大切なのは自分に制限をかけないこと

武蔵野美術大学

大切なのは自分に制限をかけないこと

PEOPLEこの人に取材しました!

島田愛加さん

ブラジルを拠点に活動する音楽家

武蔵野音楽大学を卒業後、ブラジルに渡りサンパウロ州立タトゥイ音楽院を卒業。ブラジルにてサクソフォン、フルート奏者、音楽講師などの活動をする一方で、南米音楽を通して文化や曲の背景を紹介するサイトを自身で設立。また、ブラジル音楽を教えるプロジェクトのためペルーに短期滞在。音楽と南米への愛が溢れる島田さんに積極的な行動の原動力、実際に移住して感じたこと、ブラジルだからこそできる音楽活動についてお聞きしました。

Q:なぜ留学ではなく移住を選んだのでしょうか?

日本の音楽大学に通っていたときにブラジル音楽を勉強しようと決心し、音楽はその土地の文化や人々と強い結びつきがあるということに気づきました。そうなると、やはり自分の目でそれを確かめたい、肌で触れたいという気持ちになり、ブラジルに長く滞在することに決めました。それは私の好奇心旺盛な性格から来ているものもありますが、ブラジル文化に対するリスペクトでもあります。ブラジルの音楽院で南米各国の留学生と交流し、彼らが故郷の音楽を教えてくれたのがきっかけで、今は南米全体にまで興味が膨れ上がり、後戻りできなくなってしまいました。現在ペルーに短期滞在しているのも、それがきっかけです。ちょうど仲良くしていたペルー人の友達が卒業し、帰国するのに合わせて、もう2人のブラジル人と共に首都リマにてブラジル音楽を教えるプロジェクトを組むことにしました。

Q:ブラジルに行ってみて、日本にいた頃と変わったところはありますか?

臨機応変になったところです。日本では上手くいかなくても何度も同じ方法を試しましたが、ブラジル人はアイデアが豊富なのでいろいろな方法を試すんです。だから私も工夫するようになりました。たとえば、日本にはあってブラジルにはない物って多いんですよね。ないならないなりに、別の方法で補うことが出来るようになりました。こっちに来てから物がすごく減ったんです。服も少なくなりましたし、食器も大きいプレート一枚とスープ用のボウル一つしか持っていません。
あと、ブラジルに来てから、先入観を持つのは損だと思うようになりました。「こういう国だろう」と思っていたのに実際には違うところがあったりする。今はなんでもインターネットで調べられるじゃないですか。でも「行ってみたら違った」とか「話してみたら違った」ことが多かったんです。できるだけ自分の目で見るまでは信じないようにしたいです。決めつけも良くないなと。先入観を持つと、知る機会を失ってしまうことも多いと思います。

Q:日本との差を一番感じるところはどこですか?

あまり物事に縛られすぎずに、直感的に動く人が多い気がします。予定も直前に決まったり、約束の変更やキャンセルは当たり前なので、たまに痺れを切らすころもありますが、それぐらいが私には丁度良いのです。
また、ブラジルの文化は多種多様な民族が混ざり合って出来たものなので「こうでなくてはいけない」みたいなものがないんですよね。当たり前のものがあまり存在しないのです。植民地時代から続いている貧富の差も激しく、平均をとるのが難しいと言われています。そのため、自分を人と比べない人が多いです。「この人に勝ちたい」などの競争意識も薄い。日本の音楽大学では皆ライバル意識がありましたが、私の通っていたブラジルの音楽院では「一番になりたい!」など表に出す人はいなくて、和気あいあいとしていました。芸術に関しても「人と比べない」「比べられない」という雰囲気があります。好き嫌いはありますが、「これがいい」「これが悪い」というのがあまりないです。本音は別として、みんなどれを見てもいいよねって言います。

音楽に大切なのは共に暮らすことだと教えてくれた仲間と先生

Q:南米にこだわる理由は何ですか?

