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身近なものでアート

vol.2

コルクで人物画を描く

久保友則(くぼとものり)、東京都在住

2016.08.15

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©劉成吉

フランスワイン専門店に勤務する、ソムリエの久保友則さん。仕事のかたわら、コルクでアート作品を作っている。作品を通して、ワインの豊かな楽しみかたを伝えたいと語る。


思い出が染みたコルクに新たな価値を

なんとなく持ち帰っていたんですよね。久しぶりの仲間と会ったときや祝いの場で、ちょっといいワインを開けたときのコルクを。コルクには、ワインが作られた年や作り手の名前が刻印されているんです。一つひとつが違うので、見ているだけで、それを開けたときの情景を思い出します。

ただ、コルクも溜まると、やがて置き場に困ります。コルクを捨てられないのは、どうやら自分だけではないようでした。ワイン好きのお客さんの家や取引先のレストランでも、使い道がなくて山積みになっていたんです。そこでコルクを使って、何か新しいものが作れないかと考え始めました。

コルクの濃淡でナポレオンの顔を完成

ボトルから抜いたコルクって、ロゼワインのピンク色や、白ワインの黄金色が、しっかり染みついているんです。この濃淡を使って点描画ができるかもしれないと思い、まずは赤ワインのコルク20個くらいをボンドでくっつけて、ブドウの房を作りました。

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©劉成吉

そのうち、人の顔を作れないかと思うようになりました。みんながよく知っている人の顔なら、もっと驚いてもらえるんじゃないかと思って。そこで、リアルな人の顔を作るにはどのくらいの大きさに仕上げなくてはいけないのか、最低でも何種類の色が必要なのか、知人のデザイナーに相談してみました。計算してもらうと、40列60段、色の濃淡を11種類に分けたコルク2,400個があれば、理論上はできそうでした。

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自宅の一室。コルクは色ごとに分けられている。
写真提供:久保友則

ちょうどその頃、勤め先のフランスワイン専門店ではナポレオンをテーマにした食事会を予定していたので、ナポレオンの顔を作ろうと決めました。お店ではワインを売るだけでなく、ワインをもっと楽しんでいただけるようなイベントを定期的に企画しているんです。

仕事後や週末を使って、試行錯誤しながら半年かけて、ナポレオンの作品を完成させました。食事会当日、ナポレオンのコルク作品をお披露目したら、思っていた通り、すごく驚かれました。

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第9作のサルバドール・ダリ
©劉成吉

フランスに惹かれた人物を取り上げる

2014年に作り始めて、今までに10作品を作りました。レオナルド・ダ・ヴィンチ、ダリ、グレース・ケリー、シャガールなど、フランス人だけではなく、フランスに惹かれた人物を取り上げてきました。

その時々で自分が気になっている人を選んで、制作にとりかかる前にその人についての本を読みます。どこで生まれ、どういうことをして生きたのか。コルクは絵の具のように、いろんな色があるわけではありませんが、顔に明るい色のコルクを選ぶか暗い色を選ぶかで印象が変わります。手本にする顔写真を見ながら、どんな人物だったのか考えます。
例えば、ニューヨーク生まれでパリに没したマリア・カラスは、絶世の歌姫だったといわれています。しかし写真の彼女の表情は、怒っているのか、笑っているのか。幸せなのか、不幸せだったけれど、自分を鼓舞していたのだろうか。はっきりとはわかりませんが、作りながらいろいろと考えるのが楽しいですね。

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©劉成吉

フランスの文化と歴史を伝えるシンボル

作品が完成すると、作品を囲んだ食事会を開催しています。その人物について調べたことをお話したりしながら、その人物にまつわる料理とワインをお客さんに楽しんでもらっています。
例えば、4月に行なったシャガールの顔を描いたコルクアートを囲む食事会では、シャガールの絵「NICE SOLEIL FLEURS (ニース、太陽、花)」からインスピレーションを得たコース料理とワインを用意しました。ニースの人たちに聞くと、太陽を感じさせるワインといえばこれに決まっているじゃないか、というのがあるんですよね。
ワインと一緒にフランスの歴史や文化も楽しんでもらいたいと思っています。コルクアートは、そのシンボルのようなものになっています。

ワインは西洋への窓

幼い頃、僕にとってワインは西洋への窓でした。日本のブドウとワインの産地である山梨で育ったのですが、フランスのワインに憧れていました。ラベルも日本のものとは違っていました。ワインの向こうに、フランスの風景、ベルサイユ宮殿のような豪華絢爛な建物や、何百年前から続いている石造りの建物を想像していました。

