公益財団法人国際文化フォーラム

ときめき取材記報告

ときめき取材記プロジェクト実践ワークショップをオンラインで実施

2020年12月26日、インタビュープロジェクト「ときめき取材記プロジェクト」(以下、ときめき取材記)実践ワークショップを初めてオンラインで実施し、国内外の高校、大学から13名の参加がありました。ワークショップは、塩野米松氏(作家)による聞き書きについてのレクチャー、三代純平氏(武蔵野美術大学准教授)と義永美央子氏(大阪大学教授)による実践報告の2部構成としました。

聞き書きは、相手が語ったことばだけを使って文章を構成していくものです。ときめき取材記もその点で聞き書きであり、聞き書きはプロジェクトの大きな核となります。そこで、聞き書きの名手であり、中高生や大学生に聞き書きの指導経験の豊富な塩野米松氏に、ご自身の経験にもとづいた聞き書きの意義や方法などについて語ってもらいました。さらに、これから実践したいと思っている方が具体的なイメージをもてるように、授業にどのように組み込んでいるのかを三代氏と義永氏に報告してもらいました。

第1部:レクチャー「聞き書きとは何か」

レクチャーは、「10人目の質問が終わったときに、聞き書きってこうやるものだとわかるように具体的な例を説明していきます。みなさんは前の人と質問がだぶらないように、できるだけ具体的な質問をしてください」という塩野氏のことばで始まりました。同じ質問はできない緊張感が徐々に高まるなか、参加者は自分の経験にもとづいた疑問やこれから取り組むときにぶつかるであろう課題などについて質問をしていきました。それらの中からいくつか抜粋要約して紹介します。


Q: インタビュアーとインタビュイーと明確に分けないで、一緒に何かをしながら、例えばお餅をつくりながら話をしていくのもインタビュー活動といえるでしょうか。


塩野氏: ぼくがやっている聞き書きはおしゃべりの延長です。ただし、すべて録音しています。聞きっぱなしではなく、聞いた話を自分でまとめるなり整理しないと(理解は)深まっていかないだろうと思います。そしてそのためには話を記録したほうがいい。なぜなら人間はそんなに覚えていられないから。メモをとるのはいいけれど、聞きたいことの部分だけメモすることになる。もしかしたらその前後のことばがとても大事だと思われる時が出てくるかもしれない。そのためにも録音して、それを起こして、自分たちの会話を整理したほうがいいんです。

お話を聞いたあとに原稿にしなくてはいけないと、聞き方もすごく一生懸命になります。話を具体的に質問するためには、私事として聞かないと質問がつくれない。常に相手が言ったことはどういうことなんだろうと考え、想像できないものは質問をかえて、自分が納得できるまで質問しなくてはいけない。なぜ質問していかなくてはいけないかというと、最後にその方に代わって原稿を仕上げるという役目を背負っているからなんです。だからこそ、最初にその覚悟を決めなくてはいけない。そうやって話を聞いて原稿を仕上げたときには、別人になるくらいの変化があるんです。1000人以上の高校生に教えてきて実感しています。


Q:覚悟を決めるということはどういうことでしょうか。


塩野氏:あなたの人生にとても興味がある、そしてできるものならそれを記録してみたいと思っているわけです。そのためにはまず私が誰であるか、なぜこの話を聞きに来たのかということを説明していかなければいけない。そのことを含めて自分のことを一部さらけだしながらあなたの話と真摯に対等に会話しているんだというところまで立ち上げないと、本当のインタビューにはならないんです。そうでないとただの通りがかりの人がおいしいラーメン屋さんだね、コツ教えてくれる?って言っている以上の話にはならない。だから自分の覚悟と素性を紹介することで話を深めていくということはとても大事ですね。


Q:インタビューに行く前に質問をできるだけたくさんつくりますが、質問の優先順位はありますか。


塩野氏:聞き書き作品では、「私は」「僕は」という主語で文章ができています。ですから、まず最初に、「私」が誰であるかがわからないといけません。名前だったり生年月日だったり出身地だったり、どんな過去をもってるか、どんな家族で育ったのか、どんな町で生まれ育ったのか、経歴としてどんなものかをざっと言っておく必要がありますから、それらの質問が第一優先となります。