南米って人間味を感じるし、正直な感じがします。植民地から独立した歴史的背景からか、国民が国の在り方に興味を持ち、自分たちの文化を大切にしようという姿勢が強いと感じました。決して便利な国ではないけれども、国民であることに誇りを持って自分たちの中で楽しみを謳歌しているのが良いと思いました。音楽やアートなどの芸術もそれに深い関係があります。たとえばブラジル音楽なら欧米化。近年トップチャートはアメリカナイズされて来てはいるけれども、そこに自分たちの良さを混ぜ合わせるのが上手です。自分たちの文化を投げ出して新しいことをしようとはしません。ロックやラップなどが入ってきている中でも、それを上手く生かしてミックスします。そこがすごく面白いんです。特に面白いのが、若い人たちが自分たちがブラジル人であるということを主張し、文化を投げ出さないようにしているところかな。

Q:音楽を通してどういう風に自分を表現していますか?

大切だと思っているのは、表現する時に自分に制限をかけないことです。何かを新しく始めたいと思った時に「周りに何か言われるんじゃないか」とか「これまで勉強してきたことと違うことを始めるのはおかしいんじゃないか」とか、自分の中に制限をかけるのが一番良くないと思うんですよね。以前は少し周りの目を気にしていたり、自分の中に変な制限をかけたりしてしまっていました。特に日本にいた時はジャンルやカテゴリーに分けられやすいと感じていたので、新しいことを始めるのに後ろめたさがありました。私はクラシックもポピュラーも大好きです。私はサックスを吹きますが、ジャズでもないし、クラッシックでもない。結果、「自分です」という答えになっています。

サックスを演奏する島田さん

Q:これまで挫折やスランプを経験したことはありますか?

音楽をやめようと思ったことは一度もないです。上手く演奏が出来なくて、やめようかなと思う時に限って必ず良いチャンスがやってくるように出来ているんですよね。本当にびっくりするくらい。ああ、これはやめるなと言っているんだろうなと感じます。

Q:バンドを組んで演奏する上で気をつけていることはありますか?

できるだけ独りよがりにならないように周りの人に対応することを心がけています。相手を知ることも大切ですね。人としての関わりも関係してくると思っているので、仕事でも積極的に会話したり、飲みに行ったり、ご飯を一緒に食べたりしています。友達の作ったプロジェクトでカルテットという4人で演奏するグループがあり、彼の書いた曲を演奏しています。4人で演奏している時は本当に楽しいです。レコーディングしたり、演奏したり、他愛もない話ができるというのもあり、家族みたいな感じになりました。音楽をやっている中で相手との信頼関係は大事ですね。オーケストラなど大きいグループでは「一人ひとりと意思疎通しよう」というのは難しいのですが、3、4人くらいの小さいグループだとそれが可能になり、「その人が何を考えているか」というところまでわかります。演奏と性格って繋がっているんですよね。一緒に生活することによって、音楽も変化するので興味深いです。たとえば「今日機嫌が悪いな」とか「今日幸せそうだな」と思ったら、そういう演奏になります。それが面白いんです。完璧な演奏を世の中の人が求めるならロボットでいいじゃないですか。
演奏活動していると、交友関係は広がりますが、結局は同じ仲間といることが多いかもしれません。「広く浅く」というよりも「狭く深く」という感じです。仕事においても、何か表現するときにおいても、ブラジルの人はどちらかというと実力よりも交友関係で人を選ぶことが多いです。友達だから呼ぶ、助けるなど。友情があるが故にずっと同じ人と演奏することはあります。

長い時間一緒に過ごしたカルテット

Q:自分の「ここが強い」と思うところはありますか?

運が良いところだと思います。運がいいのは強みかどうかわかりませんが、ポジティブなところもそうです。実際上手くいかないことや諦めていることもありますが、それをできるだけ良い方向に考えるようにしています。あと人に恵まれているなとも思います。そのおかげで後押しされて行動できたこともあります。

Q:積極的な行動の原動力はありますか?

音楽が好きな気持ちです。私は結構飽きっぽいのですが、音楽だけはやめずにこれました。「音楽をやめよう」とか「音楽とは関係ない道に進もう」と思ったことは一度もありません。これからの目標は、それを形に残すことです。自分の南米音楽についての研究をできるだけ外に出していきたい。いずれ一冊の本にまとめたいです。

(インタビュー:2020年6月)

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