「女性」の働きやすさから「みんな」の働きやすさへ 〜swfiの映画業界変革〜

武蔵野美術大学

「女性」の働きやすさから「みんな」の働きやすさへ 〜swfiの映画業界変革〜

PEOPLEこの人に取材しました!

SAORIさん(swfi 代表)、畦原 友里さん(swfi 副代表)

映画業界で働いている女性は悩みや問題点が多く、特に出産という人生の節目を経験し、仕事に復帰することが難しくなっています。そのため、私たちが注目したのは「映画業界の夢と現実」「職場と家庭」などの境界、あるいは壁のようなものであり、その境界を超えるためにどんな取り組みが必要なのかを聞きました。

 

〈プロフィール〉

SAORIさん…17歳で映画業界に飛び込み、出産と業界復帰を経てNPO法人の「映画業界で働く女性を守る会」swfiを設立。

畦原友里さん…元映画美術スタッフ。妊娠出産がきっかけで一度映画業界から離れ、現在は映像系美術会社に事務職として勤務。

映画業界の夢と現実

Q:映画業界に入る前と入ってからとのイメージの変化はありましたか?

SAORI:私の場合は映画業界に入りたいと思って映画の専門学校に行ってたわけではないんです。人の紹介で偶然、この業界に入った感じなので、イメージの変化とはちょっと違うかもしれませんが、入ると映画を観る時間がなくなります。映画が大好きだったからそういうきっかけがあった時に“やります”って言って入ったんですけど、入ると、忙しすぎて観に行く暇が無くなるんだなという感じでした。あとは最初の頃はもう本当に楽しいだけ、今までスクリーンで観ていた俳優さんの演技がどういう風に撮影されているのかを見れるし、若かったから責任も少なくお客様気分で、楽しく現場にいました。でも、自分が役職に就いたり責任が出てくると観ている人の気分ではいられなくなりました。今まで趣味だった映画鑑賞が、中の人になってしまったので現実的に捉えざるを得ず、楽しいだけではなくなるという感じです。

畦原は私とは違って王道というか、映画の専門学校へ行って業界へ入ったんですよね。

畦原:そうですね。私は元々映画も好きだったんです。テレビで観た映画のメイキングの現場がすごい楽しそうで、進路に迷った時にこういう仕事もあるんだなと思って、この業界を目指しました。実際に入ってみたらテレビのメイキングではわからなかったんですけど、すごく体育会系、男社会な感じだったので、そういったイメージでの落差とか、楽しいだけではなく大変な部分が大きいというイメージの違いはありました。

Q:SAORIさんは出産をきっかけに一度仕事を辞めたと伺いました。復帰する前と復帰したあとの映画業界で、どんな変化を感じましたか?

SAORI出産でブランクを経て復帰しましたが、業界の変化っていうのはないと思います。私自身の変化があっても、業界は何も変わらないです。ですが、昔に比べて復帰する人が増えたっていう変化はあるかもしれないです。今までだったらもう子どもがいて時間制限がある人はいらないっていう感じでしたが、業界が人手不足になり時間制限があってもいいから手伝ってほしいというようになりました。業界にいる人、子育てしていない人、子育ては全て奥さんがやってくれている男性だったり、子どもじゃなくて仕事を選んだ女性だったり、いろんな人がいます。ですが、さっき男社会っていうワードも出ていましたが、復帰する人を受け入れる側の業界としての意識の違いみたいなのは正直ほとんど変わっていないと思います。そういう状況です。

業界に合わせるのではなく、働きやすい業界を

Q:swfi(映画業界で働く女性を守る会)を作った経緯を教えてください。

SAORI最初は“自分が業界に合わせる”“ママが業界に合わせる”という方向に頑張ってしまっていたのですが、途中で、おかしいのはこの業界だっていうことに気づきました。今まで、私の周りの知り合いはほぼ映画業界人だったので、やりたいことをしている人、やりたくてこの業界に入り長時間労働に疑問にも思わず、やり続けている人しか周りにいませんでしたが、子どもが保育園に入って、ママ友で一般企業に勤めている人たちと初めて会いました。そういう人たちと映画業界の長時間労働や休みがないという話をママ友にすると「誰も声をあげたり、労働組合に相談したりする人はいないの?」と言われました。また、映画業界はセクハラやパワハラが多い業界だということをママ友に笑い話の感じで話したら、本気でドン引きされました。それがきっかけで、映画業界はここまで時代遅れなんだということに少しずつ気づきました。もともと私も子育てをしようとすると働きづらいという状況があったので、この辺で映画業界もどうにか変化していかなきゃいけないんじゃないかと思いました。それで何か活動をしたいと思い、NPO法人という形をとってこのswfiが歩き出しました。

Q:どうして労働組合ではなく、NPO法人という形をとったのですか?

