この仕事を始めたきっかけ
大学生の時、隣の部屋に住んでいた同じ大学の友達が、講談社を受けると言っていて、当時はインターネットで申し込むんじゃなくて、会社まで応募用紙を取りに行かないといけなかったんです。それに手書きで書いて郵送していたんです。その友達が講談社の応募用紙を取りに行ったら二つくれたらしくて、それを一通私にくれたんです。最初は受ける気はなかったんですけど、せっかくもらったし、と思って受けました。私は元々、新聞記者になりたかったので、新聞社を中心に受けていたんですけど、講談社にも『週刊現代』とか『FRIDAY』というジャーナリズム紙があって、そういうとこで働けるならいいかなと思って講談社を受けました。幸い合格することができて、講談社にお世話になることに決めました。
編集部に配属されてから
4月に入社して、2ヵ日から編集者として働き始めました。ただ一人でやるわけではなく、一緒に担当する先輩の編集者や、あと何より作家さんからいろいろ教えてもらいながらスタートしました。私は漫画をそんなに読んだことがなかったので、日々の仕事をやりながら、とりあえず漫画をたくさん読むところから始めました。初めて担当した漫画は、『GTO』、『金田一少年の事件簿』、『シュート!』、『サイコメトラーEIJI』とかでしたね。
編集者の仕事
漫画編集者というのは本当にいろんな仕事があります。担当する作家さんによるので一言で言うのはかなり難しいですが、作家さんに求められることは何でもする、つまり作家さんと作品のためには何でもするというのが編集者の仕事の唯一の定義だと思っています。
若い新人の作家さんであれば、作品を作ることに協力したりもします。内容を一緒に考えたりとか、ストーリーだけじゃなくてキャラクター・設定・絵に至るまで全てに相談に乗って、その作家さんが面白い漫画が描けるように一緒に作品づくりに携わることもあります。ベテランの作家さんであれば、そういうことをする必要がないので、気分よく原稿を書いてもらうために、一緒に食事をしたり、お酒を飲んだりすることも仕事です。また、宣伝の仕事とかも他部署の方と一緒にしたり、あとは二次展開ですよね。アニメ化・ゲーム化・商品化とかに関する仕事もあります。
編集者の役割で一番大事なこと
一番大事なことは、相手がどういう作家さんであれ、作品に対しては常にシビアに、厳しく誠実に向き合うこと。つまり面白い漫画であるか、面白くないかっていうことを常に誠実に伝えることだと思います。自分が面白いと思ってないのに面白いと言ってはいけない。作品に対して常にシビアに誠実に向き合うということ。それとは逆に、作家さんに対しては、どんな状況であれ、敬意と誠実さと愛情をもって接するということが大事なことだと思います。作品と作家さんというのは同じようでいて別なんですね。作品に対しては厳しく、作家さんに対しては優しくというか、敬意と愛情をもって接するってことが編集者にとって一番大事なことだと思います。
私が常に守っていたのが、その漫画が今どういう状況にあるかということを必ず作家さんにお伝えすることです。二つ指標があるのですが、毎週出る雑誌内の人気アンケートの順位は必ず作家さんに伝えていました。次は、単行本の部数ですね。うまくいってないなっていう時は、その理由とこの先どうしたらいいのかを自分なりに考えて、必ず作家さんにお伝えしていました。それを受けてどうするか決めるのは作家さんですが、すごく幸せなことに、私が担当していた作家さんは必ずそれを誠実に受け入れて、ちゃんと作品に対して反映させてくれる方々でした。今だと、たぶんSNS上の評判とかをチェックしたりもしているんだと思うんですけど、私個人は無記名の感想っていうのはヤジと一緒だと思っています。どんなに作品を悪く言われても、きちんと名前を名乗って手紙を書いて送ってくれる人がいるんですよ。そういう人の感想っていうのは作家さんにもお伝えしますし、一つの大事な意見として聞いています。ですけど、SNS上とかネット上で名前を名乗らずにただ批判したりする人の意見は、作家さんに伝える必要はないと思っています。
編集の流れ
