学生が知りたいテーマで人にインタビューし記事をウェブで発信する「ときめき取材記」プロジェクトは、大学や日本語学校の「日本語」「日本事情」の授業で取り組まれています。2016年度に1校から始まり、2019年度前期までに延べ17校で実践され、19のテーマ40本の記事がウェブに掲載されています。
プロジェクトの実践を増やし、また活動を深めるために、8月24~25日、1泊2日で実施した「ときめき取材記プロジェクト」実践ワークショップには、すでに実践している先生、これから実践したいと思っている先生の計10名が参加しました。
プロジェクトの肝は深いインタビュー
ときめき取材記プロジェクトでめざしているのは、学生たちがテーマから社会を多角的に見たうえで、人に迫り、その人の考えや生き方、人物像が立ち上がってくるようなインタビューをして記事にまとめ発信することです。とりわけ、深いインタビューをすることにこのプロジェクトの肝があります。そのためには準備していった質問を順番に聞いて終わるのではなく、返ってきた答えから質問をつくり話を深めることが必要です。さらにその人の表情をとらえた写真、文章を補強する写真があると、より一層のその人物像が浮かび上がります。
そこで、1日目は聞き書きの名手・塩野米松氏とプロカメラマン・中西祐介氏を講師に迎え、「聞き書きとは何か、いい質問とは」、「インタビュー記事に必要な写真とは」をテーマに話していただきました。
よい質問とは?
「一人ひとつの質問をしてください」
このことばで始まった塩野氏の“講義”。参加者がインタビュー準備から原稿作成までの実践で困ったこと、これから実践する上でわからないことを質問し、それに塩野氏が回答していくというインタビュー形式で行われました。
塩野氏は18年にわたり高校生が山や海の技の名人に話を聞く「聞き書き甲子園」の講師を務めるほか、出身地である秋田の中学校でも聞き書きの指導にあたっています。中高生には、準備として質問を100個用意するように言うのだそうです。生徒にとっては大きな負荷であり、この100個の質問はインタビューではほとんど使うこともないのですが、100の質問を絞り出すために、中高生はその人の職業や幼いときの社会背景も調べるなど、その人にじっくり向き合うことになります。このことがその人への関心を高めていきます。
インタビューを深めるためには、「初めて会う他人に対して、どれだけ自分がさらけ出せて、素直になれて、知りたいことがいっぱいあるか」が何より大事です。そしてできるだけ具体的な質問をすることがその人の人物像を浮かび上がらせるのであり、人生観は不要だと塩野氏は言います。悪い例として、ある有名な野球選手への質問「あなたにとって野球は何ですか?」を挙げ、そんな質問に一言で答えられるわけがないし、それを知るために話を聞きに行っているのだと述べました。
写真をどう撮るのか
第2部では、ときめき取材記ウェブに掲載されている写真を見ながら、課題と改善点を具体的に中西氏が解説しました。例えば、マスク開発者の記事では、インタビュイーがマスクを手にした写真があります。しかし、ただ持っているだけではマスクの形状もよくわからない。マスクをつけてもらって写真を撮れば、その人が何をしているのかもよくわかるようになると指摘しました。
インタビュー写真を撮る
参加者は2グループに分かれ、インタビューの場を用意し、参加者はインタビュイーを撮影しました。撮影後、各自1枚を選び、なぜそれを選んだのか、何を表現したかったのかを発表し、中西氏からフィードバックを得ました。同じシーン・被写体で撮影しても、切り取る表情は違っていたことに参加者は改めて写真の奥深さを感じたようです。
インタビューでいい写真を撮るには、相手を観察すること、興味をもつことが大切だと中西氏は繰り返し語りました。
実践報告と情報交換
2日目は、三代純平氏(武蔵野美術大学准教授)、上田安希子氏(群馬女子大学講師)、矢部まゆみ氏(横浜国立大学講師)、義永未央子氏(大阪大学教授)が実践報告を行いました。
授業の枠が日本語か日本事情か、対象が留学生か日本人と留学生の共修か、少人数か30人規模なのか、グループ活動か個人か、ウェブ掲載を最終目標にするのかしないのかなど、状況はそれぞれ異なります。インタビュー活動と記事作成が中心となることは共通していますが、それをどう組み合わせるのかは先生方の授業デザインによります。
成果として、グループでのディスカッションや社会とつながることで「オーセンティックな言語活動」ができていることのほか、ウェブで発信することで記事への責任が生まれたり、グループでの協働が促進されたりすることも挙げられました。さらに、ときめき取材記プロジェクトの過程で、テーマをさまざまな角度から見て人を探し選ぶという「正解のない中で自律的に選択、決定する」経験ができること、インタビューの申し込みを断られる・仲間内で意見が食い違う・うまく書けたつもりがダメ出しを食らうなど、いい意味での「挫折」経験ができることも、人間的成長につながっていると報告されました。
