「聖地」をつくれ!
vol.2
妖怪が暮らす町
桝田知身(ますだともみ)、鳥取県在住
2016.04.21
写真:中才知弥
鳥取県境港市は、妖怪の町として多くの観光客をひきつける。妖怪は本来、目に見えないもの。しかし、境港駅からのびる800メートルの水木しげるロードに、境港出身で『ゲゲゲの鬼太郎』の作者、水木しげるが形を与えた妖怪が現れる。観光客数を順調に伸ばしてきた境港だが、その背景には境港市観光協会の取り組みがある。桝田知身観光協会会長がその取り組みと妖怪の魅力を語る。
水木しげるロードの始まり
『ゲゲゲの鬼太郎』の鬼太郎と頭上に座る目玉おやじ
写真:中才知弥
1993年に水木しげるロードがオープンしました。私が観光協会会長に就任したのは2004年です。ですから、前半の10年は、水木しげるロードには関わっていません。水木しげる先生が描かれた妖怪をブロンズ像にして、商店街に置いて水木しげるロードをつくって、商店街に人を呼び込もうというのは境港市役所の職員たちの発想だったんです。しかし、その計画を説明したとき、商店街の人たちは大反対したと聞いています。妖怪のような怖いものを置いたら、ますます商店街に人が来なくなるじゃないか、と。でも市長をはじめ職員の熱意が伝わって、実現したんですよ。オープン初年2万だった観光客が、翌年には28万人と約10倍になりました。
その後、2003年に「水木しげる記念館」ができました。ここには水木先生にまつわるものや著作に関するものが展示されていて、水木しげるロードの大きな目玉になっています。でも、これにも最初は反対の声があがったんですね。境港は漁業の町ですが、ちょうどそのころ、いわしの水揚げ量が10分の1になって大変な苦境にあった。それなのにお化けの記念館に何億も使うのかと。しかし、これも何とか実現しました。そうすると観光客が62万人から85万人に増加して、反対の声はなくなりました。
水木しげるロードにある水木しげる記念館
写真:中才知弥
キャラクター©水木プロ
官には頼らない
写真:中才知弥
私が境港市観光協会会長に就任したのは、水木しげる記念館がオープンした翌年でした。記念館効果が薄れてきて観光客数が78万人に減少したんです。この減少をどう見るか。私は協会会長になるまでは民間の会社でずっと働いてきましたから、売り上げの数字といつもにらめっこしてきたんです。だから、減少した数を見て、早く手を打たないと、どんどん減っていくだろうという危機感を抱きました。
そこでまず妖怪のブロンズ像を増やしたいと思いました。当時86体しかなかったので、市役所に増やしてほしいとお願いしたんですね。そしたら、ハードの整備はもう終わった、予算がもうないというのが回答でした。じゃあ、自分たちでブロンズ像を増やそう、ということでスポンサー募集を始めたんです。台座に名前を入れて、1体100万円で寄付してくれる人を募りました。
妖怪は自分が好きなのを選んでもらいました。「マイ妖怪」になるわけですね。いい妖怪を紹介してくれといわれたこともあります。例えば、地元の信用金庫に紹介したのは「ひょうとく」。この妖怪は、へそを触るとお金が出てくるんですよ。それから、私が勤めていた運送会社には、「異獣」を紹介しました。荷物を安全に運ぶ妖怪です。ぴったりでしょう(笑)。どちらも気に入ってくれましたよ。
募集から1ヵ月で29体にスポンサーがつきました。個人が6割で、なかには1人3体を寄付する人もいましたよ。2012年にもまた増やして、現在は153体が水木ロードに並んでいます。このブロンズ像は、水木妖怪ワールドの基盤です。これが増えたことが水木しげるロードのにぎわいにもつながっていったんです。
実は、このスポンサー制のもともとの発想は私のポンペイ旅行での体験です。イタリアのポンペイには大浴場の遺跡がたくさんあるのですが、大理石の風呂桶に人の名前が入ってたんです。これが頭に残っていたんです。どこに行っても、いつでも何か自分たちの取り組みに使えないかと考えていますね。
こなき爺(じじい)。抱き上げると重く、しがみついて離れず、その人の命を奪ってしまう。(『妖怪ガイドブック』より)
写真:中才知弥
キャラクター©水木プロ
「できない」のはやっていないだけ
その後も何かしようと思ったら、自分でお金を調達するという方針でやってきました。お役所を通すとどうしてもスピードが遅くなるんですね。やろうと思ったらできるだけ早くやることが大切ですから。
それと、よく言うのは「できないと言っていては何もできない。とにかくやろう」と。何かを「できない」と言い切ることは逆に難しいと思うんですね。百回でも一万回でも試してできなかったときに初めて言えるんです。いやそれでも言い切るのは難しいでしょうね。すぐに「できない」と言うのはただやっていないだけですよ。
イベントの嵐の効果