SAORI業界内部の人は、表立って応援したり、賛同して一緒にやったりしてくれる人は少ないんですね、残念ながら。フリーランスの集まりなので、賛同はしてくれても、干されて仕事が無くなったら困るから、応援する気持ちはあるけど、表立っては一緒にやれないっていう人がやっぱり多いです。

swfiは、子育てできる映画業界にしたいという目標を掲げています。すると、結婚出産で仕事を辞めざるを得なかった人や、子育てだけでなく親の介護や体調面の理由でやりたいけど仕事を続けられなかった人、そういう経験を持っている外部の人はすごく応援してくれるんですよ。業界人じゃないけど映画が好きですとか、女性の働き方に興味がありますとか、あとは元業界人ですとか、そういう人はSNSの拡散に協力してくれたり、swfiのロゴ入りグッズを積極的に使用してくれたりするので、とても有難く感じています。

なので、外部との繋がりを意識していて、例えば何かこれから企画をする時とか、業界の中にいる人よりかは、そういう外部の人を巻き込んでやっていきたいなっていうのはすごくあります。メディアに報道してもらったり世論でもう少し力が付いたりすれば、内部の人も一緒に歩いてくれるかなって思っています。そういう意味で、女性の働き方に興味を持っている企業とか外部の人と繋がりやすいかなと思って、労働組合ではなくNPO法人という形を選びました。

swfiの活動

Q:swfiの主な活動内容について教えてください。

SAORI活動内容としては、みんなに意識を持ってもらいたいので、啓発活動がメインになります。業界人じゃなくても誰でものぞきに来ていい談話室を月に1回オンラインで開催しています。毎月やっているのでどんなに現場で忙しくても何か話したいことがある人はどこかでは参加できるように担っています。それで、swfiのメンバーや業界の働き方に疑問がある人がのぞきに来てくれて、意見交換する場所になっています。

フリーランスが多いこの業界で、当時、私は誰からも自分で稼ぎを申告する確定申告の方法を教えてもらえず独学でやったので、教えて欲しかったなと思う気持ちがありました。なので新人さんや経験が浅い人向けに、確定申告について税理士さんを招いて説明会を開催しています。また、フリーランスでこういうクリエイティブな仕事をする際にどういうことに気をつけたらいいのかを説明するセミナーみたいなこともやっています。

あとは契約書がない世界なので、「フリーランスで働くための心得」というのをカードサイズのものにまとめて配布しています。契約書がない中でも、“メモを取りましょう”とか“やりとりはメールなどなるべく書面でやりましょう”とか、どういうことをしておくと何かあったときに役立つかが書いてあります。それから、休みがなくなって余裕がない時に自分の状態を客観視できるように“食欲がない”または“ありすぎる”みたいな、はい・いいえのチェックリストも載っています。

swfiで作成したカード

他の非営利団体や映画監督たちが立ち上げた団体でも業界のジェンダーバランス調査を行っていますし、私たちは「映画業で働く女性を守る会」という名前の団体なので、女性でやる楽しいイベントもやりたいと思っています。今年の2月,3月で、業界で働くキャストやスタッフが、映画を観たいのに観に行けないっていう状況をアピールするためにも「観たいのに観れなかった映画賞」という映画賞の企画をやって、劇場に観に行きたかったけど劇場には行けなかったという映画に投票してもらったりとか、お楽しみ企画みたいなことをやったりもしています。

あとはアンケート調査,実態調査も色々やっていて、コロナ禍で映像系のフリーランスがどういう影響を受けたかというコロナ禍の調査と、既に業界を辞めてしまった人が何でやめたのかという声を調査したり、それらの調査結果をまとめて厚労省や文化庁に要望書として提出して、記者会見もやらせてもらったりしています。これからは、映像業界で働く女性に特化した研究調査をできれば毎年か2年に1回くらいで定期開催して数値を集めていきたいなと考えています。

要望書を提出したときの記者会見の様子

それから、さっき内部の人はあまり興味を持ってくれないというか応援してくれる感じではないって言ったのですが、結局、今業界で働いている人が取り組んでくれるとしたら映画制作なので、みんなを雇用して自分たちが思うような女性が働きやすい良い労働環境で映像作品を作ってみることに挑戦したいです。それなら今現場で働いている人を巻き込めるなと思っています。

 swfiが目指す新しい映画業界とは

Q:これから映画業界がどのように変わってほしいですか?

