これまで、好朋友日本文化体験の場がある学校へ、教師研修を行ったり、プロジェクト型学習、活動をとりいれた授業を支援してきました。その中で、文化を扱った活動や授業を、どう組み立てたらいいのか、生徒のなにに繋がるのか分からないという先生のお話を聞いてきました。日本や日本文化を“知識”として紹介するだけではなく、文化について、「なぜだろう?」と理由を考えてみたり、文化を見る視点を身につけることで、思考力や対話力につながるという視点を共有するため、7月下旬、「文化の捉え方」をテーマとした体験型の教師研修を、好朋友日本文化体験の場がある学校の先生と、その周辺の学校の先生、合計8名を東京に招聘し実施しました。
研修の目標を以下のように設定しました。
- 「文化を知識として教える」から「文化を見て考える、捉える」との視点を持ってもらう
- 体験型の授業に参加してもらい、自身の授業を振り返る
- 好朋友日本文化体験の場の更なる活用につなげる
- 体験の場の先生同士のネットワークを作る
講師は、アメリカンスクールインジャパンで長年日本語を教えた経験を持つ稲原教子先生、中国の中等教育で長年日本語を教えている武田育恵先生、中山市外国語学校の日本語教師の伊藤瞳先生にお願いしました。
高校の図書室見学【初日午前】
これまで体験の場に寄贈してきた日本の漫画、雑誌、書籍を生徒に使ってもらうために、貸し出せるようにしたらどうかと考え、本の貸し出しを行う高校の図書室の見学をプログラムに入れました。
跡見学園中学校高等学校の図書室にお邪魔すると、先生方は、書籍がとてもきれいに陳列されていること、本の並び順が中国と違うこと、女子校ならではのかわいいぬいぐるみが多く置いてあることなどに気がつき、掃除は誰がしているのかなど質問もでました。先生方が気になったのは、「ポップ」。本の紹介や特設コーナーの紹介など、かわいくきれいに書いてあります。先生からは、「司書の人は、本の貸し借りだけをする人かと思っていたら、読んでもらう工夫をたくさんしていた。中国とは違う」と。
各校の体験の場活用紹介【初日午後】
各校の体験の場は、普段の授業で使う学校、毎月イベントを行う学校、周辺の学校の教師も参加する教師研修に使う学校など、各校の状況に合わせて自由に使ってもらっています。
各校の体験の場の活用の情報共有をすると、先生方からは「口頭で紹介するだけより、実際のものが目の前にあって体験できると、生徒が興味を持って喜びながら学ぶことができる」「日本語科ではない生徒がうらやましがっている」との報告がありました。
文化の3Pを知る【2日目午前】
今回の研修のテーマは「文化の捉え方」でしたが、まずは「文化ってなんだろう」を皆で話し合うことから始まりました。日本の文化と言われて浮かぶものは?との問いには、目に見えるものから、見えない部分まで様々な答えが出されました。
例えば、柔道・茶道や、マナー、「めいわく」という単語まで。「めいわく」を挙げた中山市外国語学校の劉先生は、人に迷惑をかけないようにと小さい頃から教育されている日本の人が多いと思ったそうです。
先生たちからでた答えをもっと深く掘り下げて文化を捉える方法として、稲原先生は、「3つのPを使った考え方」を紹介しました。
Product そのもの、産物 Practice 方法、習慣 Perspective なぜ、物の見方
たとえば名刺を例に出すと、
Product 名刺
Practice 名前や連絡先が書いてある。ビジネスなどで交換する。
Perspective 名前が1度で覚えられないから。連絡先を残すため。名前を忘れてしまったら
失礼だから、名刺で思い出せるように。……などです。
3つめのPのPerspectiveには決まった答えはなく、いろんな視点から「なぜ」を考えていけるという考え方です。3Pの考え方や、答えがないということがはじめての先生方は戸惑っているようでしたが、まずは「体験」していただきました。
買い物活動のミッション【2日目午後】
午前中に学んだ文化の3Pを考えながら、各校の体験の場に必要なものを予算2万円で買って来てもらいました。
各校の体験の場に現在あるもののリストと照らし合わせながら、ほしいものを探しにいきます。ただ買いにいくだけではありません。学校に帰ってから東京の街で見かけたものを生徒に見せられるように、”3P”の要素を入れた動画を撮ってくるというミッションも加えました。
3Pで考える【3日目】
●productとperspectiveを考える
それぞれ買ってきたものと、撮ってきた動画を見せ、なぜそれを買ったのか、どんなことを感じたのか、何が気になったのかを共有しながら、3Pの中のproductとperspectiveを皆で考えてみました。
例えば、ご祝儀袋がものすごくたくさんの種類が売っていた。どうしてこんなに種類があるのか?そもそもなぜご祝儀袋が必要なのか?お金をそのまま渡したらいけない?失礼?ご祝儀袋の中にも更に袋が入っているのはなぜ?見えないように?金額が分からないように?金額より気持ちが大事だから?日本文化は見た目や形が大事なものが多い?茶道にも、手順や礼儀があるのも、形が大事なのと一緒?「袋文化」、包む文化、風呂敷文化につながる?
