に対して絶えず気を配り、献身的な働きかけを行いながら、プログラムに巻き込んでいくこと、二つめは、心底から子どもが好きで、最初から最後まで凛とした教育者であり続けていることである。ホームステイ先の情報を前もって丁寧に子どもに伝え、お土産を用意させる、事前に手紙を書かせる等々、細かい配慮も欠かさない。ネクタイをしないで教室に行ったことがないという教師でもあった。三つめには、特集でも述べているように、本気で交流に関われる仲介者なくしては、交流は継続しないという考えのもとに、後進を育てることに力を注ぎ、惜しみない援助をしていることである。リン・セスラー先生は、伊藤の期待に見事に応えて、今では全米の優秀教師にノミネートされるまでになった。そして、最後に何よりも大事なのは、日米双方の教育事情に通じていることである。
　これらの動きを私は傍で見ながら、とても自分にはできないと思いつつ、それでもノウハウを少しでも盗もうとしてきたことも事実である。子どもたちが喜んでくれればそれまでの苦労はみんな報われる、そんな純粋な思いがすべての原点にある。

中野佳代子

　今回の特集記事を編集しながら、写真という画像素材を電子コンテンツ化し、教育用に集積・共有・再利用するための考え方をあらためて整理することができた。基本的には、素材は、活用の目的が明確にあって初めて的確に収集され活用されるということである。すなわち、通常はまずカリキュラムを開発したり授業の構想を練ってから、それに適合する素材を収集するので、個々の努力を軽減するためのデータバンクを制作・運営する際にも、画像の最終的な使用目的や使用イメージを明確にしてから収集すべきだと考えるのは至極当然である。
　しかし、多様な教育現場で実際に素材が再活用されるとき、必ずしも提供者が想定した活用目的で使用されるとは限らず、むしろ素材の活用方法は無限にあるともいえる。素材はあくまでも全体を構成する要素でしかないのだから、やみくもに素材を集めても無駄で役に立たないともいえるが、逆に、限定した活用目的で集めた素材は、その汎用性が狭くなる恐れのあることも否定できない。こうしたジレンマも視野に入れて調整する必要があるだろう。
　つぎに、＜素材の集積→共有→再活用→素材活用事例の集積→共有→再活用→＞というように、電子コンテンツの集積が高次元化していくことに注目したい。一枚の写真素材という小さい単位の電子コンテンツが、一枚のワークシートのなかで使用され、そのワークシートがより複雑な構造をもった電子コンテンツとして集積されていく。さらに、教室活動、授業、カリキュラムと、コンテンツのレベルが高次元化していく。それらの多次元のコンテンツをそれぞれ集積し、共有化して再利用できたら、素材収集もより大きな意味をもつのではないだろうか。
　　TJFのホームページにも、高校生のフォトメッセージコンテストの写真のように、教材用画像素材として集めたものではない写真の集積がある。それらの写真は必ずしも教材への使用に適しているとはいえない。また本号で紹介したTJFフォトデータバンクのように、日本語教育でよく使用されるトピックス、テーマ、場面に着目して、ある程度ゆるやかな使途を設定して集積した写真もあるし、さらに「であい」のように、日本語教育の目標を初めから設定し、その目標達成のために必要な写真の選定基準を設定して集積した写真もある。「であい」では、写真を使用した授業例などのように、より複雑な電子コンテンツも集積している。それぞれに特徴があり､意味があるものである。
　2004年度には、TJFのホームページ上に中国の写真イラストデータバンクを新たに開設する。そのなかで、高校の中国語教育での使用を想定して、それに必要と思われる中国の人々の生活、社会、文化の様子を伝える写真やイラストを掲載する。その際には、TJFがその編集・出版に協力した新しい『高校生のための中国語』の教科書の内容を踏まえ、さらに文化理解・人間理解を目標に設定して、画像素材の集積、共有化を図っていく予定である。
　今後、TJFとしては、日本国内で集積されている他の教育用電子コンテンツを含めて規格の標準化を図るとともに、グローバル化している電子コンテンツへの接近も図りたい。そのためには、それぞれのコンテンツにメタ情報をグローバルな標準規格（現在のところ先行している英語圏の規格になってしまうが）にしたがって入力しなければならないが、多言語多文化の問題も無視できない。そのなかで、日本発のグローバルコンテンツとして期待されるものの一つに、日本語教育用の電子コンテンツがある。世界中で日本語を教えたり学んだりしている人々が、自由に検索し、使用できるコンテンツの集積をしていくことが急務である。TJFもその一翼を担うべく、コンテンツの収集を図りながら日本語教育用の規格の標準化を、他のNPOや日本の政府関連機関とも連携して行っていきたいと考えている。そのために、読者の皆様にも画像の提供をお願いできたらと思う。

中野佳代子

海外の日本語の授業で「であい」が使用され始めて約1年になる。7人の主人公が世界の教室でどんな出会いを繰り広げているのかを知るために、この1年間さまざまな地域の日本語教師にモニターとして、定期的に授業の報告をしていただいた。「であい」の評価には、7人を表現することに徹した素材としての「であい」の評価と、それを教材化する教師を助けるサポートシステム「であいホームページ」の評価とがある。

   後者はこの1年間に質量ともにかなり成長した。今後は膨張し続ける情報を、いかに使いやすくするかが課題である。また「であい」のユーザーである日本語教師約2,300名をフォローアップするために、「であいメール」を定期的に配信しているが、このネットをより双方向的なものにする必要もある。

   前者は素材としての使いやすさや汎用性、内容の質が問われるが、教師がその素材をどのように使うかに授業の成否はかかっている。どんな授業が行われているのか、それによって学習者はどんなことを学んでいるかを見ていかなければならない。海外の高校生たちの反応をじかに知るために、世界中のさまざまな教室から「であい」のフィードバックとしてフォトエッセイを募り、ホームページに掲載することも計画している。

   中高校生たちの感想からも分かるように、おおむね同世代である7人の素顔は、彼らの関心をひいたようである。比較の視点が自然に生まれ、文化の多様性を理解するとともに日本に対するステレオタイプでエキゾチックな先入観が多少なりとも修正されたようだ。興味深いのは、「日本（人）は〜、米国（人）は〜」という捉え方と同時に、「〜さんは〜だけど、私は〜」という「私とあなたの比較」が多く見られる点である。一人の人間として主人公に興味をもち、感性と理性の両方を働かせて主人公を理解しようとしている。その結果、「7人に会いたい、いまは何をしているのか。大学に入れたのか」といった感想をもらうようになった。日本に会いにきたグループもあった。

  現在7人のマイ・ストーリーと写真のキャプションの韓国語訳に取り組んでいる。またペリー来航150周年記念キャンペーンの一環として、国際交流基金日米センターが「であい」を米国の社会科で使うためのプログラムとカリキュラム・授業案の開発を進めている。今年はその配布と教師研修会が予定されているという。日本語と社会科での蓄積が重層化していくのが楽しみである。

中野佳代子