夢と個性を「つくる」音楽

法政大学

夢と個性を「つくる」音楽

PEOPLEこの人に取材しました!

水野蒼生さん

指揮者 / クラシカルDJ / アーティスト

音楽界に史上初の「クラシカルDJ」という斬新で独創的な風を吹き込む事に成功し、メジャーデビュー。ザルツブルク・モーツァルテウム大学 オーケストラ指揮及び合唱指揮の両専攻の第一ディプロム(学部相当)を首席で卒業し、世界を股にかけた指揮者としても大活躍中。
「クラシック音楽」という非言語コミュニケーションを中心に用いて、世界でご活躍されている水野さんに、文化や言語が全く異なる人たちと協働していくうえで本当に重要な事の真相に迫りました。

個性が開花したきっかけ

Q:なぜ『指揮者』を目指したのですか?

最初はバイオリニストになりたかったんですよ。自分で弓をこすって逆の手で音程を作るという動作から、本当に「自分で音を作っている」っていう感覚をもの凄く感じて。でも、バイオリンを始めたのが12歳だったので遅すぎて難しいかなって考えていた時に、オーケストラの存在にとても興味を持ったんです。one of themになる訳ではなく、「自分自身がオーケストラと表現するところに指揮者がいる」ことを知って、中学生のときには指揮者になると大体決めていました。そして、高校に入学してから、僕が大好きで、日本の中でもトップレベルの指揮者だった井上道義(*1)さんによる講習会があることを知って参加したんです。未成年は僕しかいなくて、本当に大学とかでしっかり勉強している人だったりとか、あとはもうプロとして既に活躍している人だったりっていう人が沢山居て、もう何も分からない素人は僕だけだったんですけど(笑) そこで、そもそも「指揮者たるものは何なのか?」といったことから丁寧に優しく教えてもらって、その時にはもう指揮者になるっていうのは完璧に決まっていましたね。

(*1)井上道義さん
日本の指揮者、ピアニスト。2007年1月から2018年3月までオーケストラ・アンサンブル金沢音楽監督、2014年4月から2017年3月まで大阪フィルハーモニー交響楽団首席指揮者を、それぞれ務めた。

指揮をしている水野さん

Q:沢山の指揮者がいる中で、なぜ井上 道義さんに惹かれたのですか?

とにかく「破天荒」で、型に当てはまらない人だったところです。企画力とかもすごくて、もうお年は70歳を超えているんですけど、今でも色々な方向からチャレンジし続けている方で「この人を追いかけていれば何か面白いものに出会えるかも」と、実際にお会いする前から感じていて。実際にお会いして、本当に指揮のテクニックだけではなくて、そういった考え方や生き方というところも勉強させてもらいました。

Q:なぜ、ザルツブルクのモーツァルテウム大学に留学しようと思ったのですか?

本場に対する憧れみたいなものがすごくあって、やっぱりその音楽が生まれた土地に行って勉強したいと中学時代から考えていました。取り敢えず行くならドイツ圏。それは、やっぱりモーツァルト、ベートーヴェン、バッハのような、僕が好きな人たちであり、クラシック音楽の礎を築いた彼らは皆ドイツ語圏から生まれているからです。あとは、ヘルベルト・フォン・カラヤンという20世紀で1番有名な指揮者がその大学出身者っていうところもあったからです。カラヤンの後輩になりたいなぁというミーハーな気持ちがあったことも大きいです。

Q:『クラシカルDJ』という発想にどうして繋がったのですか?

最初は「遊び」でした。日本でもクラシックという存在感をもっとアピールしようと思って「東京ピアノ爆団」という企画を作ったんです。グランドピアノがあるライブハウスで、ピアノの中にマイクを入れて大爆音で、友人のピアニストに協力してもらいながらピアノリサイタルを行うっていう企画をしたんですね。でも、僕は指揮者でピアノは人前で弾くレベルでは全然ないし、企画をしたのはいいけど出演しないのはつまらないしなぁと思っていた時に、ライブハウスやクラブってDJがいるものだよな、と思って。じゃあ「クラシック音楽だけでDJやったらどうなるんだろう?」と思い付いたのがきっかけでした。それで、実際にしてみたら、想像以上にお客さんの反応が良くて。クラシック音楽家って、研究者肌の人がすごく多いんですよ。もちろん自分もそうやって、音楽の内面を読み解いて勉強するってことも大好きですけど、誰かが「道化」にならなきゃ広まらないんですよね。そこから、だんだん自分の中でも可能性を発展させて今に繋がってます。

水野さんの仕事場

音楽も1つの言語

Q: 国境を越えた非言語的コミュニケーションの活動で、苦労した経験はありますか?

