公益財団法人国際文化フォーラム

大人が学び手となって探究する

藤原さと(こたえのない学校代表理事)

民間企業で海外アライアンス、海外事業立ち上げなどを経験して2014年に一般社団法人こたえのない学校を設立。「良質な探究学習の一般普及」をスローガンに、小学生向けの探究型キャリアプログラム等を実施するほか、学校内外で教育に携わる多様な大人が数ヵ月かけてチームで探究プロジェクトを実施する「Learning Creator’s Lab 」を主宰。2014年~2017年、アメリカの公教育の現場に関わるほか、インタビュー・リサーチを行う。

こたえのない学校では、「探究学習」を軸足においた教育者たちの学びの場として、Learning Creator’s Labを2016年にスタートしました。現在2期目に入っており、理論と実践を組み合わせ、グループメンバーと協働して探究プロジェクトを開発・実施していく約7ヵ月間のインテンシブな教育者育成プログラムとなっています。

1期あたりのメンバーはクラスサイズを意識し設定した約30名。多様なバックグラウンドをもった教育者が集まります。学校教員(小中の公立教員が多いのですが、私立学校教員、高校の教員もいます)、教職大学院生等の学生、教育事業経営者、大手民間教育事業に携わる民間教育者、人材開発に関わる一般企業勤務の企業人や地域活動家などで、年齢も20代から50代と幅広くなっています。そうした年齢もキャリア、立場もバラバラのメンバーが5名前後のチームを形成し、探究の基礎理論を学んだあとに、探究のプロジェクトを企画・開発・実施します。プロジェクトは、地方にいって地域再生にも関わるようなものから、オンラインカンファレンス機能を使って多様な人が集まるネット上での対話の場をつくったり、公立小学校の場を使った探究キャンプまで多岐にわたります。探究プロジェクトを進めるプロセスを「教え手」ではなく「学び手」となって学んでいくプログラムです。

多くの子どもたちに探究の学びを

もともと当法人は2014年に小学生向けの探究学習のワークショップ開発と実施からスタートしました。ゴールデンエイジという神経発達が盛んで、世の中に目が向き始め、学校外に思考も気持ちも飛び出しつつある子どもたちに向けてのキャリア教育プログラムを始めたいと思ったのです。

私の周りには、AIの研究者や、医師、芸術家、起業家など、自分の経験を伝えたい、子どもたちの役に立ちたいと思う人はあふれるほどいました。しかし一方で、講義形式で話してもらったとしても、子どもたちが受け取るものはそれほどないだろうというのは、容易に想像できました。そこで、大人と子どもをつなぐ教育手法をリサーチした結果、2013年に出会ったのが、「探究学習」という領域です。もっと具体的にいうと、アメリカのLynn Ericsson氏が提唱する「探究型概念学習」というものでした。このときの衝撃は忘れることができません。

しかし、このような学びのフレームワークは学校での学びが前提とされており、一般的にいって6週間前後の探究の時間が必要とされていました。当時そのような学びは年間の学費が200万円もするようなインターナショナルスクールや、オルタナティブスクール、ごく一部の先進的な考えをもちチャレンジ力のある学校に限られており、ほとんど一般の子どもたちには届かないものでした。そこで、1ターム9時間でのワークショップという形で子どものための短い探究プロジェクトを開発して、もっと安価に少しでも多くの子どもたちに届けようとしたのです。

結果は明白でした。子どもたちは、適切なファシリテーションさえされれば、本来もっている意見を表現することができるようになり、チームの友だちの意見を尊重しながら、自分の考えをさらに発展させていく力を身につけました。楽しい気持ちがクリエイティブな発想につながっていきました。同時期、私自身がアメリカで子育てをし、子どもは現地校のPBL(プロジェクトベーストラーニング)および、国際バカロレアの探究ユニットで3年間学びました。必ずしも多くの知識量を覚えるわけではありませんが、「学び方を学ぶ」「人間力を高める」という意味においてその効果は疑いようもないものでした。

