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妖怪に魅せられて

vol.2

妖怪から広がる世界

多田克己、東京都在住

2015.12.15

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「妖怪研究家」を肩書きとする多田克己さん。妖怪研究は妖怪そのものを研究することではないという。どんなことを研究しているのか、その魅力は何なのかを多田さんが語る。


『少年マガジン』の妖怪絵に吸い込まれて

妖怪への興味の始まりは、幼稚園の頃から読んでいたマンガ誌『少年マガジン』(講談社)の特集でした。特集では、妖怪だけでなく幽霊や地獄のすさまじい描写がありました。好きとか嫌いとか関係なく、吸い込まれましたね。あんなに怖い絵を今は見ないですね。

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『少年マガジン』に掲載された特集の復刻版が収録されている『昭和ちびっこ怪奇画報』(初見健一著、青幻舎、2014年発行)


そのうち、生死の境目や、いいことと悪いことの境目は何だろうかとか、自分の行いの選択はいいのかとかを考えるようになったり、極楽に行くためには生き物を殺してはいけないという倫理観も生まれました。もともと生物が好きで、昆虫採集をよくやっていたのですが、自分の趣味のために命を奪っちゃいけないと思って小学3年生のときにやめました。その後、変形菌という単細胞の原生動物に魅せられて博物館に通ったり、300種類ぐらいの押し花を作ったりしました。小学4年生からは、気象庁が出していた雑誌『気象』を毎月読んでいました。休刊になる2009年まで買っていました。妖怪だけでなくいろんなことに興味があったんですね。

高校卒業後、美術学校に進学。グラフィックデザイナーになりました。仕事の傍ら、平安時代に編纂された『延喜式』の研究をしていたのですが、式内社*がいつ成立したのかを解明したいと強く思うようになりました。式内社は古墳時代(3~7世紀頃)の前方後円墳とどうも関係があるということがわかってきたのですが、その頃の文献はありません。その地方の豪族や氏族のことを出かけて調べたいのですが、会社に勤めていたらそんな時間はありません。それで、会社を辞めようと思ったのです。ちょうどその頃、古本屋で貴重な百鬼夜行の絵巻が出回っているのを知りました。「これが手に入ったら、この道できっとうまくいく」と、願掛けのような気持ちで古本屋に買い取りの交渉をしたら、手に入ったんですね。当時20万円でした。今は妖怪の古書は人気なので、もっと値段も上がっていますし、手に入らないでしょうね。

*『延喜式』に記載されている神社。約2,900社ある。

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29歳のときに手に入れた百鬼夜行絵巻。

会社を辞めた後、妖怪の本や怪談集を10ヵ月間で200冊くらい読みました。それで古代から明治の日本の妖怪を網羅することをめざした『幻想世界の住人たち』を書きました。すると、この先どういう研究をするのかという方向性が見えてきました。

妖怪研究とは、妖怪の「周り」の研究

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妖怪の研究は、妖怪そのものを研究するわけではありません。妖怪を作りだした「周り」を研究しなくてはいけないのです。

妖怪とは何でしょうか。

人にとって脅威的な何かが起こって、その理由がわからないときに、妖怪の仕業だと人は考えました。例えば、大昔、風邪や疫病は、鬼の仕業だと考えられていました。例えば「鬼が病原菌の袋を持ちながら歩いてる」と思っていたのです。地震や津波も妖怪の仕業だとか、政治が混乱しているときも妖怪が人間の社会に紛れ込んで災いを起こしてるんじゃないか、と考えていました。それらがなぜ起こるのか、当時はわからなかったからです。

つまり人に悪いことをするものは妖怪だったのです。逆に人の役に立てば神様になります。しかし、同じ鬼でも心が正しく悪い鬼を退治するような、人の役に立つ鬼や妖怪もいて、それらを祀っている神社もあります。例えば、秋田県の三吉鬼は、お酒好きな鬼で、お酒を与えると、薪を切ってくれたり、いろいろな仕事を手伝ってくれたりするんです。こうなると神様に近いですよね。神様と妖怪の関係も完全に切れているわけじゃなくて、重なっているものもあるわけです。

妖怪の仕業だと思われていたものでも科学的な研究が進んで解明されたものもあります。例えば、八代で見られる不知火はそのいい例です。月が出ていない新月の夜に潮が完全に引いたときに100か200の光が見えるんです。でもその光に近づいていくと遠ざかる。この正体をめぐっていろいろ言われていましたが、現在は理学博士の宮西通可(1892~1962)によって気楼の一種だということが判明しています。物理学者の寺田寅彦(1878~1935)も妖怪の多くが、自然現象で説明できるだろうといっています。

