「漢服」を通して伝えたい ~伝統文化に対する意識の変化~

法政大学

「漢服」を通して伝えたい ~伝統文化に対する意識の変化~

PEOPLEこの人に取材しました!

紀 恒さん

漢亭序オーナー

中国出身。10年前、大学三年生の時に交換留学生として来日してから日本に定住している。現在は横浜中華街で「漢亭序」という漢服のレンタルショップを経営している。ショップでは中国から直々に輸入した唐・宋・明朝時代の漢服や、デザイナーである幼馴染が手掛けた現代要素の入った改良版漢服を取り扱っている。今回は中国の伝統衣装である漢服にまつわる様々なトピックについて紀さんにお聞きしました。

漢服との出会い

漢服と出会ったのは10年前、交換留学生として日本に来た時です。私と同じクラスの子が漢服が好きで、その子の影響もあるんですけど、あと中国の時代劇ドラマが流行っていたのでそれの影響もあります。でも当時は漢服について調べたくても、情報がまだ少なくて、今みたいに調べて出てくるような環境はなかったんですね。

漢亭序を開いたきっかけと込められた想い

私はもともと日本の自動車企業の国内営業部門で働いてました。4年前、ちょうど私が産休に入った頃日本にはまだ漢服のレンタルショップはなかったんですね。そこで夫がちょうどいろんな事業を展開していたので、漢服のレンタルショップなら私も手伝えると思い、提案したんです。夫の支えがあって漢亭序を開くことができました。当初は日本の方にも漢服を知ってもらいたいなという気持ちと、漢服のお店を開いたら自分も好きな漢服をいっぱい着れるという思いでした。でも実際に開くとコロナの流行と時期が被ってしまい、経営がしんどくなり赤字が続いたんです。でもこの4年間、お客さんの支えもあり、あと日本でこの事業をやっている人は少なくて、うちはやっていかないと勿体ないと思ったんですね。なので、漢亭序に飲食事業を取り込んだり経営戦略を立て直したんです。

漢亭序の漢服部屋

新しく取り組んだ飲食事業

漢亭序のお客さんは日本と中国がメインです。そもそもなぜ中華街にショップを開いたかというと、違うところに開くと日本の方は絶対入ってこないという懸念があったんです。でも中華街だったら、散策している時に中国の伝統衣装だから体験してみよう思ってもらえるんじゃないかなぁと。

日本のお客さんと漢服

日本のお客さんには唐時代の漢服が一番人気です。武則天というドラマが日本で放送されてから、日本の方は結構影響を受けたみたいです。このことがあって、みんな漢服に対するイメージは武則天が強くて、唐時代の漢服が一番人気です。でも最近意外なのが、レンタルに来るおばあちゃんたちが三生三世十里桃花というドラマのヤン・ミーの格好をやってもらいたいということも増えてきたんです。こういうのは嬉しいんですけど、三生三世十里桃花の服はドラマのテーマに合わせた服なので、伝統的な漢服ではないんですね。今中国では如懿传や延禧攻略といった清朝の宮廷劇のドラマが増えてきていて、みんなその中に出てくるような漢服を体験したいと言ってたんですけど、でもうちは今そのような様式の漢服は扱ってないんです。ただ、漢亭序に来てもらった機会もあるので、他の漢服も紹介しています。

中国のお客さんと漢服

中国のお客さんだったら、遊びに来て漢服をちょっと着たいなというお客さんには唐か宋時代の漢服が一番人気です。唐の漢服は素材的にちょっと軽くてかわいい印象があり、宋は清楚でエレガントな感じが多いです。あと最近、日本で育った中国の子が成人式や卒業式の時に、ご両親から言われたというのもあるんですけど、漢服を着て出席することが増えたんです。そういった正式の場では、明時代の漢服を一番お勧めしています。明時代の中国は一番繁栄していたので、デザインが豊富で服の質も高く、正式な感じに見えるんですね。

つまり、日本と中国のお客さんの好みや目的にもよるんですけど、日本のお客さんは唐時代、中国のお客さんはただ遊びで着るためなら唐時代、卒業式や成人式の場合は明時代の漢服を選んでいただくことが多いです。これからまた変わるかもしれないんですけど、このような傾向があることは漢亭序を4年間経営して分かったことです。

明朝漢服

漢服には偏見・差別問題が存在しているのか

正確に言うと「存在していた」です。中国がまだ発達していない10年前とかに、町で漢服を着ると確実に周りから変な目で見られてしまいます。外国でも「この人絶対中国人だな」って思われるのが恥ずかしくてみんな着れなかったんです。でも近年、中国が少しずつ発展し大きな国になるにつれて、みんなは自信を持って漢服を着れるようになりました。今だったら国内外問わず、漢服を着ていたら可愛いと褒められることが増えましたね。漢亭序でもこういった変化が顕著に見られました。4年前ショップを開いたばかりの頃、1人で漢服を体験しに来たお客さんの写真を撮ってあげた後、「インスタにあげてもいいですか?」と聞いたら「あぁやっぱりちょっと…」ってみんなそうリアクションするんです。でも最近はみんな結構喜んで「いいですよ!」って言ってくれます。以前はやっぱりコソコソ漢服を体験しに来たような感じが多かったんですけど、最近は「漢服を体験しに来たよ!」って、自分の可愛い姿をみんなに見せたいという態度に本当にすごく変わってきているんですよ。

時代とともに変わっていく考え、包容力

漢服を普段でも着やすくするために、近年改良版漢服というものができました。現代には現代のファッションがあり、伝統衣装の上に現代のデザインやセンスを加えたらもっと可愛くなって、みんなもいっぱい着てくれるのではないかという考え方から来ました。改良版漢服ができた最初の頃は、なんで伝統衣装がこういうふうになったのかと疑問を持たれてたんですけど、今はもう全然平気です。時間が経つにつれ、みんなの包容力が大きくなり、受け入れてくれるようになりました。国がどんどん強くなっていって、みんなが自信を持てるようになったことと大きく関連していると思います。また、漢服が今のようにたくさん着られるようになったのは国の支えもあるからです。ここ2、3年前から中国のCCTV(中国中央電視台)ではいろんな漢服を紹介する番組が始まり、そこでは「みんなで一緒に中国の伝統文化を守りましょう」と呼びかけをしているんです。みんなはそれを受け取って、今は重要な日や好きな日に漢服を着ても全然平気という気持ちになりましたね。

大切にしたい伝統

近年中国で巻き起こった「国風」の風には他国の影響もあります。例えば日本ではみんな成人式や卒業式に振袖や袴など、自分たちの伝統衣装を着るじゃないですか。そこで、特に90年代以降に生まれた子たちはなんで中国にそういうのがないんだろうと思うんですよ。もともと日本は昔から伝統のものを結構大切に守ってるんですけど、中国はつい最近伝統のものに対して大切にしなきゃいけないという意識がやっとあったような感じだったんですね。なんで他の国は自分の伝統文化をちゃんと守っているのに、中国は自国の伝統文化を恥ずかしいと思うんですかと、みんなの考えがこのように少しずつ変わってきています。せっかく四千年以上の歴史があるのにちゃんと大切にしていかないと、生かしていかないと、このままだと伝統文化が滅んでしまうという危機感を感じたのでしょう。中国は広いので若者が少ない地域では、漢服を着ると変な目では見られないのですが、やはり日本と比べると伝統文化を大切にしようとする気持ちは弱いかなと思います。若者が多い地域では、11月22日を漢服の日としてみんなで漢服を着て散策しようとするなど、このように漢服を守るためにいろいろ努力して頑張っていますね。

明朝漢服

(インタビュー:2022年11月)

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