実際は、言語以外のことで苦労した点はそれほどないかもしれないです。音楽は「非言語であると同時に1つの言語」なんですよ。1つのメロディーやリズムも言語から来ているところが実はすごいあるんですね。だから、今までだったら文化の違いで難解に感じていたようなフレーズやリズムが、言葉のイントネーションや発音のリズム感が身体に入ることによって、だんだんしっくり来るようになるっていう経験はすごく嬉しかったですね。

Q: 言語の壁はどのように乗り越えましたか?

ひたすら勉強ですね。ドイツ語圏にいながら、やる音楽はドイツ語圏のものだけではないので、ドイツ語だけじゃなくてイタリア語やフランス語も、喋れなくても意味や発音の仕方ぐらいは知っていないと自分で指導もできないので、そういったところはすごい苦労しました。発音に関しては、周りの友達に聞いたり教授に教わったりしながら頑張りました。

あとは自分自身、モチベーションがあって語学はすごく頑張ったので、そこで「自信」がついたのは大きかったと思います。指揮者の場合は、自分で喋ってオーケストラとコミュニケーションを取らないといけないから、喋れないといけないんですよ。だから、他の日本人たちと比べてドイツ語ができたことも自分の自信になったし、自分は喋れる人間だという自覚があったから街中でも割と堂々としていて、、ビアガーデンみたいな所にいった時にドイツ語で酔っ払いの男性と口論した経験もあります(笑)

自分は「じぶん」

Q : 留学した事で、それまでの「価値観」に変化はありましたか?

価値観が変化するというよりは、日本という文化の考え方とは別に、もう一個自分が出来るという感覚に近いのかな。やっぱり、その国の文化があって、自分も20年間は日本で生きている訳だから、そんなに変化はない。だから、海外に行ったらその国のスタイルの自分になる。「言語が変わると性格が変わる」ってよく言われるんですけど、これは本当にあるなと思ってて。やっぱり、日本語、英語、ドイツ語をそれぞれ喋っている時に、相手がどう接してくれているかで自分がどう変化しているかが分かりますね。

Q : 今のご自身の活動の今後の展望や課題は何ですか?

今までは「クラシック音楽での水野蒼生」だったと思うのですが、最近は純粋に「アーティストの水野蒼生」でありたいです。もちろんクラシック音楽がベースになっているし、それをやり続けるつもりではあるんですけど、いつまでもクラシック音楽背負って頑張っています!と言っても、クラシック音楽に興味のある人しか来ないんですよね。皆のカルチャーの中に浸透するためには「誰をも受け入れる受け皿になる」必要があって、その受け皿になるためには、「特定の言葉を用いない本当の普遍的な言葉を使う」方が受け皿になりやすい」と感じます。そして、「クラシック音楽を更に2020年代への東京で発展させる」といったことを行いたいなと思っていて、そこで純粋にアーティストとして色々な作品やイベントをつくりたいと考えています。

(インタビュー:2021年11月)

Related Articles関連記事

境界線を越えて協働する

NEW!

「武士に二言はない」文化に飛び込んだ経験

境界線を越えて協働する

「武士に二言はない」文化に飛び込んだ経験

モンテレイ工科大学の教授 (リサーチ・プロフェッサー)
ラファエル・バトレスさん

メキシコ国立自治大学(UNAM)で学位取得後、フランス石油研究所、豊橋技術科学大学、東京工業大学資源化学研究所といった研究機関で、研究にも指導にも活躍してこられたラファエル・バトレス先生に、日本企業、また、研究分野で体験されたことについてお…(続きを見る)

私たちが
取材しました

関西外国語大学

関西外国語大学

何もしないことが幸せ? フィンランドの人生観

境界線を越えて協働する

何もしないことが幸せ? フィンランドの人生観

株式会社フィンコーポレーション 北欧のカルチャーが体験できるカフェ&ショップ「Hyvää Matkaa!」プロジェクトマネージャー
Noora Sirola(ノーラ・シロラ)

世界幸福度ランキング6年連続1位のフィンランド。一方の日本は47位(2023年度)。これは主要七か国(G7)の中で最も低い。フィンランドの魅力を知ることで、新しい価値観を得ることができるのではないかと考えました。そこで日本とフィンランドを繋…(続きを見る)

私たちが
取材しました

法政大学

私のヘアメイクの仕事 〜在日コリアンの結婚式を支える〜

境界線を越えて協働する

私のヘアメイクの仕事 〜在日コリアンの結婚式を支える〜

ヘアメイクアーティスト
任志向さん

在日コリアン*3世で、在日コリアン向けのブライダルヘアメイク担当。小学生から高校生まで朝鮮舞踊を習い、舞台衣装やメイクに触れる機会が多く、もとから関心があった。そのため、在日コリアン専門のヘアメイクアーティストがいることを知り、技術を習得す…(続きを見る)

