マスター研修は1年に2回、合宿型で行われました。研修参加前には「めやす」の考えに基づいた授業案を作成、研修中にこの授業案をより練り上げ、研修後に実践、そして2回目の研修で発表するなど課題の多い研修でした。
3年計画で始まった「外国語学習のめやす」マスター研修の最終年度、2016年3月26日に第1回から第3回のマスターが集合しました。「めやす」をより多くの人が活用し、広がっていくように、マスターとして何ができるのか、どんなことをやりたいのか、今後の活動について話し合いました。
例えば、「めやす」を活用して外国語共通の教員養成課程のカリキュラムをつくったり、英語以外の外国語を学ぶ意義をアピールするために、言語横断で学習者と教員に対するアンケート調査を実施するといったアイディアがでました。なかにはすでに動きだしたものもあります。植村麻紀子氏(神田外語大学)は、「めやす」に基づく授業づくりを学んだ学生が、大学のオープンキャンパスで高校生を対象とする中国語の授業を行う機会をつくりました。
これまで実施されたウォーミングアップ研修やロシア語教育用の「めやす」づくりも、マスターたちから出てきた企画に TJF が協力し実現しました。今後も TJF はマスターといっしょに「めやす」を広げていきます
「外国語学習のめやす」マスター研修の成果
山崎直樹 関西大学教授
お茶やお花を習うとまず型から入る。初心者でも型通りにやれば形になる。これと同じように「外国語学習のめやす」(以下、「めやす」)の理念に基づいたプロジェクト型学習の設計手順の型をつくりたい。そしてそれを可視化したい。これが研修の目的の一つであった。その型の確立と可視化のために、プロジェクト型学習を設計するにあたり、どのようなことを予め考えておかなければならないか、それをどんな順序で決めていくべきかなどをできる限り、決まった形で記述できるようにした。この試みは成功したと思う。TJF の「めやす Web」に掲載されている実践報告を見れば、同じフォーマットで記述されていることに気がつくだろう。また、「オールマスター会合」に駆けつけてくれたひとりが、「ここに来るとみんなが同じことばでしゃべっている。説明なしに理解しあえる」と語っていた。このことばも証左になるだろう。確立され可視化された「型」がわれわれの共通言語となったのだ。
「めやす」型フレームワーク
さらに、予想していなかった成果もある。「めやす」流のプロジェクト型学習では「形に残る成果物」を重視する。研修を通して、この成果物の形態が、より高度で(ICT を駆使したり、芸術的なセンスを要したり……)、より多彩に(単なる発表会ではなくコンペティション形式の発表会にしてみたり、ボードゲームを開発したり……)なった。それでいて、それらのなかには制約の多い高校の現場でも許容される活動が多く含まれている。こうした成果物の設計が当たり前のものになってくるにつれ、「めやす」型フレームワークとでも呼ぶべき言語活動の流れを提示できるようになった気がする。「めやす」型フレームワークでは、言語の構造と機能を理解し運用する活動を最終目標にするのではなく、「その言語を使うコミュニティーで新たな人と人の関係のきっかけになる成果物を作り出す」ことを目標とする。このような成果物をプロジェクト型学習のゴールに置くことにより、「『めやす』の『つながる』ってわかりにくいよね」という声に対する解答を示せるようになったのではないかと思う。「めやす」の冊子だけではまだわかりにくかった理念が実践を通して目に見える活動の流れになった。これは予想外の成果であったと考える。
言語を超えたつながり
この研修では、多言語混成チームで作業を行った。これは「そのほうがおもしろいと思ったから」である。この思いつきの成果ははるかに予想を超えた。誰も共同作業中に言語の違いを理由に「No」と言ったりなどしなかった。それどころか、研修が終わっても、教える言語の違いを超えた共同作業を続けているグループがある。また、有志で団体を組織し、外国語教育に関わる活発な活動を展開していたりもする。「コミュニケーションの目的は新たな人的ネットワークを作ること」を標榜する「めやす」の研修で、このようなつながりができるのは当たり前なのかもしれないが、何だかとても嬉しい。
仲間を増やすために
3年にわたる研修は終わったが、新しい課題が待っている。それは「検証と共有」である。「検証」とは、「めやす」に基づいたプロジェクト型学習の効果を検証して周囲に示すことである。例えば、学習者が何かの交流をしたとする。その交流のために生み出された成果物を評価し、学習者にその交流を振り返らせることは広く行われている。これに加え、「その交流を経て学習者の内面がどう変わったか」をきちんと検証して、学習効果として世に示すことが必要である。「共有」とは、我々が「めやす」型プロジェクト学習で作り上げたリソース(これまでに設計、実施した学習コンテンツ)を、もっと多くの仲間と共有するための仕組みを考えることである。そしてそれを新しい仲間を増やすのに使っていきたい。
