新横浜の町おこしの一環
Q:ラーメン博物館はどういう目的で創立されましたか?
博物館の館長、岩岡は新横浜で生まれ育ちました。1950年代の新横浜はオフィスしかない街でした。平日は仕事のために来るサラリーマンの方ばかりで休日は本当に人が全くいなくなってしまうような街だったんですよ。その街で育ってきた岩岡館長が町おこしの一環として、飲食店が当時なかったところに目をつけて、休日も、もっと賑わいのある街にしたいという思いから事業が始まりました。
Q:館内には昔の景色が残されているように感じました。
戦後の活気溢れた時代を思い出してほしいというところで、今新横浜ラーメン博物館のちょうど一階から地下二階までは昭和33年(1958年ごろ)の街並みを再現しています。空間だけ造っても一回来ると飽きちゃいますから、ラーメン店を出すことにしました。
Q:どうしてラーメンにしたのですか?
岩岡館長が全国各地でいろいろな物を食べ歩いたのですが、郷土性や地域によってそれぞれ違ったラーメンがあるということに気づいて、一つの街でいろんなところのラーメンを集めたら面白いのではないかと思ったそうです。
今はインターネットや雑誌等でいろいろ調べられると思うんですけど、当時はそういったインターネットが普及していなかったし、ラーメン本も2冊ぐらいしかなくて本当に全国各地行かないとご当地にしかないラーメンがあるなんていう事を知らなかったそうです。そこで、全国のラーメンを飛行機に乗らずに食べられるという全く前例のない施設にしたそうです。
Q:ラーメンが全国で人気になった理由は何だと思いますか?
そうですね、昔からラーメンはありました。戦前には日本にいる中国料理人の方が作られていた支那蕎麦、南京そばといったものがありましたが、現在のラーメンとは違い中華の要素が残されていました。現在のような形になったのは1923年に発生した関東大震災の影響によって都内にいた職人さんたちが職を求めて地方に分散したことから始まります。全国に広がったラーメンに郷土性があるのはこのような職人さんたちのおかげだと思われます。あとは、昭和33年に日清チキンラーメンが発売されたのが一つの理由だと思います。当時は安価でカロリーが高く、なおかつ満腹感が得られる食品はなかったので、国民にとっては非常に好評だったそうです。
店舗を出店する基準
Q:今、ラーメン博物館には8,9店舗がありますよね。お店は入れ替わるようですが、どのように店を選んでいますか?
そうですね。特に何年に何回とかという決まりはなく、不定期なんですけど、1年~2年くらいの周期で入れ替わりがあります。味のバランスもあります。今ですと醤油が3店舗、味噌が2店舗、豚骨が1店舗、豚骨醤油が1店舗、また魚介が1店舗とあります。例えば、この醤油3店舗が4店舗になっちゃうとバランスが非常に悪いので、味が極端にならないように考えています。
Q:出店してもらう店舗はどのように決めますか?
お店側からこちらに出店したいというお話がくることもあるんですけど、基本的にはラーメン博物館からお願いする形で行っています。こちら側が現地まで行って、お店の方などに取材などして、味だけではなく、どういう人なのかが大切だと思っていますので、その上で双方の意見が合えば出店という形になりますね。
Q:出店されている店長さんたちに人の部分で共通するところはありますか?
ラーメンに対してどのように考えているのかを気にしています。一つの基準としては、チェーン展開しているお店は基本的に誘致を行っていないですね。その地域にあるお店で、なおかつ歴史があり地域の方々に愛されているようなお店になりますね。
一石二鳥の施設
Q:ラーメン博物館ではラーメンの歴史を見学したり、食べたりする以外に他に何ができますか?
今、一階のカウンターのほうでラーメンの知識を学べてなおかつ実際に体験することができます。例えば、出汁に関してであったり、ラーメンのトッピングデザインに関する知識を勉強できたり、味の違いが確かめるといった3分テイスティングコーナーを設けております。他に館内に駄菓子屋さんがあって、当時の駄菓子屋をイメージして再現しております。さらに、喫茶店もありますし、一階にはお土産さんとラーメンの歴史についてのパネルや展示品もございます。ラーメン以外にもいろいろ充実するようにしています。
Q:最近、美味しいラーメン屋さんが増えていると思いますが、その競争の中で特別にラーメン博物館でやっているとかはありますか?