私たちが
取材しました

法政大学

二丁目の私たち ~在日外国人のLGBTQ~

境界線を越えて協働する

二丁目の私たち ~在日外国人のLGBTQ~

friendsbarのオーナー
上一佳さん

中国人レズビアンで、日本に来て15年。新宿二丁目でFriends barというLGBTQバーを経営している。日中英韓OKで、今年でオープンして5年目。誰でも気楽に来れる店を目指している。名前の通りこの店は自由でみんなフレンドリーだ。店のスタ…(続きを見る)

私たちが
取材しました

法政大学

ルワンダでの「写ルン族プロジェクト」 ~一人ひとりが自分の人生の主人公(ヒーロー)である世界へ〜

境界線を越えて協働する

ルワンダでの「写ルン族プロジェクト」 ~一人ひとりが自分の人生の主人公(ヒーロー)である世界へ〜

株式会社Brave EGGS代表取締役社長
香川智彦さん

サラリーマンののち大病を二度経験し自分のやりたいことができなくなった時、命の使い方を考え「圧倒的にわがままに生きる」と、自分が大切だと思うことのために自分の命を使うことを決意。 写真家としての活動の他、地方創生やアート系プロジェクトなど様…(続きを見る)

私たちが
取材しました

法政大学

「漢服」を通して伝えたい ~伝統文化に対する意識の変化~

境界線を越えて協働する

「漢服」を通して伝えたい ~伝統文化に対する意識の変化~

漢亭序オーナー
紀 恒さん

中国出身。10年前、大学三年生の時に交換留学生として来日してから日本に定住している。現在は横浜中華街で「漢亭序」という漢服のレンタルショップを経営している。ショップでは中国から直々に輸入した唐・宋・明朝時代の漢服や、デザイナーである幼馴染が…(続きを見る)

私たちが
取材しました

法政大学

おせっかいの輪を広げる

境界線を越えて協働する

おせっかいの輪を広げる

NPO法人こあら村スタッフ
佐藤法子さん、嶋田朝子さん、藤岡邦子さん、藤野令子さん

東京都大田区で活動するNPO法人こあら村。2002(平成14)年、前理事長の故高山久子さんが、「使用していない自宅二階部分を地域の福祉に役立てたい」と周囲の友人知人に相談したことから始まりました。「子育て中のお母さんが、楽しそうに見えないと…(続きを見る)

私たちが
取材しました

法政大学

着物はファッション

境界線を越えて協働する

着物はファッション

着物研究家
シーラ・クリフさん

イギリス出身。着物との出会いは、日本に訪れた際に立ち寄った骨董市。当初は日本について何も知らなかったが、着物文化や日本のファッションについて、様々な勉強や研究を行ってきた。現在は着物研究家として着物に関する研究を行う傍ら、大学での講義や著書…(続きを見る)

私たちが
取材しました

法政大学

「日本に来てよかった」そう思えるように

境界線を越えて協働する

「日本に来てよかった」そう思えるように

株式会社ジャフプラザ 営業本部長
菊野英央さん

株式会社ジャフプラザは主に、ゲストハウス(J&F House)の運営・管理、仲介業、外国人向け不動産の物件紹介サイト運営を行っています。今回はその中でも、様々な国の外国人と日本人が共同生活しているゲストハウス(J&F House)に注目しま…(続きを見る)

私たちが
取材しました

法政大学

アートを通してつながる世界~Kids helping Kids~

境界線を越えて協働する

アートを通してつながる世界~Kids helping Kids~

子供地球基金代表
鳥居晴美さん

息子さんのために作った小さな幼稚園から始まった「子供地球基金」。創設以来40か国以上の国々に足を運び、世界中で絵を描くワークショップを行い表現することの大切さを伝え、子どもたちの思いを文化や国境を超えたメッセージとして発信している。アートを…(続きを見る)

私たちが
取材しました

法政大学

やさしい日本語でつなぐ外国人との絆

境界線を越えて協働する

やさしい日本語でつなぐ外国人との絆

日本語教師・一般社団法人やさしいコミュニケーション協会代表 
黒田友子さん

皆さんは、やさしい日本語を知っていますか。やさしい日本語とは、日本で暮らす外国人にとってわかりやすい日本語であり、外国人へ情報伝達の方法として誕生した言葉です。現在のコロナ禍でも、日本には多くの外国人が住んでおり、情報を必要としている人々が…(続きを見る)

私たちが
取材しました

法政大学

まずは来てみて!

境界線を越えて協働する

まずは来てみて!

NPO法⼈ ⻄東京市多⽂化共⽣センター 理事
⽥辺俊介さん、⽥村久教さん

外国⼈にとって住みやすい社会をめざして⽀援を⾏うNPO 法⼈⻄東京市多⽂化共⽣センター(NIMIC)の理事を務めている⽥辺さん、⽥村さんにお話を聞きました。NIMICは、西東京市から西東京市多文化共生センター(以下センター)の業務運営を受託…(続きを見る)

私たちが
取材しました

法政大学