公益財団法人国際文化フォーラム

学校のソトでうでだめし報告

「アート作品を味わう。コトバにする。コトバをきく。カタチにする。」 ◇中高生向けと教育関係者向けに実施


2019年3月に、対話型鑑賞を取り入れたプログラムを、中高生向け*1(28日)と教育関係者向け*2(30日)に開催しました。ファシリテーターは、京都造形芸術大学アート・コミュニケーション研究センター(ACC)副所長の岡崎大輔さんにお願いしました。

対話型鑑賞は、ACCがニューヨーク近代美術館のVisual Thinking Curriculum(VTC)をもとに開発したArt Communication Project(ACOP)という美術鑑賞の手法にそって進みました。「みる」→「考える」→「話す」→「聴く」の4つを繰り返しながら、作品、自分自身、ほかの参加者との対話を重ねていきます。


作者やタイトルなどの情報は、最初は明かされません。スクリーンに映し出されたアート作品をつぶさに観察してみつけた視覚的な「事実」と、作品から受けた印象や自分のなかで生まれた感情や思考(「解釈」)の両方を、参加者それぞれにことばにして場に差し出していきます。そうして積み重ねられた事実と解釈をもとに、作品鑑賞を深めていきました。

解像度高く観察する中高生たち

中高生たちの鑑賞の様子を少しご紹介します。


二つの作品を短めに鑑賞しながら、対話型鑑賞の進め方に慣れたあと、アンリ・ルソーの《私自身、肖像=風景》をじっくり鑑賞しました。

ある高校生は、絵のなかで使われている赤い色に着目しました。
○ 真ん中の男性がもっている筆の先に赤色がついている。
○ 左手の川の流れに赤が混ざっている。
○ 雲のなかに赤が使われている。    など

そして、この複数の事実から、

○ この男性は赤を使いたいという意志があって、背景の絵を描いている。
○ 絵の中心にいるのも、うしろの絵を描いている人だから。

と解釈を導き出していました。

©️National Gallery in Prague


30分ほど鑑賞を続けるうちに、絵の左右の比較に全体の視点が移ります。
中高生たちから出た発言は、

左側:
○ 奥にタワーのような建物があって近代的、工業的にみえる。
○ 水辺の人物が黒い服なのは個人が尊重されていないということではないか。
○ 川や船など色調が暗め。   など

右側:
○ 道がずっと奥まで続いている。
○ 左にくらべてのどかな風景。   など

左右:
○ 中心の男性を境に左右で違う世界を表現している。    など


ひとしきりやりとりを重ねたあと、一人の高校生が、それまでに出てきた意見もふまえ、

○ 男性は右側の明るいほうに向かって道を歩いてきたが、一回立ちどまったときに左側の暗い過去がみえて、こういう複雑な顔になったのではないか。

と、中心に描かれた男性の人生に結びつけた解釈をしていました。



中高生たちは、約2時間かけて4作品の鑑賞を終えたあと、自分のなかに湧きあがってきた感覚や考えたことを、粘土や手芸用品、写真などの非言語の媒体を自由につかって表現。完成した互いの作品を鑑賞し、印象や発見したこと、作品に込めた意図などを語りあいました。


静岡から参加した高校生は、

「黙っているのではなく、自分の考えをことばにして伝えることで、ほかの人から違う視点をもらうこともでき、自分の考えが変わったり、磨かれていったりする」

と、体験を振り返っていました。



モヤモヤしながら、生徒に思いを馳せる教師たち

教育関係者向けは、人数が多かったことや、さまざまな意見が出たこともあり、鑑賞体験を作品にしてみるプロセスは急遽取りやめ、合計5作品をじっくり鑑賞しました。


ゴッホの《古靴》の鑑賞では、

○ 大きさが違うから別の靴ではないか。
○ 酔っ払いが履いてきたのかも。
○ 靴ひもがだらしない感じ。くたびれたような靴。なにかしら疲れている感じがする。

というような意見が出たあと、やりとりを重ねて、

○ 違う靴なんだけれど似ている。いっしょに旅してきたイメージがわいた。
○ ぼろぼろだということはたくさん歩いてきたということじゃないか。長い道を歩いてきた。苦難とか苦労なのか。
○ やっと長い道のりから解放された。自分自身が成長したとも言えるかもしれないし、新しい靴をはくタイミングになったのかもしれない。

など、古靴を履いていたであろう人たちの人生を重ねてみる発言が続きました。

©️Van Gogh Museum, Amsterdam (Vincent van Gogh Foundation)