私がいた週刊少年マガジンという編集部は、仕事は大きく二通りあって、一つはすでに雑誌に載っている作家さんを先輩と一緒に担当する仕事。先輩の編集者と一緒にその作家さんを担当して、実践で編集という仕事を学んでいく。もう一つの仕事は、自分で新しい作家さんを探してきて、その作家さんが雑誌の連載ができるようにお手伝いするという仕事です。今だとたぶんSNSとかウェブとかで探すことが多いと思います。『ジャンプ』も『マガジン』も投稿サイトを持っていて、そこに新人の方が作品を投稿しているので、そこから探す人もいます。私が現場にいたときはコミックマーケットに行って探したりとか、漫画学校に行って探したりとか、あとは、編集部にずっと席に座っていると電話がかかってくるんですね、新人の作家さんから。そういう人とお会いして、探したりとか色々な手段がありました。
編集者と作家との関係
それは本当に作家さんによります。相手によって編集者は友達にならなければならない時もあれば、兄弟・親子みたいになるべき時もあれば、いろんな関係があるんです。その作家さんのキャリアと年齢、何より性格ですよね。敬意と愛情を持って接するんですが、そういうのはちょっと恥ずかしいから嫌だという人もいるんですね。友達みたいに接してほしいという人も。個人的な付き合いまでしたい、してほしいという作家さんもいれば、そこはやはりビジネスなんだから、ビジネス以外のことは干渉してほしくないという人もいるので、それは相手によります。
基本的には編集部の側がアサインするんですけども、やっぱり人間と人間なので、合わないこともあります。作家さんから、ちょっとこの人はとか言われれば、編集部は担当編集者を変えますし、アサインするときも、きっとあの作家さんにはこういう人が合うだろうというのでアサインを必ずしています。作家さんはあくまで、独立した存在で我々の取引先です。取引を中止されてしまうと、我々はビジネスができないので、一番重要な取引先という位置づけです。
編集者として気を付けるところ
作家さんからストーリーの相談を受けて、深く関わることもありますが、学生さんたちに誤解してほしくないのは、どこまでやるにせよ、編集者は作り手ではないってことです。作っていることの唯一絶対の定義は著作権者であるってことなんです。その人が自分の生活とか人生の全てのリスクをとって発表しているっていうことが作っているって言っていい唯一の定義なんです。作家さんは自分の人生と生活の全てをかけて作品を描いて、それが売れても売れなくても、非難されたりしても、全部その責任は著作権者が負いますよね。もちろん、編集者も失敗すれば評価が下がったりすることもありますが、会社をクビにはなりません。
ここで重要なのは、そういうことを求められれば全力で対応しますが、編集者の側は作品を作っているっていう認識は持ってはいけないし、持つべきでもないということです。作っているのはあくまで作家さんで、我々は求められたことに対してサポートをするだけです。最近、漫画編集者は作品作りに関わっていって、クリエイティブな仕事だと思ってらっしゃる学生さんが多くて、確かにそういう側面もあります。ただそれは編集者が作っているっていう認識ではないんです。仮に100%私がとある漫画のストーリーを作ったとするじゃないですか。でも、それを受け入れてリスクを取って、責任をもって描いているのは作家さんじゃないですか。だから、私はそれに対してこの話は私が作ったって絶対に言えないと思っています。なので、私は漫画編集者がクリエイティブな仕事だと思ったことは一度もないです。
編集部の雰囲気
私が最後に編集部にいたのはもう10年近く前ですけど、すごく楽しかったです。基本的には同じチームで、同じ目的をもって戦っている、仕事しているので、戦友みたいな感覚でみんな働いています。ただ、個々の作品同士はライバルなので、やっぱり自分が担当している漫画をより売りたい、より世に広めたいという思いはみなあるので、そういう意味では、みんなライバルでもあるっていう感覚です。だからと言って、別にライバルだからその人が嫌いとか、そっちが売れなくなればいいのにとかを思ったことはないです。だから、戦友って言葉が一番近いような気がしています。
担当した漫画について