この仕事に就いてから毎年、フランスまでワインを買い付けに行きます。自分が買い付けたワインがお店に届いて、お客様に勧めるとき、作り手の人たちの顔や話、風景などが浮かんできます。お客様にそうしたこともお伝えします。

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©劉成吉

ワインの面白さは多様性

ソムリエになってから、ちょうど15年が経ちました。以前はソムリエしか知らなかったようなワインについての知識も最近は、インターネットで誰でもすぐに調べられるようになりました。知らない言語で書かれていても、翻訳ツールを使えば読むことができます。こうした状況から、この10年くらいで、ソムリエの役割もかなり変わってきていると感じています。僕自身もソムリエのあり方を、もう一度考えてみようと思っているところです。
例えば、ワインといっしょにフランスの歴史や文化を楽しむ場を用意するのもソムリエの仕事かなと思っています。

最近、気になっているのは、今の日本、特に東京では世界のものがなんでもすぐ手に入るので、輸入ワインというと、どうしても銘柄や値段ばかりで評論されがちなところです。

でも、僕はワインの面白さは多様性だと思います。その年それぞれの気候条件のなかで、たとえいいブドウがとれなくてワイン作りに厳しい年であっても諦めずに、毎年作るわけです。

さらに、ワインは作り手の手を離れてから変化します。たいていの飲料は製品として完成したら、いつどこで口に入れても同じ味というのが普通ですよね。ところがワインは、ヨーロッパから地球の反対側のアジアまで来る間や、瓶の中でさらに熟成させる期間で味が変わり、独特の風味が出るんです。そこにはどんなに便利になっても短縮できない、時間の流れがあります。

そもそも、ガラス瓶にコルクで栓をして保存が可能になったのはワインの長い歴史からみるとごく最近のことで、かつてヨーロッパの狩猟文化では、どんな獲物が獲れるかわからず、食材も自然任せでした。そこで、その日の食材と一緒に飲むとおいしいワインをコーディネートしたのが、ソムリエの起源なのだそうです。

その時々の状況で、飲む人にいちばんいいワインを紹介してきたのがソムリエです。ですから、ソムリエとして、もっとワインの多様な楽しみかたを伝えたいです。いろんなワインが存在するからこそ、さまざまなシチュエーションや食材に応じて楽しめるのです。
フランス料理といっても日本で作られるときは日本の食材を使っているので、ある意味で日本の料理ですね。その日本の料理とフランスのワインと組み合わせていただくというのは、食卓上で国際交流が行われているともいえます。そうした面白さを伝えるのもソムリエの役割かなと思います。

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©劉成吉

自然と共生してきたフランスそして日本

考えてみれば、ワインをただ密閉するためだったら、コルクでなくてもいいわけです。スクリューキャップでも、ガラスの栓でもいいはずです。でもヨーロッパの人たちは、300年間コルクを使い続けています。

恐らくそこには、自然とともにあるべきだという考えが根底にあるのだと思います。これはフランス料理とも通じる考えだと思います。フランス料理も環境のバランスのために獲物を捕りすぎないこと、骨や皮を捨てないで全部使うなど自然を大切にします。

最近、読んだ本で知っておもしろかったのが、日本人も無駄なものをなるべく出さないように、もったいないという気持ちを昔から持っていたということです。昔は布団の中に入っている綿は、布団が傷んできたら小さくして座布団にしたり、最後は下駄の鼻緒に詰めたりしたのだそうです。

そう考えると、僕がコルクでこういうものを作ったのは、フランスと日本に、自然とともにいきてきたという共通点があるからなのかもしれません。僕も人工物よりもコルクのような天然の木や皮の触感のほうが好きなのは、幼少期は自然が豊かな山梨県で育ったことも関係しているかもしれません。

コルクに染みたワインの色は天然の色なので、コルクアートは次第に色褪せていきます。一作目のナポレオンは、そろそろ髪の毛の色が薄くなってきました。でも、色止めは塗っていません。ワインには飲み頃があるように、コルクアートにも見頃があるんです。

これまではフランスにまつわる人物だけを取り上げてきましたが、いずれは、浮世絵などの日本をテーマにした作品も作ってみたいです。そして、それをお披露目する、日本とフランスの文化交流のためのイベントも開いてみたいですね。

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©劉成吉

【インタビュー:2016年4月】

構成:山岸早瀬


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