SAORI子育てしながら働ける業界になってほしいし、自分たちもそれを作っていきたいという想いがswfiにはあります。また個人的には、女性だけじゃなくてあらゆるジェンダーの人やあらゆるライフステージの人、若くて24時間でもバリバリ働けるよという人も、もう年齢的に疲れて休みたいという人も、子育てしてるから、介護があるから、セーブしながら働きたいという人も映像業界で働きたい色んな人達が働き続けられる持続可能な業界になってほしいなというのはすごく思います。あと人に勧められる業界になってほしい。映画業界は多くの問題点がありますが、自分が好きで業界に入ったので、「フリーランスでも大丈夫だよ!」と言える業界になってほしいと思います。

畦原:私は15年前に辞めて、もう業界の現役スタッフではありません。夫は現在も映画美術デザイナーとして働いていて、仕事が忙しくて家族との時間が全然持てず、帰ってくると子どもに人見知りされることもありました。女性が出産すると辞める人が多いですが、男性は続ける場合が多いですね。家族との時間が持てなかったり、それだけが原因ではないですが、離婚してしまう人も多かったです。だから、もうちょっとプライベートの時間、家族との時間を確保できるような業界になるといいなと思っています。

SAORI“女性は絶対子どもを産むべき”とかは思ってないです。子どもがいない人生も全然いいと思います。映画業界では多様な人がいないと、映像制作の深みが出ないです。色々な人が作っているから、色々な人を感動させられる映像が作れるはずだと思います。だから多様な人が働き続けられて、家族との時間を持っていて、趣味の時間も持っていて、転職するために資格を取る暇もあってほしいです。仕事だけではなく、自分の時間も確保できる業界になってほしいです。

 

Zoomでインタビューに答えるSAORIさん

Q:団体の名前は「映画業界で働く女性を守る会」ですが、女性というところからもっと多様に広がっている感じでしょうか?

SAORIそうですね、「女性」っていう団体名がいいのか実は設立する前に何度も話し合いを重ねました。やはり、女性だけを守りたいのかと抵抗感を示すメンバーがいました。しかし、今の日本映画業界では子育ての理由で仕事を辞めたり、人生が変わってしまったのは圧倒的に女性が多いです。自分たちも女性なので、最初は女性の視点で立って活動を始めることにしました。セクハラやパワハラにあっている大半は女性側、子育てで辞めるのも女性です。女性が働きやすくなれば、みんなが働きやすいと思います。子育て中の女性の一日の労働時間が定まっていれば、保育園やベビーシッターの予定が立てやすいし、休みもちゃんと家族と会えます。それは女性だけでなく、男性も働きやすくなるのではないでしょうか?スタートアップメンバーの男性陣も理解してくれて、「映画業界で働く女性を守る会」に決めました。活動を通じて情報が集まったり、新たな人との出会いが増えたり、そういう広がりができたのが一番大きい成果だと思います。

(インタビュー:2023年6月)

Related Articles関連記事

境界
書道とは生きること、人と出会うこと

境界

書道とは生きること、人と出会うこと

書道家、篆刻(てんこく)家
浜野 龍峰(はまのりゅうほう)さん

古典と現代アートの表現手法を融合させて書を追求する浜野龍峰さん。南米を中心に北米、欧州15ヵ国で個展やワークショップを開くなど、国も越えて活躍されている。さまざまな国で活動するなかで、どんなことと出会ったのか、大切にしていることは何なのかな…(続きを見る)

私たちが
取材しました

京都教育大学

京都教育大学

神道~古今東西の融合と未来~

境界

神道~古今東西の融合と未来~

神主
ウィルチコ・フローリアンさん

来日して日本の伝統文化に魅せられ、外国人として初の神主になられたウィルチコ・フローリアンさんに、国や文化の「境界」を越えてお仕事をされる中、そこからどんな世界が見えるのか、また日本と神道の未来について、どのような思いを持たれているのかについ…(続きを見る)

私たちが
取材しました

京都教育大学

京都教育大学

マガジンをつくるということは、まだ見たい世界があるということ

境界

マガジンをつくるということは、まだ見たい世界があるということ

クリエイティブディレクター
haru.さん

私たちは人生の節目や仕事での人間関係、他者との対話など日常のなかにさまざまな境界を見出しました。その境界を飛び越え自分らしさを体現しつつ、それらを受け取る私たちが昨日よりも自分らしく生きて行けるようなエッセンスを与えてくださるharu.さん…(続きを見る)

私たちが
取材しました

武蔵野美術大学

記憶と生活の儚さを描く

境界

記憶と生活の儚さを描く

アーティスト
大川心平(おおかわしんぺい)さん

油画作品を中心にアーティストとして活動されている大川心平さんに、「時間」や「人の影」を感じる独自の表現と、制作に対する想い、またその作品世界が現実社会の中でどのように存在していて、その「境界」は何なのか、お聞きしました。 …(続きを見る)

