照明が舞台を照らし出した瞬間、大きなどよめきが起こりました。SEOULでダンス・ダンス・ダンスの韓国・ソウルでの1日目、日韓の中高生40名が発表会場の下見に行ったときのことです。2018年度の会場は秀林アートセンターのホールで、プロのダンサーが公演する本格的な舞台です。観客席に座って舞台を見たり、舞台に上がってステージの幅や奥行きを何度も確認したりしました。また同アートセンターでは、これまで実施した6回の記録写真展が開かれ、一般の人たちにも公開されました。
このプログラムでTJFがめざしているのは、全日程が終わったときに、参加者がさまざまな価値観をもつ人がいることを知り、一緒に何かをすることへの興味関心が広がっていること、お互いのことばをもっと学びたくなっていることです。そのためには楽しみながらも本気で活動に取り組むことが大事だと考え、本気を引き出すために、ホンモノに近づける仕かけをつくっています。チームごとに発表会用の衣装を買い出しに行ったり、チーム名とロゴを考えたりするのもそのためです。そして、2018年度に行った仕かけが冒頭で紹介したホンモノの舞台でした。発表会では、それぞれのグループのロゴをスクリーンに映し出し、より臨場感を高めました。
ONとOFF
ダンスグループ以外の参加者ともことばを交わしてもらうために、部屋ではダンスとは別のグループを編成しています。発表会が近づいてくるにつれ、ダンスグループはピリピリした雰囲気になっていきますが、部屋に戻るとたわいもない話をして笑い転げたり、互いのことばを教えあったりするいわばOFFの時間が流れます。
ある参加者は「部屋に戻ると緊張がほどけてほっとした。ここがあったから、ダンスチームに戻って頑張れた」のだと言います。こうした時間をともに過ごした最終日、「また会おうね」と言いながら別れていきます。その後SNSでやり取りを続け、再会する参加者も少なくありません。
ON
ホンモノの舞台
発表会当日の会場演出
プログラムの写真展を開催
事前にSNSで交流
OFF
ラーメンパーティ
部屋グループでの交流
見守ることで感じた生徒たちの変化
鄭賢熙(チョン ヒョン ヒ)
駐日韓国文化院世宗学堂講師
2014 ~18年、5回にわたって日本からの参加者を引率する立場でプログラムに参加しました。私が常に心がけていたのは、どんなに「やきもきする」現場にいあわせても、ぐっと我慢して口を出さず、そばで「見守る」ことでした。その結果、多くの生徒たちの変化と成長を目の当たりにすることができました。
例えばある年、みんなに交じらず、一人でずっとスマホばかり見ていた生徒がいました。ダンスもできない、日本語もできないという気持ちが彼女を自分の殻に閉じこもらせていたのだと思います。私たち引率の教師陣も、彼女を活動の輪に入れるのは難しそうだとあきらめかけていました。しかし、同じグループのメンバーたちは、彼女を決して放ってはおきませんでした。繰り返し声をかけ話を聞いていました。その結果、その子はここにいていいんだという安心感を得たのだろうと思います。発表が近づくにつれ、彼女の表情は変わっていき、最終日には、明るい笑顔が見られました。私たち大人は、「あの子は韓国人だから」「日本人だから」などと決めつけて考えてしまいがちですが、そうした思い込みを外して、ありのままのその子の姿を見る必要があるのだということを痛感しました。
プログラム中は、どのチームにも、多かれ少なかれトラブルが起こります。それでもダンスの発表という共通のゴールがあるから、互いに解決策を見いだして乗り切るしかない。発表を終えた生徒たちは、日韓両言語で「ごめんね」「ありがとう」とことばを交わしながら、涙を浮かべて抱き合います。ことばや文化の違いから葛藤したり、時には衝突したりしながら、それでもわかりあおうとする生徒たちの姿に、こちらが学ばされることのほうが多かったように思います。
写真はすべて但馬一憲
※事業報告『CoReCa2018-2019』に掲載。所属・肩書きは事業実施時のもの。
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