一方で、課題や悩みも多く挙げられました。プロジェクトの活動がかなりのボリュームになるため授業時間内でいかに原稿作成までもっていくか、教師はどこまで口や手を出すのか・待つのか、評価をどうするのか、社会とつながるからこそ起きるトラブルをどう回避するかなど。
同じような悩みや課題を抱えている場合もあれば、解決している場合もあるため、グループをつくりプロジェクト進行中に出てくる悩みや役に立つ情報を共有し、情報交換ができるようにしています。TJFが作成したインタビューや写真の講義動画やワークシート、それぞれの先生が作った文書やワークシートなどを提供するほか、進行状況や活動内容を共有し、いつでも使えるようにしています。プロジェクトには多くの工程があり、社会とつながるために予期せぬことが起きることから非常にタフな活動ですが、情報共有の場があることが励ましにもなっているようです。さらに、今回のようにすでに実践している人が、失敗も含めて実践報告することで、初めての人には自分の活動がイメージしやすくなり、課題解決を共有することで自分の実践にも生かすことができます。
今年度後期、そして来年度、どんな実践が出てくるのか楽しみです。
参加者の感想
■塩野氏のWS
- 質問を100個作るというのは、「何を聞きたいか」の土台作りとなり、追質問のとっかかりが作れるんじゃないかなと思いました。
- 今後実践をしていく上でどのような点に気をつけ、どう授業を進めていけばいいかイメージできました。より、授業で取り組みたいなと思う気持ちが強くなりました。聞き書きの可能性、おもしろさも知ることができました。
- 具体的な質問への答えを重ねていく中で、その人が毎日何時頃起きて、どんな朝ごはんを食べて何を身につけて、どうやって職場に向かうのかが映画のように臨場感を持って浮かび上がってくる…というのが非常に印象的でした。
- 聞く側と聞かれる側、双方にとって豊かな時間が作れるようにする、そのためにはその人について「知りたい」と思う気持ちが大切ということを学びました。
- 授業として「インタビュー活動」を行う場合、インタビューを行う相手にいかに関心を持たせるかというところが肝になるのではと改めて思いました。
■中西氏のWS
- 写真を撮り合うワークをぜひ取り入れてみたいと思いました。
- 実際に記事に掲載されている写真へのコメント(ダメ出し?)が非常に説得力があり、さすがプロ、と思いました。
- 掲載する媒体による写真の見せ方(載せる意味)などを知ることができ、「ときめき取材記」(WEB媒体)でどのように、どのような写真を載せたらいいのか、記事と写真との関連性など、写真の持つ意味、力、効果的な載せ方、撮り方、注意点など知ることができました。
- 私にとって写真が単なる「記録」から、表現力を持つ「図像テキスト」に変わったような気がします。
- Web上で公開されるインタビューですから、写真はまさにその人の「顔」になります。これまで、学生たちが撮ってくる写真に対して、疑問を持つことが多かったのですが、まず、自分自身がその点に無自覚でした。また、実際に写真を撮るという実践を通して、考えているより難しいということもわかり、「写真を撮る」ということにもっと自覚的にならなければならないと思いました。
- インタビューに入れる写真について、これまで学生にただ「撮ってくるように」と言っていただけだったが、ちょっと注意や意識をするだけでも記事の中に置いたときの意味合いが変わってくること、最初にどこで撮るかの場所の選定も重要なのだという注意点がわかり、目から鱗だった。
■実践報告
- 実際にどのような流れで授業を行っているか、何年か継続する中で変化してきたこと、失敗談などいろいろうかがうことができ、自分の授業で行う際にどうしていけばいいか具体的にイメージすることができました。
- 他の皆さんの実践の様子をお聞きしたり、自分の実践について質問やコメントをいただくことで、次に繋がるヒントも見つかったように思います。
- 貴重なお話のおかげで気軽に取り組めそうです。しっかりと参考にさせていただきました。
- 発表そのものもおもしろかったのですが、「実はこんな事があって~」とか、夜のぶっちゃけ話(今、こんなこと考えてて~/こんなことに悩んでて~)はすごく心に残りました。
- 普段、孤独に実践活動を行っていると、他の実践者がどのように活動をしているのかを知る機会がなかなかないため、実践報告を聞いて、共感できるところも多く、参考になりました。それぞれ、抱える悩みも、現場によって異なることもあり、多角的に実践を見られるところがよかったと思いました。
- 実際にアップされた記事ができる背後にどのような経過があったのかなどを細かく聞けたことで、特に想定外の問題が起きた場合にみなさんがそれぞれどのように考えどのように対処されたのかを具体的に知ることができた。
(事業担当:千葉美由紀)
事業データ
ときめき取材記プロジェクト実践ワークショップ
2019年8月24日(土)~25日(日)
1日目:桜美林大学プラネット淵野辺キャンパス(神奈川県相模原市)
2日目:国民生活センター(神奈川県相模原市)
塩野米松(作家)、中西祐介(カメラマン)
10名