など、先生方から次々と意見が出て、点と点がつながり、更に広がっていきました。
そのうち、先生方から「あー」「なるほど」との声がもれ、稲原先生は、「この納得が大事なんです。クラス内で、生徒が自ら納得し気づいていけることが大切です」と話しました。
最初は、決まった答えがないものに答えるのが不安だったのか、発言が少なかった先生たちも、正解がないんだ、どんな意見でもいいんだ、と安心感が生まれたように、徐々に発言が増えていきました。
●突き上げ質問
授業中にperspectiveを考えていく1つの方法として、先生が突き上げ質問をしながら生徒に考えてもらうということが紹介されました。
突き上げ質問とは、あえて逆の立場になってみる、あえて常識を疑う、あえてわからないふりをするなどどんどん相手に考えさせて答えさせるものです。
早速ペアになってやってみました。お題は「男女間で友情は成立しない」や「お金ほど大事なものはない」などで、一人は質問を投げかけ、一人はそれに考えて答えることを繰り返していきます。
この方法は、ステレオタイプに陥らないように考え方を広げることにつながる、と稲原先生。
実践につなげる【4日目午前】
稲原先生の講義で学んだことを授業にどう取り入れていくかを、武田先生を中心に考えてみました。
グループに分かれ、ご祝儀袋とダルマを例に取り、生徒にどう3Pを考えてもらえるかを話し合い、簡単に模擬授業をしてもらいました。中山市外国語学校の席先生は、ご祝儀袋を使い、「これはなにをするものだと思う?」「どう使うの?」と生徒たちに考えてもらえる時間を多く取った授業を展開。しかし、途中で答えを言いたくてうずうずしている様子が見られました。
実際にやってみて、普段、すぐ生徒に答えを言ってしまっていることや、生徒に考えてもらう時間を多く取れていなかったということ、自分が持っている答え以外のものを否定してしまっていたことに先生方が気がつきました。
実践報告【4日目午後】
中山市外国語学校の伊藤先生に体験の場の活動を報告してもらいました。
中山市外国語学校は、日本語の生徒数が年々増加し現在は高校3学年で600人が日本語を学習しており、日本語の教師も8名在籍しています。毎年、伊藤先生を中心に様々な活動を行っています。
日本の文化祭をモチーフに中山でも文化祭を行うとしたら、どんな模擬店を出店したいか?をテーマに行ったプロジェクト型の日本語の授業は、使えそうなポイントを見極めて取り入れていくことができそうだとの感想が先生方からでました。
更に伊藤先生から、授業を組み立てるときに大切にしている5つのポイントが紹介され、先生方の大きな参考になりました。
- 生徒はこの授業を通して、何を学べるかを考える→目標や理由を考える
- 授業に参加したい!という気持ちにさせる→生徒の生活に近い話題を探す
- ルールの中で、自由にやらせる(生徒主体の授業)→すべて手伝わず、まずやらせてみる
- 発表の時は評価シートを配布する→他の人との考え方を比較したり、学んだことを復習できる
- 生徒に振り返りシートを書いてもらう→生徒が振り返ることができ、生の声を聞くことで次の授業につなげられる
そして最後に、「先生も生徒も楽しむこと!」とポイントが追加されました。
4日間の振り返り
研修の最後には、武田先生を中心に4日間の総括がなされ、答えを生徒が考えることで思考力を育てることができる、と締めくくり研修が終了しました。
先生方からは、以下のコメントが寄せられました。
(印象に残ったこと)
- 自分の保守的な考え方が少し変わった。いろんな例を挙げてくれて、現場で実際にやったことを話してくれたので、理解しやすく、学校に帰ってからも役に立ちそう
- 稲原先生の講義のなかであった「ハワード・ガードナーの8つの知能(多様な学び方がある)」などのことから、生徒を信じて、多様な学び方で教えなければならないと思った。また教育のプロとして、教え方の引き出しとアプローチをたくさん手に入れたほうがいい。答えのないことをいろいろな方法や、突き上げ質問で楽しんだほうがいい。生徒のためになること、生徒が興味を持っているものを常に念頭において授業をする大切さが分かった
- これから授業でできるだけ生徒に「なぜ?」を言ってもらうようにします
(学校に戻ったらどんなことを実践してみたいか)
- 文化を知識として教える前に、その文化の雰囲気をつくる。知識を文化のなかに入れて、生きた知識を教える
- 宿題をやってこなかった生徒がいたら今までしかってばかりいたけど、これからはその理由を聞くようにしたい
- 着物を紹介する授業で、多くの写真を見せ、実物を着てもらったり、突き上げ質問を取り入れてやりたい
- 生徒によって、知識を身につける方法に違いがあり、能力にも違いがある。教え方も違わないといけない
- 敬語の授業で、なぜ日本語には敬語があるのか、どんな効果があるのかを話し合ってみたい
フォローアップ
今回はすべての講義を日本語で行ったため、4日間で学んだことを100%理解するのは難しかったと思います。今後は、一度自分が体験したことを授業で生徒にどう体験してもらうかを考え続けながら、各校の状況に合わせて実践につなげてもらえるように、フォローアップをしていきます。 その第一弾として、稲原先生、武田先生と、先生方に上海に集合してもらい、現場に戻ってからの悩みや各校の状況に合わせた文化の扱い方について検討する場を設けます。その後他の体験の場を巡回訪問していく予定です。
(事業担当:宮川咲)
事業データ
中国日本語教師東京研修
2019年7月25日(木)~30日(火)
国際文化フォーラム事務所(東京都文京区)、文京福祉センター江戸川橋(東京都文京区)、サンシャインシティープリンスホテル(東京都豊島区)
(公財)三菱UFJ国際財団
稲原教子(元アメリカンスクールインジャパン教諭)、武田育恵(華南師範大学附属南沙中学日本語教師)、伊藤瞳(中山市外国語学校日本語教師)
黒龍江省教育学院日本語指導主事1名、上海市工商外国語学校日本語教師2名、大連市第35中学日本語教師1名、中山市外国語学校日本語教師2名、ハルビン市第8中学日本語教師1名、ハルビン市朝鮮族第一中学校日本語教師1名、計8名