田中 容子(京都府立園部高等学校指導教諭)
「自ら思考判断し、意見を発信する力」は英語教育を舞台としたときどのように形成されるのか?それを考えるとき私の脳裏に浮かぶのは、過去に出会った授業の成立に困難を極めたあるクラスです。当時、私はそのクラスで英語II(30人)と選択科目の英会話(7人)を担当していました。どちらの授業も最初は大変苦労しましたが、より困ったのは英会話のほうでした。始業のベルと同時に机に突っ伏して寝てしまう生徒たちを前にして、私は当初なすすべがなかったのです。しかし、試行錯誤のなか、「何をするにしろ英語を使えば英会話の授業になる」との判断から英語を使った「ホットケーキ作り」に取り組んだとき、転機が訪れました。ホットケーキを作る工程を単純な英語で表現し、それを練習したのちに、「調理中は英語で」という約束をして、ホットケーキを焼いたのですが、“Put a cup of flour” “And a cup of milk” “Is it good?”等の英語を私が発話し、生徒たちから“OK!”“Oh, it‘s good!”などの応答がなされました。
一見してごく単純な言語活動にもかかわらず、そこには生徒たちの生き生きと取り組む姿があり、ここにその後の授業展開への大きなヒントがあったのです。言語活動が生徒にとって現実感のあるものであれば授業が生徒に関わりのあるものとなり、授業の場が生徒の主体的な居場所となるのだ、という気づきを得た瞬間でした。
私はALTの協力を得ながらゲームを教室に持ち込み、遊びながらさまざまな英文で自分のことを順に語る言語活動、さらには互いのことを聴きとる活動に生徒たちを引き込んでいきました。例えば積み木の塔から積み木を一本ずつ抜いていくゲームで、自分の抜いた積み木に“How old are you?”と書かれてあれば、英語でそれに答える、“Please ask Mayumi how old she is.”と書いてあればそのクラスメートに英語で質問する、というふうに、生徒たちのダイナミズムに依拠した形でどんどん言語活動を進めました。“How old are you?”の積み木を引き当てたBくんは、「16歳やけど、16ってどう言うの?」とつぶやき、「オマエ、sixteenも知らんのけ」とAくんが教える、という場面なども生まれました。そして、この英会話の授業で見出された活路を私はそのまま英語IIの授業に応用しました。さまざまな試行錯誤はありましたが、生徒たちは次第に授業に参加し始め、最後には英語で写真集を制作して卒業していきました。「学習活動の当事者」になった生徒たちの力は私の想像を超えたものでした。
本校には異なる四つのコースがあり、高校入学時にすでに英字新聞を読む英語力を持っている生徒もいれば、英語の語順への理解から学び直す生徒もいます。私たち英語科は多様な生徒たちを多様な角度から評価することをめざして、ここ10年来パフォーマンス課題を取り入れてきました。パフォーマンス課題とは、生徒に現実の世界からの挑戦や問題を模した課題を与えることで、「真正性」を教室にもたらそうとするものです。生徒が獲得した知識やスキルを応用して現実的な状況や文脈で使いこなせるかどうかを評価するために用います。唯一の正しい方法や応答はなく、さまざまな思考、判断、表現が求められる、生徒に能動的な参加を求める評価課題です。私がこれまで生徒たちと取り組んだ課題には、「学校であなたが一番気にいっている場所を写真に撮り、なぜその場所がお気に入りなのかを説明してクラスメートに紹介してください」「研修旅行が終わりました。今回の旅程のなかで後輩に最もおすすめしたい場所や活動をひとつ、英語で紹介してください」などがあります。
課題に対して生徒が当事者性を持つ「“I”を主語にする課題」がどのコースでも好評です。最近のもののなかから、高校生が自分の進路について真剣に考え始める2年生3学期に行った、「ALTとのインタビューで自分の将来設計を英語で述べ、質問に応える」というパフォーマンス課題(細野教諭との協同実践)を紹介しましょう。事前の授業で、生徒は自分が表現したい内容に対して必要な英語表現を考え、わからなければ教員に質問し、60〜70ワード程度の英語で自分の将来設計を書きます。そして、ALTとの英語インタビューで語り、質問に応じるのです。以下に紹介するのは基礎コースで学ぶCくんのケースです。彼は中学時代から英語に大変な苦労をしてきたらしいのですが、本校英語科が独自に行っている語順理解に特化した学び直しと、英文を前から順に理解して読む直読方式の読み取りで、少しずつ英語を理解できるようになってきていました。
Cくんはメモ(右図)を手にALTの先生とのインタビューに臨み、“Why do you like to work in Kyoto city?”と尋ねられて、“Because I like the city.”と答えるなど、意欲的に応答していました。インタビュー直後の彼の晴れ晴れとした表情からは、「自分の発話がきちんと聴きとられ、それをもとにして応答できた」という成功感・満足感が見てとれましたし、その後の英語学習でのCくんのスッと伸びた背中が彼の変化を物語っていました。「うーん、なんか突然オープンしたんすよ」ということば通り、彼のなかでドラスティックな変化が起きたようでした。「自ら思考判断し、意見を発信する力」を育てる授業には、発信への意欲を持てる言語活動と、その活動に取り組める力を育てる教科指導が必要ですが、その両輪がうまくかみ合うとき、生徒は発信する行為を通じて当の教科力を自ら高めていくのだということをCくんの例が物語っています。
私たちはさらに、生徒たちに世界の動きに関心を持ち常に自分の意見を持ってほしいと願って、英語メディアから直近のニュースを教材化することに取り組んでいます。英語の得意不得意にかかわらず、すべての生徒にとって英語による意見の発信は可能です。“I”が主人公の発話が“I think 〜”という意見表明を含む自己表現になれるよう、今後とも実践を重ねていきたいと思っています。
※事業報告書『CoReCa2015-2016』(2016年9月発行)に掲載。所属・肩書きは掲載時のもの。