ギャップを感じた教師時代
遊ぶことがとにかく好きで、小学生時代が一番楽しかったんです。大人になっても子どもと関わる仕事がしたいなと思って、小学校の先生になろうと決めました。そこで一人一人の個性を見て、子どもたちと遊べる先生になりたいなと思っていたんです。けど自分が思い描いていた小学校とかなりイメージが違っていました。一つのクラスの中に子どもたちが30人いて、時間割は決まっているわけですよね。基本はやっぱり“座学”で、クラスという箱の中に先生も子どもたちも閉じ込められているような感じがしていたんです。一人一人の個性と向き合うのは仕組みの上からも無理があるんじゃないかなと思ったんですよ。でも、仕組みはなかなか変えられないので。クラスの壁を取り壊しましょうというのをいち先生が言えることでもなく、国の法律で決まっていることなので、ここでは実現できなさそうだと感じて、教員を辞めました。
フォルケホイスコーレとの出会い
最初にフォルケホイスコーレを知ったのは自分の叔母からの紹介で、北欧の教育ということでフォルケホイスコーレというものがあるよ!と僕が教員をやっている時に教えてくれたんです。その時は「自由すぎる教育機関」っていうキャッチフレーズで。読むとすごく、これ大事だよなぁ、と思って記憶に残しておいたんです。すでにあるカリキュラムや仕組みの中で、どうしたら「子どもたち一人ひとりの個性の芽を育めるのだろう」と悶々としていていた時に、そういえばフォルケホイスコーレというものがあったなと思い出しました。色々調べたら、これはほんとに面白いなと思って。なので、実際に自分の目で見てみたいと思い、2019年に教員を辞めて、2020年から半年間フォルケホイスコーレに留学しました。
農民に焦点を当てて始まった学校
フォルケフォイスコーレの良いところの一つとして、歴史がすごいと思ってるんですね。デンマークはキリスト教の国なので、神父さんや偉い教会の人が、すごい知識や技術を持っていて、それを伝授するっていう教育スタイルが昔からあったんです。でも、それじゃあダメですよねっていうところからフォルケホイスコーレの歴史は始まってるんですよ。フォルケホイスコーレは農民の人たちに注目をしたんです。農民の人たちはすでに知恵がある、農民の人たちの知恵を引き出す、そこに光を当てるっていう理念なんです。対等とか平等っていう思想なんですよ。その学校がずっとあるし、それが国としても認められているっていうのは、すごいなぁって思います。
どんな人がフォルケホイスコーレに行くのか
デンマークでは高校を卒業した後の選択肢が広いんですよ。日本は高校を卒業したら大学に行くか、専門学校に行くか、就職をするか、みたいなイメージを持ちがちだと思うんですけども。デンマークとか北欧、ヨーロッパでは、高校を卒業したら 2年間くらい海外に行って、そこで暮らしたり、アルバイトしたり、ボランティアしたりっていう、ギャップイヤーを取る人が多いんですよ。その中でフォルケに行くっていうイメージかもしれないです。だから年齢層で1番多いのは卒業した後、20代くらいの人で、私がいた学校もほとんど18歳から24、25歳くらいの人が多かったですね。
デンマークにおいて、幸せの要因とは
私が留学していた当時フォルケには120名の学生さんがいて、9割以上はデンマークの方なんですね。ヒュッゲ※っていう、幸せとは何かみたいなテーマの授業があって、その授業の一環で、私は、その全ての学生さんに対して、アンケート調査をしたんですよ。幸せのための要因はなんですか、あなたがどういう時に幸せを感じますかということを聞きました。回答として多かったのが友達、家族、そして、やっぱり親密な関係っていう表現をしますか、この人と関係が近いなって思える関係性、親友みたいな感じなのかな。後はトラスト、信頼とか、そういう言葉がすごく多かったので覚えています。あぁ、そういうのを大事にしている国なのかなと思いました。
※ヒュッゲについて
デンマーク語で「居心地の良さ」、「リラックスして場を楽しむこと」などを指す。日本でいう「団欒」に近いものだと宇佐川さんは考えている。
小鹿野町で活動を始めた理由
