公益財団法人国際文化フォーラム

探究心に火をつける

語り手… 庭井 史絵(慶應義塾普通部司書教諭)、聞き手… 稲垣 忠(東北学院大学教養学部教授)

司書教諭としての仕事

稲垣 庭井先生は中学校(男子校)で学校図書館専門の司書教諭をされているんですよね。

庭井 はい、基本的には図書館業務全般をやっています。授業ももっていますし、クラス担任をする年もあります。

稲垣 授業は何を担当されていますか。

庭井 中学1年生を対象に図書館の授業をしています。国語の授業の一部です。図書館の利用方法、情報の探し方、参考図書やデータベースの使い方、メモの取り方、引用や出典の書き方、パワーポイントや模造紙にまとめる際のコツなどを取りあげます。オリジナルの教科書もつくりました。

稲垣 そういった情報活用能力は他の教科で生かされたりしているのでしょうか。

庭井 例えば、社会科で、国をひとつ選んで、特徴を調べて、パワーポイントを使って発表する課題があるんですが、テーマの絞り方とか、統計資料や新聞、年鑑の使い方、出典の書き方など、関連する内容を事前にやっておいて、それが生かされるようにしていますね。

稲垣 授業以外でもリサーチの相談にのったりしますか。

庭井  そうですね。理科のレポートが大変な学校で、ほぼ毎週、2時間連続の実験があって、そのあと報告レポートの課題が出ます。形式はきっちり決まっているのですが、わたしも資料の探し方や参考文献の書き方などの相談に応じています。

元祖「探究」! 労作展

稲垣 庭井先生の学校の特色でもある「労作展」はどんなものですか?

庭井 論文執筆や工作など、自分で選んだ課題に取り組んで、その成果を発表するという行事です。大学生OBに労作展でどんなことをしたか話してもらったり、過去の優秀作品の展示を見たりしながら、5月にはそれぞれテーマを決めます。内容に従って担当の先生が決まり、説明会が一回あって、あとは自分のペースで取り組んでいく。そして9月末に展覧会が開かれます。提出は必須ですが成績には関係なく、まったく自由で主体的な学習活動です。労作展がやりたいからこの学校に来たという生徒もいっぱいいるんですよ。

稲垣 生徒たちのテーマは?

庭井 ほんとにいろいろです。ハニカム構造の分析をしたり、カビやヒキガエルを研究したり、バッティングフォームを追求したり、お遍路さんをしてみたり。仏像を彫る子やヴァイオリンを演奏する子もいれば、犬小屋をつくる子もいます。

稲垣 テーマがとても多様ですが、途中の支援がなくても大丈夫でしょうか……。

庭井 もちろん、質問にくれば相談にのりますが、授業のなかで、指導のための時間をとることはないですね。でも、生徒は、教員だけでなく、家族や地域の人に相談しながら進めていますよ。労作展では、製作過程を日誌に詳細に記録することを生徒に求めています。わたしは、作品よりもむしろこの日誌を読むのが好きで。試行錯誤している様子がよくわかるんです。

稲垣 「労作展」はいつ始まったんですか?

庭井 1927年です。普通部主任だった小林澄兄が、ドイツの「手工教育」を手本に労作主義教育として提唱し、始まりました。知識偏重にならず、実際に手を動かし、何かをつくる過程を通して学ぶことをめざしています。

稲垣 探究の元祖といってもよさそうです。労作展の活動で、庭井先生や図書館はどんな役割を果たすのでしょうか。

庭井  テーマのヒントになる本を展示することから始まって、大学図書館の本も含めた資料提供、どこで材料を買うかとか、誰に聞けばいいかとか、そんな相談にものります。もちろん、図書館の授業でも、労作展の取り組みに必要なリサーチのスキルを取り上げるようにしています。あとは、普段から、放課後に図書館に来て教科の課題をやっている生徒が多いので、労作展のテーマともつながるような本を紹介したりして、教科での学びや興味関心が探究につながるような働きかけをしていますね。