私たちが
取材しました

武蔵野美術大学

武蔵野美術大学

「自分が欲しいもの」を信じること

境界

「自分が欲しいもの」を信じること

デザイナー、株式会社torinoko代表
小山 裕介さん

私たちがお話を伺ったのはデザイナーの小山裕介さんです。小山さんは京都出身で、京都の短期大学を卒業したのち、武蔵野美術大学の工芸工業デザイン学科に編入しました。その後玩具メーカーや無印良品で商品企画・デザイン業務を経験しています。現在は株式会…(続きを見る)

私たちが
取材しました

武蔵野美術大学

点を紡いでいく伝統〜創作ぞうり店の挑戦

境界

点を紡いでいく伝統〜創作ぞうり店の挑戦

染の創作ぞうり 四谷三栄の3代目店主
伊藤実さん

2018年のLEXUS NEW TAKUMI PROJECTにて、ハイヒール型草履「ZORI貞奴」をデザインした伊藤実さん。洋装にも合わせられる画期的なデザインの草履は、日本に限らず海外でも愛されている。伝統技術を継承しつつ、柔軟な挑戦をし…(続きを見る)

私たちが
取材しました

武蔵野美術大学

ユニバーサルデザインの挑戦~誰もが暮らしやすい社会をめざして~

境界

ユニバーサルデザインの挑戦~誰もが暮らしやすい社会をめざして~

株式会社 武者デザインプロジェクト代表取締役
武者廣平さん

誰にでも使いやすく安全で美しい形態にまとめるユニバーサルデザイン。そのユニバーサルデザインを工業デザイナーとして実践している武者さん。特に近年はカラーユニバーサルデザインの推進に力を入れ、色弱者の支援や視覚情報の適正化・共有化を図っている。…(続きを見る)

私たちが
取材しました

武蔵野美術大学

畳からバッグ!?

境界

畳からバッグ!?

畳職人
青柳健太郎さん

地元の畳替えから、首相私邸の畳の制作まで手掛ける青柳畳店4代目の青柳健太郎さん。その作品制作活動の中、何よりも注目を浴びているのは、彼が作る畳を使ったオリジナルプロダクトだ。イギリスのキャサリン妃や、アメリカのミシェル・オバマ大統領夫人に畳…(続きを見る)

私たちが
取材しました

武蔵野美術大学

仏教のアップデート

境界

仏教のアップデート

煩悩クリエイター
稲田ズイキさん

仏教に付きまとう固いイメージ。僧侶の稲田ズイキさんは、そんな固定観念の境界を乗り越え、現代人にも分かりやすい形で仏教のイメージを刷新しています。時にはマンガを使って物語を創作し、はたまた映画をつくって、良いところは継承しつつ、仏教の固定観念…(続きを見る)

私たちが
取材しました

武蔵野美術大学

武蔵野美術大学

社会と人を繋ぐデザインの「新しい価値」

境界

社会と人を繋ぐデザインの「新しい価値」

デザイナー
若杉浩一さん

2019年、武蔵野美術大学に新しく創設された、クリエイティブイノベーション学科。新学科の教授として赴任してきた若杉さんは、デザインの「新しい価値づくり」をテーマに、新学科創設に携わり、現在、武蔵野美術大学と無印良品が提携する新しいプロジェク…(続きを見る)

私たちが
取材しました

武蔵野美術大学

武蔵野美術大学

和の庭を取り戻す

境界

和の庭を取り戻す

庭師
村雨辰剛(むらさめたつまさ)さん

スウェーデン生まれ、スウェーデン育ちの庭師。メディア、SNSに多大なる影響力を持つ。母国とはなるべく違う環境と文化の中で生活してみたいという気持ちがきっかけで日本に興味を抱く。23歳の時にもっと日本古来の文化に関わって仕事がしたいと思い、造…(続きを見る)

私たちが
取材しました

武蔵野美術大学

カンボジア人であり、日本人でもある私

境界

カンボジア人であり、日本人でもある私

役者兼カンボジア料理屋家族経営
諏訪井セディモニカさん

日本生まれ日本育ちの彼女はカンボジア人の両親を持つ純カンボジア人。母が営む料理店を手伝うかたわら、役者としても活躍するパワフルな一児の母。日本とカンボジアの境界で今まさに活動されている彼女に、カンボジア料理のことや彼女にとっての日本、そして…(続きを見る)

私たちが
取材しました

武蔵野美術大学

武蔵野美術大学

フランス人の落語パフォーマー!?

境界

フランス人の落語パフォーマー!?

落語パフォーマー
シリル・コピーニさん

落語パフォーマーとして活躍されているシリル・コピーニさん。シリルさんは、いつ日本文化と出会い、なぜ日本の伝統芸能である落語に興味を持ったのだろうか。また、フランス人でありながら日本文化に精通しているシリルさんが実際に感じている日本人とフラン…(続きを見る)

私たちが
取材しました

武蔵野美術大学