そもそも情報活用型PBLとは
情報活用型PBLは、「子どもたちが主体的に情報を集め、吟味し、じっくり考えて編集、創造し、切実感をもって他者と伝え合う学び」のことで、稲垣先生が考案したものです。TJFが稲垣先生に講師を依頼して開催してきたワークショップも、情報活用型PBLの理論と手法にそって行われています。
教科の1単元をPBLとして展開する、探究のプロセスや教科の学びの質を学習者目線で捉える、探究を支える情報活用能力を育てるという3つの特徴があります。ここでいう情報活用能力とは、コンピュータやプログラミングのスキルといった狭い意味ではなく、さまざまな情報を集め、集めた情報から意味を見出したり、あらたな表現をつくりだしたりしていく力のことです。
情報活用型PBLの構造や設計の詳細は、稲垣先生のウェブサイトをご参照ください。
http://ina-lab.net/special/joker/pbl/
教科で取り組む意味―独り立ちに向けて
手応えを実感しながら型を学ぶ
教科を横断するような規模の大きいプロジェクトに取り組むには、時間割の変更や教員間の協力など、学校全体での調整が必要です。稲垣先生は、まず、教科の授業で試行錯誤を繰り返してみることを提案しています。「探究ってこんな流れでやっていける」「こんなふうに学習が展開できる」と先生も子どもたちも手応えを実感しながら、型を学んでいけるからです。教科でコツをつかんでおけば、教科横断や外部と連携するようなプロジェクトへと広げやすくなります。
自分なりの探究を支える力を培う
また、子どもたちにとっても、図書資料をしっかり読み解いたり、プレゼンテーションをつくるといった情報活用能力が身についていないと、自分でおもしろい課題をみつけても、それを深め、追究していく方法が追いつかないということになってしまいます。さらに、教科には、その特性に応じたそれぞれの課題や問いの設定のおもしろさ、課題を探究した先にみえてくる手応えなどがあります。いろんな教科で少しずつPBLを経験していくことで、子どもたちは、探究を支えるスキルと多様な角度から課題を発見し問いをたてる力を培うことができます。それが、総合的な探究の時間などで自らテーマを設定して取り組んでいくときに、自分なりの探究の道を切り拓いていく力となるでしょう。
社会につながっていると実感する
新学習指導要領のキーワードでもある「社会に開かれた教育課程」という点でも、教科でPBLに取り組む意義を見出せます。「社会に開かれた」というのは、単に学校外の人たちが関わるということではなく、教育内容が社会につながっていることを子どもたちが実感するということです。社会的に意味のある課題に取り組むのがPBLなので、教科で展開することで、学校の学びが社会につながっていること、自分にとって学ぶ意味があるという手応えを子どもたちが得やすくなります。
なぜ生徒たちはのめりこんでいったのか―実践報告から
実践報告では、小中高校の先生方8人が、稲垣先生の問いかけに答える形式で、技術、社会、数学、保健体育、理科のプロジェクトでの試行錯誤とその成果について語りました。
富士見Diversity Weekを開催しよう!