よくどんな作品を担当していたんですかって聞かれるんです。新人作家さんのころから私が担当してヒットした作品、という定義だと、ひとつは『ダイヤのA』という野球漫画があります。私が入社して初めて電話を取って持ち込みを受けた漫画家さんが寺嶋先生だったんですね。そこから新人賞を取って、でも私の力不足で中々連載はさせてもらえなくて。当時あったマガジンの増刊雑誌で、一回テニスの漫画を連載して、その後に『ダイヤのA』が始まりました。寺嶋先生とは年も一緒ですし、お互い新入社員・新人漫画家のころから付き合っていて、ほぼ友達みたいな関係です。この間も一緒に相撲見に行きました。
もう一つは、『あひるの空』というバスケットボールの漫画があって、それも私が新入社員の時に出会った漫画家さんです。歳は私より上ですけど、お互い新人のころからの付き合いなので、お兄さんという感じですね。
もう一人は、恵広史さんっていう作家さんがいて、『BLOODY MONDAY』という、ドラマになった漫画です。最近ドラマ化・映画化もされた『ACMA:GAME』という漫画も、私は担当はしていませんが、同じ作家さんの作品です。
四つ目は、大ベテランですけど、CLAMP先生の『ツバサ』という作品です。『カードキャプターさくら』とか『X』とかが有名ですよね。それ以来、15年以上の付き合いになります。でも当時からCLAMP先生は完成された作家さんで、私が内容について何か言うことはもちろん必要ありませんでした。私にとっては先生みたいな存在です。尊敬していますし、漫画についていろんなことを教えていただきました。この間も京都までご挨拶に行ってきたんですけど。大体その四作を上げることが多いですね。
仕事している中で楽しかった経験
やはり一番楽しいのは、作家さんが面白い漫画を描いているところを見た時ですね。原稿の前に、ネームって言って下書きみたいなものを読ませていただくんですよ。それを読ませていただいて、編集者と漫画家さんで打ち合わせをするんですね。いろいろなディスカッションをして、もう一回直してくださいという時もあれば、もうこれでオッケーですっていう時もあるんですけど、その時に読ませてもらったネームがすごく面白いと、やはり嬉しいですよね。そして、それが原稿になって雑誌に載って読者が読んで、そのレスポンス、リアクションがよかったりすると、やはり嬉しいですよ。あと、細かいことなんですけど、編集者は原稿いただいたら、1ページ目と最後のページに文章を書くんですよ。それを一生懸命考えて。それを作家さんや先輩の編集者にほめてもらった時は、すごく嬉しかったです。
担当していた新人の作家さんが新人賞で一番いい賞をもらったことがあり、その時も嬉しかったです。その後、連載用の企画を立てるんですね。作家さんがネームを書いて、打ち合わせをして、それを編集会議に提出して、最終的には編集長が載せるかどうか決めるんですが、それで初めてOKをもらって雑誌の連載になった時もすごく嬉しかったです。
失敗した経験や後からいい経験だと思えたこと
いっぱいあります。キャラクターの名前を間違えてしまったこともありますし、スケジュール管理をミスして作家さんに迷惑をかけたこともありました。『週刊少年マガジン』は週刊誌なので毎週締め切りが来るんです。ただでさえ過酷なのに、イレギュラーな仕事が来た時はスケジュールの組み方がやはり難しいんですね。うまく組み合わせていかないと、作家さんが一週間で全部の仕事をこなせなかったりするんです。明日締め切りなのに、絶対に明日までに終わらないスケジュールを組んじゃったこともあって、作家さんが、「分かった分かった。今日は寝ずにやるよ」と言わせてしまったこともありました。また、自分が見つけてきた新人作家さんと一緒に仕事していく中で、自分の力不足で成功できなかった時は、やはり落ち込みますよね。残念ですが、始まった新連載の漫画ってほとんどはすぐ終わるんです。10本やったら9本は終わるんです。私が担当した漫画も2巻で終わってしまった作品もあります。いわゆる打ち切りですね。その時はすごく落ち込みましたね。
アメリカでの仕事
