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身近なものでアート

vol.4

消しかすで絵を彫像に転換する

入江早耶(いりえさや)、広島在住

2016.10

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  • プリント

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写真:中才知弥

消しごむの消しかすを使って立体物をつくる。これだけなら驚く人は多くないかもしれない。しかし、消しごむで消した絵を、その消しかすだけを使い立体物として再現するとしたらどうだろう。消しごむかすでアート作品をつくりだしている入江早耶(いりえさや)さんが作品に込める思いを語る。


二次元から三次元のものをつくりたい

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掛け軸に描かれた柿と鳥を消して作った作品。
写真:中才知弥

大学では芸術学部で立体造形を専攻していました。芸術学部ですから、絵を専攻している人もたくさんいます。卒業作品をつくるときに、その二つ、つまり二次元と三次元を組み合わせたものができないか、絵で描かれたものを立体としてつくりだせたらなと思ったのが始まりでした。

それで紙をくしゃくしゃにしてみたり、タオルをほぐして絵柄と同じ立体をつくったりしたんです。このタオルのプロセスは消しかすアートに近いものがありますね。タオルに虎の絵が描かれていたら、タオルの糸をほどいて、その糸を丸めて虎をつくるんです。これはこれでよかったのですが、ほかの素材でも試してみようと考えていました。

あるとき、チラシを消しごむで消してみたんです。すると青色を消すと青のかすが出ました。これは使えるかも、ちょっとやってみようと思ったんですね。

紙から人物が現われる

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本の挿絵の人物を作品に。
写真:中才知弥

まず最初はスーパーのチラシの赤い文字を消して出た消しかすを練ってみました。そこから少しずつ消す範囲を増やしていって、ちゃんと作品としてつくったのは卒業制作作品が初めてでした。

それが、紙幣の作品です。紙幣に印刷された肖像を消したかすで、その人物の立体像をつくりました。人物を消して出たかすだけを使います。着色もしません。紙幣を選んだのは、見る人にインパクトを与えたかったからです。消して驚かれるのは何だろうって考えたんです。お金の絵が消えるとは誰も思っていないですよね。そして、紙幣の肖像を消して価値をなくしたあと、美術作品として価値をつける。ある価値から別の価値への転換というコンセプトでした。

実は、展覧会のとき、日本銀行の人がやってきて、違法じゃないかどうかチェックしてたんですよ。法律違反ではなかったので大丈夫でしたけど(笑)。

時代を経て続く命を表現する

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チラシの鮭の写真を消してつくった立体の鮭をおわんの中に入れた。
写真:中才知弥

大学卒業後、大学院に進み、現代美術に専攻をかえました。学部の立体造形では日用品のデザインをやっていたのですが、製品化するよりも、もっとコンセプトがしっかりしたものをつくって作品として売りたいという気持ちが強くなったんです。このとき影響を受けたのは、アメリカの作家トム・フリードマンです。彼は、頭痛薬のアスピリンを人の形に彫ったり、髪の毛を使ってハエをリアルにつくったりしています。彼も身近なものを使っているんです。

大学院時代には、靴の底に恐竜を彫ったり、「牛乳石鹸」を牛の形にしたりとかしました。なぜ恐竜かというと、靴は化石燃料でできているので、それになる前の恐竜を彫ろうと思ったんです。「牛乳石鹸」は、原料のひとつが牛脂なので、もともとの牛の形を彫りました。そうやって、繋がっている命を表現したかったのです。大昔に恐竜がいて、後に絶滅したけれども、現代にもその命は別の形で続いている、ということを形にしました。

誰が価値を決めるのか

大学院のときには消しごむかす作品は作りませんでしたが、卒業後、また作り始めました。掛け軸の観音菩薩は、神様が現実世界に出てきたというイメージで作りました。

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掛け軸に描かれた観音菩薩を消して作品に。使った消しごむは20個。掛け軸選びから作品完成までに約半年かかった。
写真:中才知弥

消しごむかすで作品をつくる行為には、価値を破壊するという意味もあります。紙幣や神様が描かれた高価な掛軸でもチラシでも平面のものは消えてしまうし、それを立体にすれば同じダスト作品になるので、どれも価値は同じライン上にあります。それが基準というかケシカス作品のコンセプトの一部でもあると思っています。