富士見中学校高等学校(東京)の三浦佳奈先生(社会科教諭)と宗愛子先生(専任司書教諭)は、高校2年生の現代社会の「平等権の保障」の単元でプロジェクトを行いました。ミッションは「富士見Diversity Weekを開催しよう!」。アイヌ、在日コリアン、障がい者、同和地区出身者、LGBTQ、無戸籍者など、各グループでテーマを選び、マイノリティをめぐる社会の課題はどういうものなのかリサーチします。そこで明らかになったことを、中高生が読みたいと思える「コトバカード」に表現して校内に展示するのがゴールです。
ハッとさせられる資料
この取り組みで印象的なのは、毎回授業後にふりかえりを書くときの生徒たちの熱量の高さです。時間は5分程度でしたが、終業のチャイムがなっても帰らず書き続けたそうです。三浦先生は、「いつもこうではない。今回は生徒がすごくのめりこんでいた。プロジェクトがすごく切実なもの、解決したいものになっていったからではないか」と分析します。
鍵は、テーマを選んだり、深めていく際の資料がふんだんに用意されていて、その内容が生徒たちに「刺さる」ものだったことにあるようです。「マイノリティの存在は知っていたけど、その人たちが具体的にこんなふうに困っているのかとか、自分たちも知らずに傷つけてしまっていたんじゃないかと、ハッとさせられるような資料がたくさんあった。自分たちも加害の側に立っているんじゃないか、ふだん接しているクラスメートのなかにもマイノリティの立場にある人がいるんじゃないかと気づいて、どうしたらいいんだろうと本気で試行錯誤するようになった」と話していました。
生資料で思考を揺さぶる
宗先生は、ねらいにそった資料を探せたのは、三浦先生といっしょに授業をつくっていったことが大きいと言います。「資料提供は2段階。まずは、先生が授業のネタを考えるのをサポートする資料。授業の方向性が固まってきたら、次に生徒にとっていい資料を考えていく。生徒向けの資料は、新聞やウェブ記事なども含めてどういう内容のものがいいか、三浦先生といっしょに考えた。刺さるかどうかは、生徒のふだんの様子からつかみとっている」。
コトバカードの作成段階でも、資料が力を発揮した場面があります。生徒の表現のなかには、意図せず当事者への配慮に欠けるようなものも見受けられました。そこで、ちょうどその頃、当事者を傷つけるのではないかと物議をかもしていた厚生労働省作成の「人生会議」のポスターを見せ、多くの大人が考えてつくったものであっても、いろんな状況にある人たちそれぞれの受けとめ方を考慮しきれていないこともあると投げかけたそうです。自分たちのコトバカードを再検討するなかで、思考がさらに深まっていきました。宗先生は、「今世の中で起こっていることがうまくマッチしたことが、生徒の思考をさらに促すきっかけとなった」とふりかえっていました。コトバカードは校内のセンターホールに展示され、中学1年生から高校3年生まで、休み時間にいろんな生徒が読んでいたそうです。
三浦先生と宗先生の実践の詳細は、Rubric Bank掲載の資料をご参照ください。
・デザインシート
https://mmt4.cs.tohoku-gakuin.ac.jp/rubrics/1533.png
・ルーブリック
https://mmt4.cs.tohoku-gakuin.ac.jp/rubrics/1533
実践報告をしてくださった先生方の取り組みは、今年7月発行予定の『探究する学びをデザインする! 情報活用型プロジェクト学習ガイドブック』(稲垣忠編、明治図書出版)の実践編に掲載されます。ご関心のある方はぜひご覧ください。
「探究的な学びを探究する」場づくり
新型コロナウィルスの感染拡大によって、稲垣先生がレクチャーでふれたVUCAやSDGsに象徴されるような世界・地球規模の課題がより鮮明になってきました。自分自身で課題を見つけ、情報を集め、情報の質を見極めて判断し、考えて行動してふりかえり、改善していく探究的な学びは、子どもたちにとっても大人にとっても、この先の人生を生きていくうえでの力になるだろうと考えています。TJFは、今後も、社会や教育現場の動きを見極めつつ、「探究的な学びを探究する」場をどうつくるか、最適解を探っていきます。
*「そもそも情報活用型PBLとは」と「教科でPBLを学ぶ意味―独り立ちに向けて」は、稲垣教授のレクチャーや資料等を踏まえ作成しました。
探究とPBL―その歴史と関係性(探究する学びに踏み出そう【前編】)
(事業担当:室中直美、宮川咲)
事業データ
「探究する学びに踏み出そうー実践の分析とデザイン」
2020年3月15日(日)
オンライン
探究スキル研究プロジェクト、TJF
JSPS 科研費19K03009
稲垣忠・東北学院大学教授(教育工学、情報教育)
https://www.ina-lab.net/
稲原教子・元アメリカンスクール・イン・ジャパン教諭
小中高校の教員 29名(うち、ワークショップ参加者18名)