ブロンズ像の公募の後も、妖怪街灯の公募、妖怪検定、妖怪川柳、妖怪そっくりコンテストなど、いろいろなイベントを次々にやってきました。私が会長になってからこれまでにやったイベントは大小あわせると200に上ります。こうやってイベントをすることで、マスコミに取り上げられるわけです。広告費に多くの予算を使えなくても、全国紙に取り上げられればそれは何百万円の広告費を使ったのと同じ効果があります。だから、私はテレビの放映、新聞や雑誌の報道をすべて広告費に換算しています。2004年には1億円だった換算「広告費」は、2009年には30億円でした。さらに2010年にはNHK朝の連続ドラマ小説で、水木しげる先生ご夫妻のことを描いた「ゲゲゲの女房」が放送されたことで、全国的に広く知られ、一時的に70億円を超えました。
大体の数字ではなくて、正確な数字を出すことが大事なんです。それは観光客数についても同じです。水木しげるロードに2ヵ所、センサーをつけています。適当な数字ではないから、その数字が信頼できる。そして減ったら対策を講じればいいし、増えたらその要因を考えればいい。はっきりとした目標と対策ができるんです。
とにかく全国に発信することが必要です。境港に来る人のほとんどは境港以外の地域からですからね。
こうしたイベントの嵐のおかげで、観光客はどんどん増えていきました。2008年には172万人。そして、2010年には372万人になりました。これは「ゲゲゲの女房」の効果です。人口36,000の100倍もの人が年間にこの町にやってきたわけです。「ゲゲゲの女房」効果は大きかったのですが、それまでの積み重ねがあったからこそ、この数字になったと思っています。
2015年に10回を迎えた妖怪検定。
写真:中才知弥
キャラクター©水木プロ
妖怪の魅力
境港がこれだけ多くの人が来る観光地として成功した大きな理由のひとつは、何といっても素材の良さです。妖怪は深くて広いテーマです。
妖怪やお化けがおどろおどろしくて怖いというイメージを水木しげる先生が、そうじゃない、いろんなキャラクターがあって、怖いところもあるけど楽しいところもあって、おもしろいものなんだというのを生涯かけて伝えてきたんですね。
一回妖怪を好きになるとなかなか抜け出せないんですよ。私自身もそうです。私は観光協会の会長になってから水木先生のマンガを読み始めました。どんどんはまっていきました。どこか懐かしさがありますね。
一見怖くて気味の悪い妖怪ですが、その奥底には私たちが忘れかけている大切なものを持っているような気がするんです。妖怪は私たち人間とともに生き、人びとの暮らしを見つめ、人間の行いに警鐘を鳴らしたり、注意をするために現れる。こうした妖怪の存在に気づくことで、忘れかけている大切なものを思い出すんです。妖怪が癒しをくれるんだと思います。
等身大のねずみ男と。
写真:中才知弥
妖怪ファンの世代の幅広さ
妖怪ファンの世代は広いですよ。小さい子どもから年をとった人まで。2006年から実施している妖怪検定の受験者の年齢を見ても、それはよくわかります。受験者の最年少は4歳で、最年長は75歳です。最初は初級だけでしたが、現在では初級、中級、上級があります。2015年の検定で4歳の子が初級に合格したのにはびっくりしました。初級のテキストは協会が出している『水木しげるロードの妖怪たち』で、ここから出題されます。中級になるとすごく難しくて、テキストは『日本妖怪大全』(講談社)、2011年にできた上級は論文を書くんです。例えば、「妖怪の立場になって、境港市の『まちづくり』を提言してください」「妖怪が関わったとされる天変地異を挙げ、その考察を述べてください」のどちらかを選んでまとめるんです。難しいですよね。
10回やってきましたが、約4,700人が受験しました。子どものころ好きになったら大人になってもずっと好きなんですよ。
『水木しげるロードの妖怪たち』(境港市観光協会)
『日本妖怪大全』(講談社)
キャラクター©水木プロ
これからの目標
境港を民俗学とか妖怪学のような分野のメッカにすることが夢ですね。2012年から、岩手県遠野市、徳島県三好(みよし)市といっしょにシンポジウム「怪フォーラム」をもちまわりで1年に1回開いています。昨年は2巡目で、遠野市で8月に開きました。この3ヵ所は妖怪文化の普及に貢献したとして、世界妖怪協会が「怪遺産」に認定したところです。境港だけでなくていっしょにメッカになっていって、みんなで妖怪を盛り上げていければいいですね。
来年、水木しげるロードのリニューアルを行います。もっと歩道を広げるんです。このときにバリアフリーにしたいと思っています。点字ブロックも設置したり、音声テープを流したりする予定です。
そして、境港を妖怪の町としてだけでなくて、もともと漁港だということにもスポットライトが当たるようにしていきたいんです。妖怪と魚の二つを大きなテーマとして発信していきたいと思っています。
写真で見る境港
境港から米子を結ぶ境線にはキャラクターが描かれた6種類の「鬼太郎列車」が走る。
境港駅を出たところには、大きな壁画が。
水木しげるロードには英語、中国語、韓国語、ロシア語で「ようこそ」のフラッグがかかっている。境港港には中国、韓国、ロシア間を就航する貨物船や客船が入ってくる。
妖怪神社と河童の泉
水木しげるロードのお店ではこんな看板も。
水木しげるが描いたキャラクターが神出鬼没で町を歩く。
境港市観光協会が発行している妖怪ガイドブック。発行部数100万部のベストセラー。
写真:中才知弥
キャラクター©水木プロ
【インタビュー:2016年2月】