公益財団法人国際文化フォーラム

自分の美学を追い続ける

語り手… 川口 知美(舞台衣装家) 聞き手… 稲垣 忠(東北学院大学教養学部教授)

舞台衣装家の仕事

稲垣  川口さんのプロフィールを簡単に教えてください。

川口 エスモード・パリで服飾デザインとパターン(型紙製作)を学んで1998年に帰国後、東京の舞台衣装の製作チームでパタンナーとして経験を積みました。2006年に独立してからはデザイナー兼パタンナーです。ほかに、服飾専門学校や大学での講義、地域のワークショップなど、仕事を通して得た経験やスキルを伝える役割も積極的に引き受けるようにしています。2年前に故郷の金沢に拠点を移しました。

稲垣 舞台衣装家のお仕事ってどんなことをするんですか。本番までの流れを簡単に教えてもらえますか。

川口 上演の1年ほど前に演出家や上演団体から声がかかります。その時点では上演日とタイトルくらいしか決まっていないので、演出家にどんな方向で進んでいるか探りを入れながら、自分でも作品についてリサーチを始めます。その後、稽古を見たり、演出家や美術や照明の担当者と打ち合わせをしたりしながら、演出の方向性がある程度見えたところで衣装のデザイン案をつくります。演出家のOKが出たら衣装を仮縫いして、役者のサイズに合っているかなどを確認し、その後、仕上げた衣装を通し稽古で身につけてもらって不具合があれば調整します。本番3日前くらいに劇場で照明や音響、舞台設営など本番と同じ状態にしてチェック。それで問題がなければ、衣装を上演団体に引き渡します。その後のゲネプロ※や本番にも立ち会い、衣装を洗濯したり、破損したところを直したりします。

※本番同様に客入れからアンコールまでを通しで行うこと。

仕事のなかでの探究

稲垣  デザインはどんなふうに考えるんですか。

川口 作品の世界にふさわしい形はなんだろうって探っていきます。リサーチで集めた情報と、自分の引き出しにある知識やスキル、記憶、感性などを、取捨選択したり、組み合わせたりしながら形に表していきます。

稲垣 リサーチはどんなことをされるんですか。

川口 時代背景などの基本情報だけでなく、過去の公演の写真を見て、その作品がこれまでどうやって表現されてきたか、観客にどういうふうに受けとめられてきたかも調べます。そうすると、こういう形にすると観る人はこんなふうに認識するんだなっていう型が見えてきます。

稲垣 集めた情報はどうするんですか。

川口 情報を入れ込んだらパンクしそうになるんですよね。そんなときは、「いったん忘れる」んです。見ちゃった分、どうしてもなぞっちゃう。自分の感覚にもどしていかないと、自分で選び取ることができなくなる。手放したあとに、ひょいとデザインのアイディアが浮かんだりするんです。そこでつかみ取ったアイディアに最初から確信がもてるときは、針の穴に糸が通るようにピーンと筋が通ったような感じがします。だから、自信をもって打ち合わせにいきます! 不安なときは、とりあえず2、3個案をつくって演出家に意見を聞いてみます。

稲垣 なるほどー。そのアイディアが衣装の形になって上演されたときに、衣装の良し悪しはどう判断するんですか。

川口 実は、衣装だけを見ることはないんです。衣装も含めいろんな要素で創りあげられている舞台作品としてどうだったかということを見ます。気になるのは、まず、「山が立っていたかどうか」。そして、「バランスが保たれていたか」です。

稲垣 山が立っている?

川口 ほかの団体の上演とは違う個性を際立って出せているか、ということでしょうか。観客がいろんな感情をもったり、考えたり、揺さぶられたり、後々まで余韻を感じたりするような舞台をつくりたいと思っています。そういう舞台になるときって、スタッフがそれぞれに研ぎ澄ました美学が、中途半端に統一されることなくそのまま舞台上に表現されていたか、あるいは、演出家のプランを極限まで磨きあげるというひとつの方向に向かって全員が専門性を出しきっているか、なんですよね。

稲垣 バランスというのはなんでしょう?