自分が教員を辞めて、フォルケホイスコーレに行く前に、東京とか都会じゃなくて、地域で教育をした方が面白そうだっていう事例があったんですよ。島根県の小さな高校で、座って授業を聞くっていうスタイルじゃなくて、もっと街の中に飛び出していって、テーマを持って探求するスタイルに変えてみたら、学校が変わったんです。そして、僕が地域おこし協力隊に入る2、3年くらい前に、小鹿野でも学び方を変えていこうみたいな動きがあったんです。その活動を進めようとしている人に知り合って、小鹿野町を案内してもらいました。そこで、小鹿野町に行ったら、面白い教育の動きが作れるという感覚を持ったので地域おこし協力隊になることを決めました。 あとは、「住民主体のまちづくり」にも興味がありました。小鹿野町の雰囲気や人の暖かさに触れたときに、きっとここでなら「教(共)育×まちづくり」の面白い動きができる、と感じたんです。
授業っぽくない授業
住民の方々一人一人が、自分たちで学び舎みたいなものを作ったら、面白いなと思ったんですね。そこで、「大人の学校」という年齢に関わらず誰でも参加できる学校を立ち上げることにしました。1年目は、どんな授業が作れるかというアイディアを出し合うワークショップから始めました。そして2年目の今年は、実際に授業を始めたんです。ただし、授業って言うとそれを受けに来るっていう感じがあって、他に良い言葉を作り出せないかな、とも思っています。
例えば授業と聞いてイメージするような「授業の時間」っていうのを作ったり、「ゼミの時間」っていうものを作ったり、「ラボの時間」、「サークルの時間」っていうふうな感じで、学び方に応じていくつかの仕組みに分けてみるのも考えています。
それから、プログラムですね。学校のプログラムを作るのは誰かっていう話です。先生がプログラムを作るのはよくあると思うんですけど、「大人の学校」では、プログラム自体を自分たちで作ります。興味ある人が集まってきたら、「この10回の時間をどういう風にデザインしていこうか」というような、自分たちでプログラム自体を作っていくようにしたいです。
フォルケホイスコーレと「大人の学校」のつながり
私は、フォルケホイスコーレで、「Enlightenment エンライトメント」「Empowerment エンパワーメント」という2つのキーワードの大切さを学びました。「大人の学校」にもこの2つのキーワードはつながっていると感じています。
Enlightenmentとは「知の光は、一人ひとりの中にこそ、あるということ」「対話や相互作用の中でこそ、お互いの知に光が当たるということ」です。
Empowermentとは「個と共同の中にある『知』に光があたった時、行動や変化が生じるということ」という受け止め方をしています。
偉い人から教わるという上下の関係性をなくし、対等な関係性や役割を交換し合えることが大切だと思っています。だから、そのことを意識できるように「大人の学校」でも心掛けています。そして学び合うことを通じて、個や共同体の変容や、行動に結びつくように、プログラムや人と人との関わりのあり方を考えることを「大人の学校」において、取り組んでいきたいと思っています。
時間をデザインしたい
社会の雰囲気、社会の仕組みを変えたいんです。仕組みを変えたいっていうのは大袈裟なんですけど、時間の使い方ですよね。まだまだ人生の時間が一般的にイメージされるものがあると思うんです。例えば大学を出たら働く、24歳から60歳まで働く、とか。僕がやりたいのは、「時間の感覚」を変えることです。また、「大人の学校」は、「学び」もそうですけど「遊び」にも近いものがあります。多分、働くっていうのはまだまだ苦労が伴うものだとか、大人になるっていうことは、ある社会の決まりの中で生きていくことだっていうイメージがあるかもしれないんですけれど、これを僕は変えようとしてるんです。「大人の学校」っていう仕組みを作ることで。
自分の好きなこととか追求したいものはいつでも始められる場所にしたいんです。他の仕事があるからやめたとかじゃなくて、常にやりたいことを持ち寄って、そこから化学反応が起きて何かが始まるような場所を「大人の学校」で実現したいんです。それが、時間をデザインしたいって感じなのかもしれないですね。
一人一人が自分というものをもっと大事にできるような、自分の興味とか自分の時間の使い方とか、何歳になったからこうで、とかではなくて。一人一人に流れている時間に即して生きていけるような、満足感を持つ、充実感を持って生きていけるようになるための仕組みを作りたいですね。
(インタビュー:2021年6月)