消しかすを使って美術作品にすることで、10円のものが100万円になったりする。価値の転換を図ることができます。そこには価値は誰が決めるのか、という問いがあります。

紙幣の作品はこちらから
http://matome.naver.jp/odai/2136941142851635501/2136941495752335003
http://iriesaya.com/web/ntm1.html
http://iriesaya.com/web/pnd2.html

身近なものを使う

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長崎県対馬で開かれる展覧会のためにつくった。対馬の焼酎のラベルに描かれたやまねこを消して作った。作品は、絵の4分の1ぐらいの大きさになる。
写真:中才知弥

身近なものを使って作品にすることが多いですね。普段よく目にしているものが変化するのがおもしろいですから。二次元から飛び出してきたようにしたいので、できるだけ絵に似せるようにしています。掛け軸の柿や鳥、お酒の瓶のラベルのやまねこ、切手に描かれた人物、本の挿絵など、いろいろなものを消しました。似せるのにいちばん難しいのは人の顔です。

今までつくったものでいちばん大きいのは菩薩観音で、小さいのは切手の人物です。これは1週間ぐらいかかりました。絵では見えない後ろ姿をつくるのが難しいですね。

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写真:中才知弥

作品が売れること

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写真:中才知弥

紙幣を使った卒業作品は注目されましたが、手応えがあったわけではありません。2012年に資生堂shiseido art egg*の入選はアーティストとして大きな転機になりました。東京で開かれたshiseido art eggの個展で初めて作品が売れたんです。作家としてのスタートですね。

この個展を観た人からイギリスでの個展のオファーをもらったり、シンガポールでの個展につながったりと、大きなステップになりました。ロンドンでは、それまでにつくっていた作品のほか、ポンドの紙幣を消して立体にした作品も展示しました。多くの人が作品の小ささ、細かさに驚いていました。

2016年は韓国・釜山と対馬の交流展で、韓国で作った作品を対馬に展示しました。ほかには、シンガポールでも4月から7月にかけて展覧会を開きました。多くの人たちに観てもらえるのはすごく嬉しいですね。そして作品が売れたとき、いちばん手応えを感じます。

*shiseido art egg:東京・銀座の資生堂ギャラリーが、新進アーティストを応援するため毎年実施している公募プログラム。

今後やりたいこと

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写真:中才知弥

まだ漠然としていますが、映像をつくりたいと考えています。それと、広島の平和公園に寄せられる千羽鶴で何かつくりたいと思っています。2011年の東日本大震災のあと、福島の名産品、「赤べこ」に折鶴を鎧のようにまとわせて展示したことがあります。これは祈りで武装するというコンセプトだったんです。これをもっと大きくして人間が着られるぐらいのものをつくりたいと思っています。

平和祈念資料館には世界中からたくさんの千羽鶴が送られてくるのですが、処分が問題になっているんです。最近は千羽鶴からできた再生紙を使った文房具や小物などが商品になっています。私は作品としてつくりたいと思っています。やはりこれも再生がコンセプトです。

消しかすアートのつくり方

1.2種類の消しごむを使う。ひとつはどこにでも売られている普通の消しごむで、もう一つは石油を使っていない、NON PVCと書かれているもの。その二つを混ぜるといい感じの消しかすになる。「たまたま身近にあったものでやってみたらうまくいったんですよ」と入江さん。

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2. 素材は消しにくいものと消しやすいものがある。特に掛け軸では布のこともあるので、布だと消えない。インクジェットよりレーザーのインクのほうが消しやすい。素材によっては、作品を作るよりも消すのに時間がかかることがあるそうだ。

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3. 消しかすは、指で練ると色が黒くなってしまうので、理科の実験などで使う乳棒(pestle)を使って練る。形を整えるときもできるだけ手で直接触らないようにしている。

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4. 形を整えるときよく使うのは、カッターナイフ、レース編みの針、縫い針、爪楊枝など。

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5. できあがり

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写真:中才知弥


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