アメリカにあるKUPという講談社の子会社に五年半いたんですけど、そこは基本的には日本で出た漫画を翻訳して出版する会社です。でも、翻訳出版ではないアメリカ人に向けたオリジナルの作品も3本ほど担当していました。その漫画はアメリカで発売されています。講談社で漫画編集の仕事をしたのは10年以上前ですけど、アメリカでは久しぶりに編集の仕事ができたので楽しかったです。これそのKUPという会社のホームページです。(https://kodansha.us/)下にスクロールしていくと、講談社リーダーポータルシリーズ,exclusive koudansya readers chapter every Wednesday、というのが出てくるんですけど、ここにある2作品は日本では発売されていなくて、英語版のみ読むことができる作品です。これは私が作家さんを探して描いていただいて、毎週毎週配信されています。実は二人とも日本人作家さんです。これを始めるにあたって、アメリカ人の漫画家の方とも打ち合わせしたんです。でも、二つ理由があって中止しました。一つ目は私の英語力では打ち合わせできなかったんです。もう一つは、日本人の漫画家さんって、年間に単行本を五冊とか、月刊誌の人でも三冊とか描くんですよ。それがアメリカ人の作家さんにはできなかったんです。私は毎週配信したかったんですね。本当は毎日やりたかったぐらいなんですよ。ですが、アメリカ人の作家さんではそれに対応できる方がいなかったんですね。日本の漫画家さんってすごく働き者ですよね。今は後任の方が引き継いでくれているんですけど、この仕事は楽しかったです。
アメリカと日本の違い
結局、五年半いたんですけど、アメリカ人はこういう漫画が好き、日本人はこういう漫画が好き、っていうのは未だに分からないです。日本で売れる漫画はアメリカでも売れるんですけど、でも、全部ではないです。すごく売れてもアメリカで全く売れてなかった漫画もいっぱいあります。ただその逆は少ないです。日本で売れなかったけどアメリカでは売れた漫画は。一応、仮説を立てるんです。例えば、スポーツの漫画ってやはりアメリカじゃ売れないねとか、ホラー漫画はアメリカで売れるよねとか。立てるんですけど、でも、それを次々に日本側から出てくる漫画が覆してくれるんです。例えばスポーツ漫画はやはりアメリカでは売れないなって思っていたんですけど、『ブルーロック』は今すごく売れていま。そうやって立てた仮説を次々に日本の素晴らしい漫画家さんたちが否定していくんです。もちろん逆もありました。結局、これはアメリカで売れるとか、これは売れないとかっていう判断を正確にする自信は全くないです。これはもう、やればやるほど分からないです。だから、面白いんだと思います、この仕事は。正解がないんです。
編集者になりたい人へ応援のメッセージ
まず、とてもとても楽しい仕事です。漫画家さんっていうのはとても魅力的な人たちで、才能があって、パーソナリティもすごくチャーミングな人たちなので。その人たちと一緒に仕事ができる、その人たちがものを作るそばにいて、それをサポートできるっていうのはものすごく幸せなことです。ぜひ、みなさん漫画編集者を志してみてください。アドバイスがあるとしたら、漫画の世界っていうのはすごく平等な世界です。新人の編集者もベテランの編集者も関係ないです。有名な作家さんも新人の作家さんも関係ないです。あるのは読者が面白いと思うかどうかだけです。なので、編集者になったら、たとえ若い編集者であっても、若い漫画家さんだとしても、成功することはできます。逆に言えば、どんなにキャリアを積み重ねていってベテランの編集者になっても、失敗する時はしますし、そういう意味では夢がある世界だと私は思っています。なので、ぜひぜひこの世界にいらしてください。
最後になりますが、漫画が明日この世からなくなっても誰も困りません。続きを楽しみにしていた人は、多少がっかりした気持ちになるかもしれないし、寂しいかもしれないけど、それで死ぬことはないじゃないですか。でも明日、魚屋さんとか銀行とかがなくなったら、みんな困りますよね。漫画の世界はそういう世界です。そういう世界にいて、読者の人からお金を頂くんです。明日なくなっても誰も困らないことを我々は仕事にしている、だから逆に、一生懸命働かないといけないんですね。そういう存在だからこそ。なので、楽しいですけどその分きっちり働かないといけないっていうことです。
(インタビュー:2024年6月)