さらに、背景に注目して、

○ 奥のほうの背景が、垂直で、迫ってきているようにみえる。左から右に流れの勢いがあって、それを靴がくいとめようとしているようにみえる。

といった意見もありました。

また、作者がゴッホであることを知っていた参加者は、

○ 弟のテオと自分を靴として描いた、ある意味自画像ではないか。右の靴ひもはくるっとしてぐちゃぐちゃしている。ゴッホは不器用で変わりものということを自覚していて、右を自分にしたのではないか。あるいは、靴がゴッホで、光あるいは空間がテオかもしれない。

と推論していました。


鑑賞が終わったあとのふりかえりでは、参加者としての目線と教師としての目線を行ったりきたりしながら、オープンエンドな議論が行われました。

◾️「モヤモヤ」について
○ ほかの人の解釈を聞いていて自分がのっていける話とのっていけない話がある。無意識に自分のなかで拒否や拒絶がおきている。その人の視点でみれるか、みれないかということなのか。

○ ザワっとするもの、よくわからない解釈があるなかで、おもしろいと思って続けていけたのは、「どこからそう思うの?」という問いがあったから。その人は事実としてこういうものをみているからこう言っているんだとわかって「あーー!」となった。

○ 発言するのは勇気がいるということを体験した。かといって、発言しないで終わってたらそうとうモヤモヤしたと思う。生徒のことを考えた。自分が意見をいったとき、ほかの人がうなづくだけで安心した。

○ モヤモヤには種類がいくつかある。タイミングがうまくとらえられなくて言いづらい、自分の思っていることがことばでうまく表現できないなど。いいモヤモヤだと思う。その場では出てこなくても、一回ひきとって、そのモヤモヤが熟成されて自分のことばで出てくればいい。時間をかけて本人のなかで消化していく。


◾️みんながそれぞれいろんなことを言ってそれで終わりでいいのか?
○ まとめないことが大事というのはわかっているが、今までの学校教育で育ってきたということもあり、まとめがないと気持ちが悪いという感覚をどうしてももつ。それぞれがいろんなことを言ってそれで終わりでいいのか。正解ではないが、この集団のなかで、この絵はこんな感じだったねっていう納得解というか、出てきた意見の集約がなくていいのか。

○ そもそも集約できるものなのだろうか。いろんな人が感じたことを話して、それを聞いてみんなで触発されあう。そこにまとめはいるのだろうか。

○ 対話型の授業を意識的にしているが、まとめないことが多様性の担保なんだろうと思っている。一方で、「対話した」「楽しかった」「みんな違ってみんないいよね」で終わってほしくない。さっき鑑賞した絵がそうだったが、終わってから調べたくなる。それっていいこと。「調べたくなっちゃう」ようにどうするか。隠し味が大切。


◾️ 多様性ってこういうこと?
○ 人によってみているものや感じてること、そして、それらを表現するときのことばがすごく違っていると実感。頭でわかっていることと、ほんとに体感するのはまったく違う。

○ 多様性を理解するってこういうこと。アートと向き合うってことは他人と向き合うことだと思っている。みて考えたことや感じたことを共有するのもそういうこと。


◇ ◇ ◇

中高生向けの「学校のソトでうでだめし」は、これまでの自分の感性や思考、表現を耕したり、自他との関わりかたを模索するものも継続しながら、さらに社会や世界の状況や課題にも目を向けて、当事者としてどう関与していくかを考えるようなプログラムも行なっていきたいと考えています。

さっそく、来月(2019年11月9日)には、環境活動に取り組むテンダーさんを講師に迎え、「『しょうがない』を乗り越えろ! 構造を理解し解決を配置するシステム思考実践―ゴミ拾いで稼ぐには」(https://www.tjf.or.jp/information/3983/ )を開催します。


また、教育関係者自らが探究的、対話的な学びを体験できる場も引き続きつくっていく予定です。



*1 中高生が、日常ではあまり出会わない他校の生徒やさまざまな分野を専門とする大人たちと関わりながら、表現、創造、思考、議論などを体験する「学校のソトでうでだめし」プロジェクトの第3弾。新しい知識や視点、表現方法などを得て、自分の枠を広げたり、多様な人たちや社会と自分はどう関わるかについて考えを深めるきっかけとなることをめざしている。

*2 多忙な教師自身が探究的、対話的な学びを体験する場をつくる事業の一環として実施。


(事業担当:室中直美、宮川咲)

  

事業データ

学校のソトでうでだめし【中高生編 vol. 3】・【先生編】 「アート作品を味わう。コトバにする。コトバをきく。カタチにする。」

期日

中高生編 2019年3月28日(木)
先生編         2019年3月30日(土)

場所

くすのき荘(かみいけ木賃文化ネットワーク)
https://yamadasoukamiike.wixsite.com/mokuchinnet

ファシリテーター

岡崎大輔(京都造形芸術大学アート・コミュニケーション研究センター副所長)
https://www.acop.jp/

参加者

【中高生編】 中高生 8名
【先生編】     小中高校の教員など 15名