中学生たちには100個質問を用意していけと言いますが、100個の質問を作ること自体が一番メインの部分です。その職業に対してどんな自分がイメージを持っているのか、下調べとしてどれくらいのことを調べたのか、そしてわからないことは何なのか、その人が住んでる町はどこなのか、どんな風景の中に住んでいるのかっていうようなことを想像しながら質問をつくっていきます。でも実際には100個質問する時間はないんですよね。だから優先順位を決めて聞くことになるんです。


Q:あなたに関心をもっているという気持ちを相手に伝えるのが大切だとおっしゃいましたが、それを学生にどうやって伝えたらいいのでしょうか。また、どういう場をつくるとそれが伝わるのでしょうか。


塩野氏:乱暴なこと言いますが、なげ込むしかないです。一人で行かせれば黙ってても尊敬する。自分が訪ねて行ったので、そのままじっと心を開かないで喋らずにいるわけにもいかない。その冷や汗がでるような思い、どうすればいいかわからない状況を乗り越えなきゃいけない。できれば、同じ人に二度インタビューに行くことをお勧めしますね。ハラハラドキドキ感を消せるところまで1回目にやっておければ、次はもっと聞きたいことをきちっと聞こうと思うだろうし、この間のことですけどここを教えてくださいと言えるようになれば、尊敬するとか心を開くとかそういうことが多分ひとりでにできると思います。観察力だとか尊敬しましょうだとか心を開きましょうだとかっていうのは教えようがないんです。でも誰でも越えられますよ。だって人なんだもん。

第2部:実践報告2例

第2部では、プロジェクトに取り組むことになった動機や目的、具体的な手順、成果や課題について義永氏と三代氏から報告がありました。


義永氏は、それまで実践していたインタビュー活動を振り返り、教室の中での「インタビューごっこ」になっていないか、学生の内発的な動機に基づくものになっているか、アンケートを口頭でやっているだけではないかといった問題意識から、学生自身の「聞きたい」「知りたい」気持ちに火をつけ、学生が今生きている・これから生きていく社会とのつながりをもたせたいと思っていたと語ります。
そして、2017年度に「専門日本語」の授業でプロジェクトに取り組み始めました。日本語力も高く、知識もモティベーションもある学生たちに、日本語の授業を通じて「殻を破る」お手伝いをしたいと考えたそうです。
4年度にわたってときめき取材記に取り組み、このプロジェクトの良さとして、オーセンティックな言語活動や、ほかの学生との協力、社会とのつながりができることだけでなく、正解がないなかで自律的に「選択」「決定」したり、いい意味での「挫折」をしたりといった経験ができることを挙げています。その一方で、社会とつながっていることで起こるトラブルに対して、教師がどこまで待つのか、手を貸すのかは課題のひとつだと語りました。

ときめき取材記プロジェクトが始まった2016年度から「日本事情」で取り組んできた三代氏は、初年度から2020年度までを概観し、何をかえてきたのか、何を大切にしてきたのか、さらにその成果と課題について報告しました。2016年度は1校での取り組みでしたが、2017年度は7校に増え、情報共有の場ができたことで、いいと思った他校の活動や資料を積極的に取り入れたと語ります。「日本事情」は当初留学生のみを対象としていました。日本人学生も対象にしたいという思いはあったものの、日本語で優位な日本人学生が留学生を圧倒してしまうのではないかという懸念があり、対象を広げられなかったそうです。しかし、日本人学生と留学生がともに学ぶ「共修」の授業での他校の実践で、日本人学生と留学生が互いに学び合ったり、協力し合ったりしている例を聞き、2018年度から共修に踏み切りました。ほかにも、コースの最初に、学生がペアとなりインタビューし合い、文章と写真でA4用紙1枚にまとめる活動を行っていますが、これも他校での活動を知って取り入れたものです。
さらに、継続していくことで「文化化」が起きていると語ります。学生間で伝わり、授業への認識が深まるとともに、ウェブサイトに多くの記事が蓄積されることで良質なサンプルも増え、何よりも教師の経験値の蓄積は大きいと言います。

