西山恵太(CURIO SCHOOL 代表取締役)
高度経済成長時代は、優れた機能を付与すればモノが売れる時代であり、効率よくモノをつくることに価値がありました。そのため、「サラリーマン」として上司の指示に従い、言われたことをそのとおりに実行する人材が必要とされました。
しかし、時代が進むと、先進国では基本的なニーズが満たされ、どれだけ優れた機能を付与してもモノが売れなくなりました。今までにない体験をさせてくれるモノに人びとの興味は移ったのです。そうなると、言われたことをそのとおりに実行する人が企業にどれだけいても意味がない。むしろ人びとがどんなことに興味をもっているのか、人びとは気がついていないけど不満に感じていることはなんだろうか、という次元で物事を考えられる人が求められます。
「モノ+コト」の時代
具体的な事例としてiPod(2001年)を挙げると、それまで日本企業でもCDやMDにデータを保存するのではなく、デバイスのハードディスク内に音楽データを保存し、大量の音楽を持ち運びできる製品は発売されていました。しかしiPodが市場に登場した途端、iPodの独壇場となります。なぜでしょう。当時の日本企業はスペックを重視していたため、iPodより機能としては上でしたが、ボタンが大量にあることで操作性が悪かったり、デザインがかっこよくなかったり、と使う人の気持ちを理解しないまま製品をつくっていました。一方、iPodは操作に必要なボタンを最低限にしぼることで、使いやすくクールなデザインを実現し、「持っているだけでかっこいい」という新しい価値観を提案することで、爆発的なヒットにつながったのです。単なるモノだけでなく、「モノ+コト(今までにない体験)」の提案が、製品に新たな価値を生み出したということです。
iPodが登場して17年が経ち、気がつけば世界的な企業の多くはアメリカや中国に存在します。世界時価総額(2018年6月)の上位企業は、Apple、Amazon、Alphabet(Google)、Microsoft、Facebook、テンセント、アリババ……。トップ10に日本企業はいません。すごく厳しい言い方をすると日本企業が世界の人びとの生活を変えるような新たな価値を生み出していないからだと思っています。そして世界のスピードは加速度的に速くなっており、一握りの人だけが新たな価値を生み出せばよいという時代ではなくなってきています。かといって、そのような人材を学校で大勢育てられるかというと、それは非常に困難な道のりです。知り合いに小中高校の先生たちが多くいますが、みなさん本当に忙しい。日々の業務を回し、教えるべきことを教えるだけで手一杯で、そこに「価値を創造する人材を育てるためのカリキュラム」を検討し、導入することなんてなかなかできないのが現状です。
また、先生自身も新たな「モノ+コト」を生み出すとはどういうことか、理解しきれていない場合もあります。これも当たり前の話で、教えるプロであっても、新たな価値を生み出すプロではないからです。
デザイン思考を使って課題を掘りさげ、仮説を立てて解決のためのアイディアを考えていく
中高生の本気×企業の本気
では、どうすればよいのか。そこに私たちの存在価値があると思っています。
2015年からMono-Coto Innovation(モノコトイノベーション)* という中高生向けのプログラムを企画・運営しています。
このプログラムでは、参加企業が出題するテーマについて、全国から集まった中高生がチームでアイディアやプロトタイプ(試作品)を創造、提案します。また、プログラムの運営資金は企業が提供するため、参加費は無料です。
2017年は、全国250名の応募者から選ばれた150名の中高生が参加しました。7社の企業から出された「家庭の食品ロスを解決する○○とは」「中高生が欲しくなる〝いまだかつてない〟まほうびん」など5つのテーマのなかから、挑戦したいものを選び、4人程度のチームをつくって6日間の予選プログラムに取り組みました。予選を勝ち抜いた5チームは、約4ヵ月かけて、出題した企業のスタッフと一緒に議論を重ね、テストを繰り返して本格的なプロトタイプを制作し、決勝大会にのぞみます。優勝したのは、「誰かと、何かと、『つながりたい』気持ちを叶えるモノ」というテーマに挑戦し、離れた親友と時空間を共有できるドーム型デバイス「COVO(コーヴォ)」を発案したチーム。長期入院している女子中高生とその親友に、物理的・精神的な距離が生まれてしまうという具体的な課題を設定しました。ベッドに寝たまま頭の上にドーム状の器具をかぶせると、親友がまるで隣に寝ているかのように立体的に映し出され、二人だけの特別な空間を楽しむことができるというプロトタイプをつくりました。
「考えて創る」を繰り返す
私がMono-Coto Innovationを企画したいちばんの理由は、創る文化をつくるためです。ここでいう創る文化とは、なにか問題に直面したときに答えを探すのではなく、問題の原因を考え、自分なりの解決案を創り、カタチにしていくプロセスを繰り返すことです。このような取り組みを実施することで、中高生のときから新たな価値を創ることに対して面白さを感じたり、興味をもつきっかけにしてもらいたいと思っています。過去に参加したある高校生は、「チームメンバーや企業の方と一緒に悩みぬいて創り上げたプロトタイプを初めて見たとき、自分たちの手でモノづくりをしたのだという実感がこみ上げてきた。世界にたった一つしかないモノを創り上げることができ、とても嬉しかった」と話してくれました。参加者のなかには、自ら起業した人や自分たちが考えたアイディアをクラウドファンディングで製品化して販売した人もいます。また、グループをつくって、新たなロボット教材を開発している中学生もいます。彼らは創ることにどっぷりと浸かる経験をして、創ることに興味をもち、そして自分で創ることを始めています。
一方、このプログラムにテーマを出題する企業はCSR(企業の社会的責任、社会貢献)としてではなく、製品開発を目的として参画しています。なぜなら、このプログラムで生まれるアイディアやプロトタイプのなかには商品化が可能なレベルのものがたくさんあるからです。専門性の高い知識や経験の差はあっても、新たな「モノ+コト」を考えるという創造力は、本来、中高生と大人の間に差はないということです。
教育と経済を近づける
最近は学校への出張授業でも同様の取り組みを始めています。首都圏のある私立学校では、メーカー企業からテーマをもらい、総合学習の時間を用いてアイディアやプロトタイプを創る授業を行っています。授業の運営とファシリテーションを弊社およびその企業が担当することで、学校側の費用負担ゼロ、先生の時間的な負担ゼロで実施することができています。
新たな価値を生み出す人材を育成する重要性は、学校でも認識されています。けれど、お金がないからできない、人がいないからできない、という理由でなかなか前に進まない。一方、経済界を見ると、お金もある、人もいるわけです。ただ、それぞれにちょっとした不信感があり、「教育分野においてお金を稼ぐことはいかがなものか」という声や「中高生が考えたものが役に立つとは思えない」という声があります。しかし、中高生が想像力をのびのびと発揮していけるような学びの場を継続的につくっていくためには、経済と教育の距離を近づける必要があります。わたしたちは、その仕組みづくりをしながら、創る文化を広げていきたいと考えています。
※事業報告書『CoReCa2017-2018』(2018年11月発行)に掲載。所属・肩書きは掲載時のもの。