(マスター研修主任講師)
3回のマスター研修に参加して
田原憲和 立命館大学准教授
2013年度から2015年度まで3回の「外国語学習のめやす」マスター研修(以下、マスター研修)に参加しました。第1回マスター研修を修了した後、第2回マスター研修には修了者代表として、第3回マスター研修にはカリキュラム作成委員の1人として参加しました。このマスター研修の最大の特長は、それぞれの言語の教員が、言語の枠を超えてグループ活動を行うという点にあったと思います。それぞれの言語教育における個別の事情をとりあえずは脇に置いた上で作業をしていくことで、「外国語学習のめやす」(以下、「めやす」)の本質を理解することにエネルギーを集中させることができました。
この3年間で、私にとって「めやす」が、「授業運営のために参照するもの」という存在から「授業設計上の基本的考え」という存在にまでなってきたように思います。つまり、「めやす」を学ぶ段階から利用する段階に、そして「めやす」をベースに活用し応用していく段階になりました。
3回のマスター研修の修了者が私を含め55名います。それぞれの言語別に考えると5 ~10名程度で、決して多い数とはいえません。しかしながら、マスター研修を通じて各言語内部のみならず、言語の枠を超えたつながりが構築されてきました。こうした言語の枠を超えた連携により、さまざまな実践報告やワークショップ、それぞれの所属大学や地域におけるウォーミングアップ研修の開催が増えていけば、「めやす」がより広く認知されていくのではないでしょうか。「めやす」を普及させていくと同時に、55名の修了者がさらに「めやす」への理解を深めていくことも重要です。そのような場をどのように確保していくかが今後の課題となるでしょう。「修了者のためのブラッシュアップ研修」なども今後は必要となってくるのだろうと感じています。
ウォーミングアップ研修の共催
TJF は、『外国語学習のめやす』を初めて手にする人たちを対象に「ウォーミングアップ研修」をマスターとともに実施しています。「めやす」の枠組みを取り入れた授業実践をサポートすることが目的です。この研修の多くは担当言語の異なるマスターが共同で企画、実施しています。その役割は、研修の中身を考えるだけでなく、会場探しや広報にも及びます。
初めてのウォーミングアップ研修は、2014年4月に、ドイツ語の田原憲和氏(立命館大学)とロシア語の横井幸子氏(大阪大学)が講師となり、立命館大学大阪キャンパスで開催されました。この研修に神奈川からドイツ語の池谷尚美氏(横浜市立大学)が参加していました。池谷氏は、自分がウォーミングアップ研修を実施するにあたって、どのようにやるのがいいのかを考えていたのです。そして同年11月に、フランス語の野澤督氏(慶應義塾大学)と共同でウォーミングアップ研修を実施しました。池谷氏は、他のマスターが企画しやすいように、一日の研修がどんな流れで行われるのかを示した詳細なカリキュラムや研修の様子がわかる動画をつくり、マスター仲間と共有してくれています。
2015年8月には韓国語の中川正臣氏(目白大学)と南潤珍氏(東京外国語大学)が、12月にはドイツ語の齊藤公輔氏(中京大学)が中心となり、池谷氏とフランス語の茂木良治氏(南山大学)といっしょに研修を実施しました。
2016年は、初めて日本語教師対象のウォーミングアップ研修が開催されるほか、韓国語教師対象の研修の実施も決まっています。
さまざまな現場での活用
マスターの山下誠氏(神奈川県立鶴見総合高校)、中川正臣氏(目白大学)が中心となって2012年に外国語授業実践フォーラムが立ち上がりました。教えている言語や立場を超えて自分の授業実践を振り返り、問題意識を共有して、よりよい授業実践につなげていくことをめざしています。設立から3年間は、「めやす」をテーマの柱とし、年数回のワークショップが行われました。
2016年2月に北海道大学国際本部留学生センターが実施した第30回日本語・日本語教育研修会では、テーマとして「めやす」の理論と実践が取り上げられました。マスター研修の主任講師、山崎直樹氏(関西大学)が講演、マスターの田中祐輔氏(東洋大学)と澤邉裕子氏(宮城学院女子大学)が実践報告を行いました。
海外では、2016年3月にインドネシア・ジャカルタ国立大学で開催された国際セミナー「日本語能力を向上させるための学習イノベーション」で、マスターの門脇薫氏(摂南大学)が「めやす」を日本語の授業にどのように活用するかについて発表しました。TJF はこのセミナーに参加した高校、大学の教師の学校に「めやす」各1冊を寄贈しました。
また、ベトナム・ホーチミン市師範大学で2016年に始まった日本語教師研修(年4回程度の集中研修)では、「めやす」の監修者である當作靖彦氏(カリフォルニア大学サンディエゴ校)が主任講師を務め、「めやす」を教材にした研修が行われています。
これらのほかにも、2012年に発行された寄贈版とあわせて8,000冊の「めやす」が広く活用されています。