川口 観客が入り込む余地が保たれていたかということなんですけど。ちょっと難しいですよね。
以前、仕事の方向性に迷っていた時期に、友人のダンサーに勧められて「安藤洋子×W・フォーサイス」というコンテンポラリーダンスの公演を観ました。そこで一人ひとりのダンサーが個としての強い存在感を表現しながらも、互いに強く意識を向け合っている関係性に、一観客としてとても惹かれたんです。
わたしは、子どもの頃にいじめられた経験から、集団のなかにいると萎縮してしまうところがあったんですが、人としっかり関わりながら強く輝く個のあり方の答えを見つけたような気がしました。わたしがつくりたいのは、こんなふうに、観客が作品に没頭しながらも、自分自身に引きつけていろいろ感じたり、自由に想いをめぐらせたりすることができる舞台だったんだと思いました。
その公演でダンサーが着ていたのは、シンプルなシャツにパンツとか、花柄のワンピースなど、ごく普通の服でした。役者を飾りたてたり、デザイナーが自己主張をするためのきらびやかな衣装ではなく、身体表現をよりよく伝え、観る側に自由に感じたり考えたりする余地を残す衣装でした。もちろん、衣装だけでなく、音響とか照明、セリフの息づかい、身体や間の使い方など、舞台を構成するすべてが、観る人が入り込める余白を残すために絶妙なバランスを保っていました。それ以来、舞台上にいろいろ盛り込まれすぎていると思うときは、衣装で引き算をしてバランスをとるということを心がけるようになりました。

稲垣 山が立っていたか、バランスが保たれていたかをどう確かめますか。

川口 上演団体の個性が際立ち、観客の印象が分かれたり、いろいろ考えたりする余地のある作品に仕上がっていたら、反響もそれなりにあります。そうすると、再演の可能性が出てきます。できるだけ長く上演されて、たくさんの人に観てもらうことが評価のひとつでしょうか。
観た方からの感想ももらいますが、感じたことが即興的に返ってくることが多いので、大事ではあるけど、それだけが評価じゃない。結果として受けとめるけど、自分はそこで終わらせちゃいけないぞと思ってます。

稲垣 そこで終わらせないとしたら、その次になにをされるんですか。

川口 できた衣装への反省って、実はあんまりしません(笑)。でも、自分の仕事のやり方は反省します。大人数が関わっているので、自分が考え抜き、完成度をぎりぎりまで高めて出した衣装が、意図を理解されないままどんどん変わってしまうことがあります。そういうときはすごく反省する。衣装プランといっしょに説明文をつけておけばよかったとか、変更できないところをちゃんと言っておけばよかったとか、どちらに決定権があるかを確認しておくべきだったとか。

撮影 前 伊知郎

探究を支えるチカラ

稲垣 仕事を進めていく上で大切だと思う力ってありますか。

川口 ことばでは表現されない世界を捉える力でしょうか。例えば、アーティストと仕事をするとき、かれらが表現しようとしていることは必ずしも既存のことばで言い表せないこともあります。でも、そういうところに本質をつくようなアイディアがあったりするんですよね。さらに言うと、セリフで語られることばだけでなく、役者の声の響きや圧、身体からにじみでるものなどすべてをひっくるめた場を、少し引いたところから構図のように捉えて見る力でしょうか。観客が舞台空間をどう見て何を感じるかを想像するのに必要な力です。

稲垣 ほかにも必要な力はありますか。

川口 自分の作品をことばで説明する力ですね。衣装をつくりあげたら、そこまでの自分のプロセスを振り返っていったん言語化します。これは、人に伝えるというより自分のための作業です。そのなかから、演出家とか舞台関係者に納得してもらえることばを選んで、衣装の制作意図を説明したりします。

稲垣 衣装をつくりだす表現から、人に伝えるための表現になってくるんですね。相手がことばで語っていないことも読み取ることと、創作のプロセスをことばに置き換えていくこと。広い意味での伝え合う力といえそうです。

川口さんの美学

稲垣 最後に、川口さんが仕事のなかで大事にされていることをお聞かせください。

川口 さっきお話ししたこととつながるんですけど、自分のなかでデザイナーを不在にしておくということです。デザイナーとしての自分を主張するのではなく、まず脚本家や舞台制作に関わる人たちの価値観を受けとめて、それを自分のフィルターを通して形にして出すのがわたしの仕事だと思っています。衣装って、人と関わらないと生きられないんです。どんな人が着るかだけでなく、動き方や着替えにかかる時間や役者がかく汗にも影響されます。そういう現実的な問題とも向き合わなくてはいけないので、イメージ通りにはいかないことも多くて。プロとして衣装の完成度をぎりぎりまで高めることに全力を傾けながらも、それをいろんな人の価値観のなかにさらしたり、現実との折り合いをつけたりする。あいまいなところにいる自分をずっと受けとめ続けているみたいな感じですよ。でもそれが、おもしろいんですよね。

撮影:劉成吉
『LR「里亞王〜リア〜」』公演に向けての打ち合わせ
川口さんが衣装を担当した『PACIFIKMELTINGPOT』(2015 年初演)
撮影:João Garcia
※ 2018 年、フランスで12 公演ツアー予定。
http://www.cornucopiae.net/actions/page-10-fr.php

※事業報告書『CoReCa2016-2017』(2017年8月発行)に掲載。所属・肩書きは掲載時のもの。