2020年度はどちらの学校もオンラインでのインタビューになりました。三代氏はテーマを「移住」に設定し、学生は日本から出て海外で活躍している日本の方たちにがインタビューしました。義永氏は講義がすべてオンラインになったことで、学生が大学のことも知らないまま過ごしている状況を見て、「大阪大学につながる人」というテーマに据えて、学生は大学教師やOBOGに話を聞きました。

記事はときめき取材記ウェブサイトに掲載されています。
http://www.tjf.or.jp/tokimeki/


参加者の感想(アンケートより引用)

塩野氏のレクチャーについて

  • 塩野さんのお話を直接お聞きしたのは初めてでしたが、大変懐の大きい素敵な方だなと思いました。質問に答えていく形をまさにワークショップとして体験させていただいたと思いました。それは塩野さんの哲学を聞きたくなるものでした。私たちはつい授業の方法に結び付けて考える傾向があると思いますが、一旦そこから離れて「相手」に関心を持つことが必要だなと思いました。まさに人に対する愛(=尊敬と表現されたところ)から出発するのかもしれないと思った次第です。そして「人」の現在に目を向けることで、過去と未来をつなぐことをされているのだと思いました。まるでスナップショットの連続を見るような印象を受けましたし、ことばを通じてそれが表現できるということは、自分を取り巻く環境に目を向けさせること、持続可能な学び方とも言い換えられそうと思いました。どうもありがとうございました。

  • 聞き書きについてのお話を伺っている中で心に響いたキーワードは「覚悟を決める」、「私事として聞く」、「観察」の重要性、学生を「投げ込む」です。これらの言葉は聞き書きだけではなく、教育にも通ずると感じました。

  • 作家ということばを生業とされる方のことばのすばらしさを体感することだできました。なぜ「ことば」なのか,また,なぜ「しごと」をかたることばなのか,を得心することができました。貴重な機会を本当にありがとうございました。

  • まだまだお話したいなと思うところもあったのですが、十分学ばせていただきました。メモの量がすごいです。短いやりとりの中でも、しっかりと人間関係を築くことがどれだけ重要なのかと言うことがわかりました。相手を「尊敬」することが大切なのはなんとなくわかっていたのですが、自分の尊敬は足りていなかったのではないかとも思いました。また、知らない人を限られた情報の中でどこまで自分の尊敬の念を大きくしていけるのかと考えました。答えはまだ見えませんが、これから実践を通して何か気づいていけたらと思います。

実践報告について

  • 実際の授業実践の概要のみならず、葛藤や大変さ、工夫などをご共有くださり、ありがとうございました。今後自分自身がインタビュープロジェクトをするにあたって、大変勉強になりました。

  • 3.2でも述べましたが、長期間にわたる具体的な実践内容とその試行錯誤をお伺いすることができたため、これから自分が作っていく授業へのイメージが湧きました。ありがとうございました。

  • 貴重な実践報告を聞かせていただき、大変参考になりました。前半の聞き書きのお話と重ねて聞かせていただいて、自分は日本語教育の中で何を実現しようとしているかと改めて考える機会となりました。

  • 義永先生、三代先生の試行錯誤を繰り返しつつの実践が形になっていく、そして今後も変容していくであろうというところにときめきました。自分が実践に取り入れる場合のシラバスやその運営方法、また学生と自分の負担や役割分担の対称性など、考えることがいろいろありますが、現在担当している授業に取り入れてみたいと強く思いました。


(事業担当:千葉美由紀)


事業データ

ときめき取材記プロジェクト実践ワークショップ

期日

2020年12月26日

場所

オンライン

講師

塩野米松(作家)

実践報告

三代純平(武蔵野美術大学准教授)、義永美央子(大阪大学教授)

参加者

13名