探究学習を学校に

一方で、民間として探究学習の場を提供することにジレンマを感じ始めていました。有償で学校外の時間となると、経済力がありこうした学びに賛同する家庭の子にしか提供できないのです。この学びは本当は学校にこそ必要なのではないか、もし学校の先生方が探究学習を実践したならば、経済力に関係なくたくさんの子どもたちが探究する学びに出会い、大きく成長していくのではないかという思いが生まれてきました。同時に「個別の力をぐっと伸ばす」ことに対する熱意と高い能力をもつ民間教育者、不確実でこたえのない世界に日々向き合い続けている企業人たちが一緒に「探究する学び」を広げていく情景が浮かんできました。それが2016年のLearning Creator’s Lab(LCL)発足につながっていきます。

LCL では探求学習の各理論を学ぶ

2018年度LCL

1:探究の旅への準備合宿(3/31~4/1)
1)自分を知る時間(Philosophic Inventory)
2)チームを創る時間
3)探究についての現在地の確認とゴール設定
4)未来の教育を考える時間

2:探究ミッション始動! (4/29)
1)ミッションを知る時間
2)チームを編成する時間
3)ディスカッションをスター卜する時間

3:探究学習の各理論を学ぶ
1)国際バカロレア認定校における実践と探究(5/19)
2)子ども哲学(P4C) における探究(6/16)
3)イエナプランにおける探究(7/7)

4:中間発表(7/21)

5:各グループで探究プロジェクト実践(7~10月)

6:探究プロジェクト実践発表と総振り返り(10/27)

「探究」に正解はない

こうして発足したLCLですが、私たちの最終目標は、子どもたち向けのプログラムをスタートしたときと同様で「良質な探究学習の一般普及」です。そのためには、教育の世界で乗り超えるべき壁というものがいくつかあることにも気がつき始めていました。LCLでは以下の3つの壁を乗り超えるような活動にすることをチャレンジとして掲げています。そして、その思いに共感いただけた日本でトップレベルの「探究学習」の実践者の先生方に参画していただき、スタートしました。

1 教育と教育の外の壁を超える。
2 特定の教育手法の壁を超える。
3 理論と実践の壁を超える。

前述したように1については、教育関係者だけでなく企業人や地域活動家が参加し、混成のグループをつくることで、3は理論を学ぶと同時に、必ずグループで開発したプロジェクトを実施することで、壁を超えようと試みています。ここでは2について少し補足したいと思います。

教育活動をしていると多くの先生方とお話しする機会がありますが、「正しい探究」という型があり、その「型」を完璧に実行できれば、優れた実践だと思っているのかな、と感じることがあります。例えば、「新学習指導要領」でいわれている「探究」というものに正解のやり方があり、それからズレてはいけない、失敗してはいけないというようなマインドが隠れているように思うことがあります。

しかし、「国際バカロレア」「イエナプラン」「こども哲学」等の各手法の間に進め方やコンセプトの違いはあっても、優劣や正しい正しくないなどというものはありません。むしろ大事なのは、教育者が自ら各手法の共通点と相違点を見出し、自分なりの「探究観」を自己形成することにあると思います。

ユトレヒト大学のコルトハーヘン教授の指摘にもある通り、理論を実践に落とし込むには、実は教育者が自身の感情や価値観について、批判的に内省し、自己変容を遂げるプロセスが必要です。「学習指導要領をよい精度で理解し実践したい」「探究の良い実践家と思われたい」というマインドは行き過ぎてしまうと正解主義に陥ってしまいます。

「正しさ」を基軸とした均質な工業製品としての「教育」を提供する時代は終わったと思っています。これからは、教育者一人ひとりがその個性をいかし、その多様性のなかで、多様な子どもたちが育つ世界に移行していくと思っています。「変化」を恐れず、「自分らしく在る」ことを楽しんで、先生たちも子どもたちもより良き幸せな人生を歩めるような世界をめざして、Learning Creator’s Labをこれからも発展させていきたいと思っています。

LCL 第1期の最終日。探究プロジェクトの実践発表と振り返りを行った

※事業報告書『CoReCa2017-2018』(2018年11月発行)に掲載。所属・肩書きは掲載時のもの。