ミニラーメンというものを出していろんなラーメンを食べられるようにしたり、アミューズメントパークとしてラーメン以外にも楽しめるイベントをしています。ライブであったり大道芸であったり、クリスマスとか、ハロウィンといった季節ごとのイベントもやっています。そういったイベントを定期的に行うことによってお客様に楽しんでいただけます。全国のラーメン店が博物館に入っていますが、都会に行くといろんなラーメン店があるのでそこの希少性というのがだんだんうすれてきているところなのかなというふうに思いますね。だから、本当に現地でしかない有名なお店とかを入れていく必要があると思います。海外のお店が2店舗ありますが、これは全国で見ても稀少でうちでしかできないことなのかなと思っています。
Q:海外のお店というのは、その現地の人がやっているということですか、それとも日本人がそっちで開いたということですか?
1店舗はドイツにあるお店で、日本人の方がオーナーとしてやっております。
Q:それはドイツならではの味が入っていますか?
ラーメン用の小麦粉や食材が揃わない地域なので、店長さんはピザとパスタ用の小麦粉を配合してもちもち感があるラーメンの麺に近い物を作り上げて、なおかつ現地の食材をいろいろ工夫してドイツらしいラーメンを作り上げました。
止まらない人気
Q:1日の来場客数はどのくらいですか?
平日と、休日ではだいぶ異なりまして、平日ですと近隣のサラリーマンの方や年間フリーパスだったりクラブカードなど何回も通う方がいらっしゃることが多いですね。大体1000から2000人くらいです。休日は家族連れであったり大学生、お休みの方がいらっしゃいますね。休日は平日の倍くらいきますね。
Q:海外のお客さんも多いですか?
入館者数でいいますと海外の方は1割になりますね。平日は、海外のバスの団体で、特にアジアの方が多くて、多い時ですと1日300人くらいいらっしゃることもあります。海外のバスが何台も入ったりすると、それこそ館内は海外の方しかいないんじゃないかという時もありますね。ただ、全体で見るとまだまだ日本人のお客さんが多いですね。
営業部でのお仕事
Q:小川さんがラーメン博物館で働くことになったきっかけはなんですか?
高校卒業してすぐに入社して、今年4年目になります。学生の頃からラーメンが好きで、入社する前に会社を見学した際に館内を見学させてもらいまして、そこで館内の空間に驚かされて、こんな素晴らしいところで働くことにとても興味を持ちました。実際その頃は事務系の仕事で応募しましたが、入社してから営業部への異動がありました。
Q:営業部ではどのようなお仕事が多いですか?
出店など大きなことがあった際には新聞の記者や雑誌の会社、テレビの制作会社にニュースリリースなどを出しています。その時にはテレビ局だったり雑誌からの取材が殺到するので、テレビの撮影に立ち会ったり取材の対応をしますね。他にはSNSを使った広報を行なっています。新商品のラーメンの発売や、イベントをやる時には弊社のツイッター、フェイスブック、インスタグラム、ホームページ、メールマガジンなどの媒体を使って告知を行います。
Q:働いているときに気にかけていることはありますか?
営業という部署なので常に世の中の事柄について気にかけています。特に今はSNSが非常に流行している時代ですので、ツイッターなどでラーメン博物館に対して世間がどのように思っているのかなどを日頃からチェックするようにしています。後は、定期的に季節ごとのイベントであったりだとか、お客様が飽きないような新しいイベントですとかそういったことは日頃から考えています。
Q:小川さんのお好きなラーメンはなんですか?
私は二代目げんこつ屋というお店なんですけど、そこは醤油ラーメンのお店であっさりして誰も食べられる万人受けするような味で、そこのお店は本当にやさしい味で毎日でも食べられるんじゃないかというぐらい美味しくて、ずっと食べていると最終的にはそんな味に行きつくのかなと思います。
これらかの博物館のあり方
Q:創設の目標であった町おこしはどれほど達成されましたか?
そうですね、やはり休日は休みの方がラーメン博物館目的にいらしてくれますので、そこは一つ街全体としてよかったのかなと思います。
Q:ラーメン博物館の今後の目標はなんですか?
館全体で、ヨーロッパの方にラーメン博物館を進出するという目標があります。そのことで新横浜の本館が聖地として価値が上がるようしたいです。ヨーロッパにはラーメン屋さんは千店ほど出店しているのですが、まだまだ広まっていない部分もあります。そこでラーメンを広めていくという信念があります。実際にいつどこでやるかは決まっていないです。
(インタビュー:2017年12月)
2019-5-17