自然現象、生物、伝説、迷信や俗習、当時の生活様式、食べ物、飲み物、いろいろな神様などさまざまなことが妖怪の周りにアメーバ状につながっているのです。ですから妖怪そのものに絞ってしまうと、研究は深まりません。妖怪を生み出した周りを見ていくことで初めて妖怪が何なのかが見えてくるのです。そして同時に社会や人間も見えてくると思います。

キャラクター化によって残った日本の妖怪

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『妖怪図巻』(京極夏彦・多田克己著、国書刊行会、2000年)より。

日本の妖怪には、中国の怪談に出てくる妖怪を元にしたと思われるものが多くあります。江戸時代に日本では、積極的に中国の文献が読まれましたが、漢文を勉強するのに怪談が好まれたようです。

また、江戸時代には人が集まってロウソクを100本灯したなかで怪談を聞くという遊び「百物語」が流行しました。怪談を一話するごとにロウソクを消していき、100話目、つまりロウソクが100本消えたときに、本物の妖怪が現れるという遊びです。あちこちで行われたので、新しい話をいつも求めていたこともあって、中国の怪談がどんどん日本に入ってきたようです。

ただ、中国には妖怪の伝承は日本ほど多くは残っていません。日本に妖怪がたくさん残っているのは、キャラクター化されたことで、一般の人たちに親しまれてきたことが大きいです。

江戸時代に、妖怪の挿絵が豊富な怪談集『絵本百物語』が出ました。その挿絵を参考にした水木しげる先生が漫画化して『ゲゲゲの鬼太郎』で、「ぬりかべ」とか「一反もめん」のように、親しみのあるキャラクターにしました。『ゲゲゲの鬼太郎』はアニメ化されて何度も放映されていますし、『妖怪大戦争』などの映画に繰り返しキャラクターとして登場しています。

しかしキャラクター化がどんどん進んだことで、形にとらわれてしまい、本来の姿や現象がわかりにくくなっています。例えば、「小豆洗い」という妖怪がいますが、「川で小豆を洗っている老人のような妖怪」を思い浮かべる人が多いと思います。しかし、実際にはチャタテムシというダニと同じくらい小さい昆虫がいて、カビが生えるとそれを食べるために何千匹も繁殖することもあります。音を出すんですよ。茶道でお茶をたてるときのシャシャシャというような音ですね。本来は、姿や形を見た人はいないから妖怪が生まれたのだと考えると、妖怪「小豆洗い」は、その虫の出す音のことだったかもしれませんよね。

妖怪がキャラクター化されてきたことが、いいか悪いかということではなくて、なぜそうした変化が起きたのかを見ることも妖怪の研究としては必要です。

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江戸時代に流行した妖怪かるたの好きな札をもって。1998年に図書刊行会から復元されたものが刊行された。

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妖怪から世界を学ぶ、自分を知る

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私の今の研究テーマは、能です。能の謡曲には、幽霊や妖怪のことがよく出てきます。土蜘蛛とか鵺(ぬえ)とか、有名な妖怪が登場します。能の舞台では演出や脚色が加えられているのですが、能の方が有名になると、もともとの伝承がすっかり変わってしまったということもあります。500年前と今では、話の内容が全然違っているものもあるわけです。どういう時点で、どのように変わっていったのかを調べています。

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謡曲本の目次。妖怪と関係のあるものには印を付けている。『謡曲大鑑』 著者:佐成謙太郎 出版社:明治書院 昭和6年出版

能の前は、江戸時代初期に創作妖怪をたくさん描いていた鳥山石燕について研究していました。鳥山が描いた瀬戸大将という妖怪は、三国志の曹操と関羽が関係していたので、三国志について調べていたら10年が経っていました。それくらい調べないと、妖怪の全容がわからないのです。

妖怪研究のおもしろさは、妖怪を通して、全然知らなかった世界を知っていくことです。調べていくと、能だったり、絵だったり、いろんなものにつながっていく。妖怪の研究は、さまざまな分野がつながっているので、研究してもきりがないですね。私の興味はあらゆる分野にわたるのですが、「妖怪」が私のさまざまな研究の核になってくれています。
妖怪を研究することは、人間を知ること、世界を知ること、そして結局は、自分を知ることにつながるんじゃないでしょうかね。

インタビュー:2015年8月

構成:山岸早瀬(フリーランスライター)


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