図書館の授業で使うオリジナルの教科書

問いをもって自ら調べる

稲垣 生徒たちの労作展の事例をもう少し聞かせてもらえますか。

庭井 例えば、この小河有史君は、3年間相談にのった生徒です。1年生のときは、学校がある日吉の地域研究をしました。資料探しの相談に来たので、郷土資料は横浜市立図書館に行ったほうがいいとか、いろいろアドバイスしました。2年生のときには、社会科の学習と関連させて、ゴミの不法投棄の状況を調べてデジタル地図をつくりました。3年めは、消費期限切れのものばかりがつまった防災バッグを家で見つけたのがきっかけで、防災をテーマにしていました。神戸に行ってインタビューしたり、防災キャンプに参加したり、実際に学校から家まで歩いてみて、帰宅マップをつくったりしました。東日本大震災のときには高校生でしたが、このマップづくりで確認していた安全なルートで家まで帰ったそうです。彼はアイディアが豊富で、図書館で話をしながら、「じゃあ、次これをやろう」ってよく思いついてました。

稲垣 「次これをやろう」って自分で見つけられるところ、素晴らしいですね。

庭井 テーマが広がりすぎて、方向性を見つけるのに苦労しているときもあって、情報収集の相談にのりながら、やりたいことやできることを整理してあげたり、書き方やまとめ方をアドバイスしたりしました。気になること、知りたいことを自分の力で明らかにできて、「わかった!」「伝えきった!」という満足感があったんでしょうね。問いをもって何かを調べる楽しさにはまったようで、大学でも研究を楽しみ、卒業後はアメリカに留学してます。

自ら探究する力の源

庭井 最近だと、この古守廉君の作品がおもしろかったです。子どものころから落語好きで、3年間毎年、オリジナル落語を演じてDVDにまとめていました。実は、先ほどの小河君と違って、労作展のために、彼を直接手伝ったことはないんです。書庫にあった古い資料を出してあげたぐらいかな(笑)。
創作落語なので、テーマだけ見ると、情報活用能力との関わりは薄いような気がしますよね。でも、作品をつくるまでのプロセスが、もう探究そのものなんです。彼の製作日誌を読むと、ほんとおもしろくって。あちこち行って、いろいろな人の話を聞き、見たこと聞いたことすべてがネタにつながっていく過程が全部書いてあって。
例えば、2年生の作品では、地元の歴史をテーマにした落語をつくることになるんですけれども、関連図書を読み漁ったり、公共図書館で古い地図を入手したり、地元の広報誌のコピーを取り寄せたりといった王道の情報収集をしながらも、おじいさんとその友だちとの宴席にまぎれこんで聞いた話にヒントを得たり、短期留学先でホストファミリーに英語で落語を演じて感じたことを取り入れたりして、最初のストーリーからはかなり違った展開の台本を書いていくんですね。

稲垣 それは、庭井先生が授業でやっている「レポートを書くための情報探索のプロセス」とは違いますよね。

庭井 そうですね。でも、例えば、これを聞いてここが疑問だったらこっちを調べるみたいな、情報収集のスキルがちゃんと使われているんです。新聞や雑誌を読んだら、直接関係あることも、そうでないことも気になったことは全部切り抜いておいて、取捨選択して自分のネタにするとか。わたしたちが教えると、テーマを決めて、資料を調べ、インタビューをし、整理・分析して、レポートを書くというひとつのパターンになりがちなんですけど、レポートではなくて、落語を演じるという創作活動にリサーチが生かされているのを見て、非常に感慨深かったんです。

稲垣 プロセスを自分で組み立てて、探究に必要な技能も自然と活用できているということでしょうか。

庭井 情報を集めたり使ったりするスキルが、「調べ学習」のために使われたのではなくて、好きなことを追求するために活用されているということですね。彼が演じた落語のDVDを見るとすごいんですよ。音楽付きで登場してきて(笑)、着物もつくってもらって、座布団に座って。「完成版まで30テイクやりました」と言ってました。家族も落語の練習に何十回となくつきあってくれたそうです。ものを食べるシーンで飼い犬が駆け寄ってきたこともあったって(笑)。

稲垣 最後に、図書館は、探究する生徒たちにとってどんな場所でしょうか。

庭井 探究をサポートする図書館というのは、自分のなかでも新しく出てきたテーマです。資料提供だけじゃなく、どういうサポートができるのかと考えると、必要なスキルを教えること、図書館を静かに本を読むだけじゃない、いろいろな刺激を受けられるような場にすること。そして、探究が始まったら、教科の先生のように内容についてはアドバイスできないかもしれないけど、「この資料を使ったら?」「こういう方法もあるよ」と取り組み方をアドバイスしつつ見守る。図書館が資料収集の場だけではない存在になったらいいなと思いますね。

慶應義塾普通部の図書館

※事業報告書『CoReCa2016-2017』(2017年8月発行)に掲載。所属・肩書きは掲載時のもの。