〈プロフィール〉
東京藝術大学で染織を中心に伝統工芸を学ぶ。2006年、株式会社ヒロコレッジ(現・ 高橋理子株式会社)設立。2008年、東京藝術大学大学院博士後期課程を修了し、博士号(美術)を取得。着物を表現媒体としたアートワークのほか、自身のブランドHIROCOLEDGEで日本各地の職人とものづくりを行う。九重部屋や黄金湯などのブランディング、adidasとのグローバルコラボレーション、 東京五輪ゴルフ米国代表公式ユニフォームなど、国内外のプロジェクトも数多く手がける。2024年4月には、イケアとのグローバルコラボレーションローンチが控える。2019年、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館に作品が永久収蔵。2021年、武蔵野美術大学造形学部工芸工業デザイン学科教授就任。
合理的で無駄のないものづくり
Q:着物を作り始めた経緯を教えてください。
東京藝術大学の工芸科で、伝統工芸の技術や素材について学ぶ中で着物に出会いました。日本の染織技法は着物を作るために生まれたものが中心なので、参考資料で常に着物や帯を目にしていたんです。その時はファッションデザイナーを目指していたので、そういえば着物というものが日本にはあるなと。自分の国の服のことを知らないで、ファッションの道に進むのはまだ早いんじゃないかなと思ったんです。まずは自分の国の衣服のこと、つまり着物について勉強して世界に出ていけば、他の国の人とは違う感性で服作りができるのではないかと考えたのが始まりです。
Q:大学の時から今も着物を作り続けているのはなぜですか?
せっかく着物が学べるのであれば、大学では着物のことを真剣に勉強しようと考えました。着物の反物は、幅約40センチ、長さ約12メートル。それを直線でいくつかのパーツに切って、ほぼ直線で縫製する。縫い込みの量を増減することでサイズを変えることができるのは、洋服と大きく違いますね。同じ反物で、男性用にも女性用にも仕立てられるし、体型に合わせて仕立てても生地の無駄が出ない。それまで洋服のことだけを考えていた私にとって、直線的で合理的な着物の構造が魅力的に感じて今の道に入りました。着物と聞くと、伝統や歴史、技法や素材、色柄などに注目が集まりがちですが、それよりも衣服の構造として新鮮さを感じたんです。今もその「無駄のないものづくり」という考えを大切にしながら、着物の合理性を引き継いだものづくりを心がけています。
正円と直線のグラフィック
Q:高橋さんのデザインのオリジナリティについて教えてください。
オリジナリティというか、自分の個性を出そうと考えたことは実は一度もないんです。正円と直線のみで表現するということを続けているのですが、円と線は世界中、どこでもいつでも見られるモチーフなので、その中で個性を出そうと考える方が難しい。これまでたくさんの人に制約があると自由に表現できなないし、飽きたりしませんかとよく聞かれてきたのですが、私はそう感じたことはありません。制約があるからこそ、どこまでも深く掘って行けると感じています。
そのルールの中で行けるところまで行ってみようと挑戦する気持ちで始めたのですが、常に発見の連続です。今では、そこに無限の可能性があると感じています。それが結局オリジナリティに繋がったんです。ルールがあるからこそ生まれた個性というか、そのルールに個性を感じると言われます。正円と直線しか使わないということ自体が私らしさなんですよね。
人々が考えるきっかけを生み出す活動
Q:性別についてまわりの当たり前に違和感を感じたり、「どうして?」と疑問に思うことはありますか?
ジェンダーだけの問題とは思いませんが、今の日本は、美大の学生の多くが女子なのに、教員はほとんど男性。美術やデザインを学んでいる女性は多いはずなのに、社会に出ると大半が男性という現象が起こっている。クリエイティブなことをしているのだから、もっと色々なことがフラットになってほしいですね。
Q:高橋さんはそのような違和感や疑問を、作品にすることで解決したいと思いますか?
私は自分の考えを他人に押し付けるような活動はしたくないし、ジェンダー問題などに関しても、何か言うつもりもありません。こうあるべきだと、私の意見を明確に伝えることが重要なのではなく、人々が自分で気づいて、能動的に考えて、自然と行動に移すようになるきっかけをたくさん作っていきたいんです。つまり、考えるきっかけを作ることが活動の目的で、考えさせるということではないんですね。作品を通して、いかに気づいてもらうか、考えてもらうかという、その小さなきっかけを様々なことを通して生み出していく……そのために自分ができることは何でもする。そのせいで、何をしている人か分かりづらいと言われるのですが、逆にジャンルに捉われずに自由でいられる。だからデザイナーではなく、表現者という意味で、アーティストという肩書きで活動しています。
ターゲットを絞らない、普遍的な作品
Q:正円と直線を使う理由のひとつに、普遍的であるからと以前おっしゃっていましたが、それはデザインにターゲットを定めないということですか?
ターゲットというのは特に定めていないですね。自分が枠にはまりたくないのに、何かの枠の中でものづくりをするというのは違うと考えていたので、世代も性別も国籍も関係なく、新しいとか古いとかそういうことも関係なく、既存のジャンルや言葉では表現できないような何かであることを目指してここまで来たように思います。
ターゲットは設定してはいないけれど、一番のターゲットは自分かもしれません。結局は自分がいいと思わなかったらものづくりに熱心に力をそそげない。自分が欲しいと思わないような物を作っていたら、一緒にものづくりをいている人たちもやる気を持てないですよね。自分が欲しくないものを作ったら、宣伝もしないし、SNSで発信もしない。だから結局上手くいかないんです。自分が「これ最高!」と心から作りたいと思うものを手掛ければ、結果は必ずついてくると信じています。
Q:黒と白をデザインによく使うことは普遍性を求めるからなのですか?
普遍性を求めているからではありません。円と線でグラフィックを描く時は、基本的に白い画面に黒で描いています。黒だけでも十分派手になるんですよね。技法の良さを引き出すために色を加えることもありますが、必要以上に色数を増やすことはしません。白黒に限界を感じたら、次の段階に進む。無駄のないものづくりという考え方は、ここでも変わらないですね。
行き着く先は世界平和
Q:お話を聞いているとSNS等でどのように伝わるかを気にされているように感じましたが、「自由でいること」と、「どう思われてもいい」と言うことは違いますか?
違いますね。自由に振る舞うことで、人が傷ついては本末転倒です。それでは自分もハッピーになれないというか……。自分が意識できる範囲の誰かが悲しんでいるのを知ってしまったら、自分自身がさらに落ち込むので。だから、発信する上でも言葉選びは慎重にしています。相手がどのように感じ、何を思うのかを可能な限り想像します。もちろん、全ての人のことを考えたら何もできなくなってしまうので、バランスは大事。難しいですが、常に意識しています。
Q:では生きる上での軸や考え方なども、周りの人のことや他人が中心になっているのですか?
あくまで自分が中心です。でも、同時に周りの人の存在も同じぐらい重要なんです。関わっている周りの人が誰も悲しまない、誰も嫌な気持ちにならないこと。それが自分にとっての心地よさにも繋がるから。人が悲しむとか、人が不快に思う状況をできるだけ作らないようにしたい。皆一人では生きられないですからね。身の回りの全てのものを誰かが作っていて、社会は成り立っている。私たちが何事においても深く考えて、お互いを思いやって生きれば、世の中はもっと良くなるのではないかと思っています。表面的なことで判断せず、本質に目を向けて、人々がより深く考えて生きる世の中が理想です。それが地球全体に広がっていけば、いつか世界平和に繋がるのではないかと。今はそれが人生のゴールですね。
(インタビュー:2023年6月)