言語学者の知恵:異文化コミュニケーションにおける洞察力

関西外国語大学

言語学者の知恵:異文化コミュニケーションにおける洞察力

PEOPLEこの人に取材しました!

香西壮一さん

関西外国語大学外国語学部 准教授

現在関西外国語大学で学術読解を教えながら研究を続けている香西壮一先生。
認知言語学、社会言語学が専門の研究分野。豊富な知識と経験で次世代も指導中。

Q:現在までの経歴や学歴について教えていただけますか

経歴は一般的なもので、学歴は正確には思い出せませんが、正直、勉強はあまり得意ではありませんでした。ただ、研究には興味がありました。学会での発表や海外での留学経験は非常に興味深いものでした。しかし、私はあまり勉強中心の教員ではありません。自分と同じくらいの夢を持つ学生が英語教育の大学院に入学したいという場合、彼らがその夢を実現する手助けをしたいと思っています。過去には数人の学生を支援しましたが、彼らの中にはオーストラリアなどの大学院に進学し、現在はそこで教鞭を執っている者もいます。

Q:言語学に興味を持つようになったきっかけは何ですか

言語学に興味を持つようになったのは、英語の教育を学ぶためにアメリカに留学した時です。最初は英語教授法の授業を受けましたが、アメリカの修士課程は日本の大学の四年生と同じレベルだったため、修士号を取得しても英語の力が身につかないと感じました。「これはまずいな」と思い、次は博士号を目指そうと考えました。しかし、当時の指導教員から「博士号は無理だ」と言われ、もう一つ修士号を取得することになりました。その後、修士号を取得し、次に教育学修士の課程を他の大学で履修しました。ここまで来るとやはり博士号を取得したいと思い、言語学の博士号への道に進みました。

Q:関西外国語大学の教授になったきっかけ、また、それに関連するエピソードなどありますか

専任の教員になるチャンスはなかなか訪れません。応募の際、競争が激しいことは容易に想像できます。実際、私が応募した時は約80件の応募があり、一次選考に進んだのはわずか3件でした。その中で私が選ばれたのが関西外国語大学でした。

言語使用における文化的・認知的な違い

Q:先生が研究や教育で観察された、日本語話者と英語話者について注目すべき違いの例を挙げていただけますか

英語と日本語の間には、語彙や表現において顕著な違いがあります。英語では、行為主や行為者が中心になる傾向があります。一方、日本語では受益者や恩恵を受ける側の視点が強調されることがよく見られます。たとえば、店に入って洋服を探しているときに、英語では店員が「May I help you?」と声をかけることが一般的です。しかし、同じシチュエーションで日本語を使う場合、「何かお探しですか?」というように、お客様のニーズに焦点を当てる表現が使われることがあります。これは、日本語では恩恵関係や内外のグループのメンバーシップが重視されるため、行為者よりも受益者が中心になる傾向があるからです。そのため、「お客様は神様です」といった表現が生まれ、お客様に感謝を示す文化が根付いています。このように、英語と日本語では表現の中心が異なり、それが文化的な背景や社会構造と密接に関連しています。

Q:日本語話者と英語話者の抽象的な概念のとらえ方の違いの具体例は?

まず、言語によって主観的・客観的な視点の取り方に違いがあります。日本語では「in – out group」や「benefactor – beneficiary」などの概念が中心になることがあり、これは主観的な視点を強調します。一方、英語では行動の起点や行為者が中心になることが多く、主観的な要素よりも客観的な行動が強調されます。

具体例として、「行く」と「来る」の使い方が挙げられます。英語では「Can I come to see you?」という表現が相手の立場からも使われることがありますが、日本語では「今日遊びに行ってもいい?」というように、行為者が主観的に行動を起こすことを前提とする表現が一般的です。この違いは、日本語話者と英語話者が互いの言語を習得する際に混乱を招くことがあります。

このように、言語の文化的背景や認知的な枠組みによって、抽象的な概念の認識や概念化に違いが現れることがあります。

言語学の役割と困難への対処

Q:言語学についての理解は、そのような違いに起因する「困難」にどのように役立ちますか

毎日相手にしている学生たちは英語を勉強したいという人々です。彼らにとって、将来英語を使えるようになるための最大の障害は、英単語や英語の構文を知っているかどうかではなく、抽象的なコミュニケーションの難しさです。日本文化では「沈黙が金、雄弁は銀」のように、黙っていることが賢明さや配慮と見なされます。しかし、英語を話すアメリカ社会では、むしろ「雄弁が金、沈黙は銀」のように、積極的なコミュニケーションが重視されます。黙っていると置いていかれる危険があるため、わからないことがあっても「教えてください」と率直に言うことが求められます。

日本で育った人々にとって、自分の意見を声に出すことは難しく、他者との対話や積極的なコミュニケーションを避ける傾向があります。このような環境で育った学生が、授業中にわからないことがあっても黙ったままになることは珍しくありません。しかし、アメリカ社会ではこのような行動は孤立を招く可能性があります。そのため、言語学の理解は、このような文化的な違いを認識し、英語を話す上での適切なコミュニケーションスキルを身につけるための重要な手段となります。

研究の将来展望

Q:今後の研究についてもお聞かせください。

今取り組んでいる研究、おそらくどこかで発表できると考えているものは、「お姉言葉」です。現在、世界的にLGBTQの人々がカミングアウトし、社会的に認められつつあり、日本もその流れに沿っています。この中で、「お姉言葉」の例を挙げると、「あなたおブスねー」という表現があります。この場合、シスジェンダーの男性に対しては、「お前ブスだな」という表現になります。しかし、これらの表現を聞いた時、前者の方が後者よりも柔らかく感じるのはなぜでしょうか?

この現象について考えると、transitivity(他動性)という概念が関係しています。他動詞の方が自動詞よりも強い表現になるという性質があります。前者の場合、文の中で他動性を決定づける重要な動詞が含まれていないため、動詞に着目すると他動性がゼロになり、非常に柔らかい言い方になります。

このように、言語表現にはさまざまな様相がありますが、例えば、「お姉言葉」が失礼な表現であるにもかかわらずなぜ受け入れられるのかという問いについて研究しています。

(インタビュー:2024年4月)

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