リサーチと実験に立脚した手法で、新たな視点と価値をかたちにするコンテンポラリーデザインスタジオ「we+」。安藤北斗さんと林登志也さんが中心となって、 R&D(Research&Development)やインスタレーション等のコミッションワーク、ブランディング、プロダクト開発、空間デザイン、グラフィックデザインなど、さまざまな企業や組織のプロジェクトを手がけている。
近年は、自然とともに暮らしてきた歴史を学び、自然現象の移ろいやゆらぎを生かすことで、自然と人工が融合した新たなもののあり方を模索する「Nature Study」、都市が生み出す廃材を土着の素材と見立て、複雑になりすぎたものづくりの原点を考察する「Urban Origin」といったリサーチプロジェクトにも力を入れている。
人間にはもうコントロールしきれない面白さ
Q:自然現象を用いた作品を制作されていますが、最初に自然現象に注目するようになったきっかけを教えてください。
林さん:汗をかくと色が変わる特殊なインクというのを、開発していたときがありました。自分が何か行ったことによって反応が返ってくると、気持ちがちょっと動くので、そういう反応の起こるようなものをつくりたいというのが、最初に考えていたことではあるんですよね。
安藤さん:そこの面白いところっていうのは、デジタルだと0・1の信号で全てが分かれてくるけれど、人間の身体性を持ったアクションは常に揺らぎがあるというか、 数字上でも0・1じゃなくて、0コンマ何秒みたいな数字がいっぱい出てくるような世界だから。そういう身体性を持ったときの歪みが気になっていたと、今になって思います。
林さん:自然現象で明確にそれを捉えたなっていうのは10年前ぐらいです。「MOMENTum」という作品をつくった時が明確に自然現象を作品に取り込んだタイミングだったのかなとは思います。
安藤さん:水はやっぱり素材としてすごく面白いものだなっていうのは、そのときに明確に分かった感じ。何が面白いのかっていうと、水っていう超ありふれた素材に対して改めて向き合ったときの、予期しない面白さとか、人間にはもうコントロールしきれない面白さ。これは人間の歪みともちょっと近しいような気はする。最初から自然現象に着目したわけではなくて、身体性と制御できない揺らぎから繋がっていったみたいな。
Q:自然現象を作品に取り入れる際に気を付けていることはありますか。
安藤さん:自然現象をそのまま模倣して何かを作ることはあまり意味がないなという風に思っていて。自然現象そのものだけでもすでに超美しいじゃない?模倣せずに自然現象の様子を取り出して、自分たちのフィルターを通して作品をつくっていくっていうことはすごく重要なのではないかなと思っています。そのままつくると綺麗にいかないんですよ。だけど、この自然現象のこの動きが面白いねっていうところを取り出して、それを一つのキーワードにして作品をブラッシュアップしていくみたいな流れになっている気はする。
フラットな視点から「素材」をみる
Q:土着の素材を用い、生み出された作品「Less, Light, Local」についてお伺いしたいです。食べ物である海苔から、新たな素材としての視点を生み出すまでの実験や思考のプロセスについて教えてください。
林さん:自分たちは新しい視点とか価値を探して、それに形を与えようっていうのをコンセプトとして活動しています。デザインのメインストリームは、今だと大量生産・大量消費に寄与するような活動だと思います。だから、なるべく枝葉になるようなデザインの役割をつくりたいっていうのがあります。
ものをつくるデザイナーとして考えると「素材からもう一回考え直す」っていうのも大切な視点だなと思っていて。食べているものを「食べる」ということを抜いて目の前に置いてみると、「素材」ということになる。 特に日本人は、海苔を美味いから食べてきたのだけど、海外だと海藻は食べないっていう人もいるし、建材として使っている国の人たちもいて色々な人がいるんですよね。一回フラットな視点にまで引き上げるというか、戻すというか。
海苔を素材として調べると、和紙と海苔のつくり方がほとんど同じなんですよ。案外、素材としては似たようなものみたいな感覚があってすごく面白いなと思ったんです。それだったらば、和紙でできていることが海苔でできないわけはないのではないか、というのが一つの発想の起点で。和紙も提灯とか照明のシェード、あるいは障子の紙にも使われるじゃないですか。海苔を素材として見たときに、色々なものに応用できるのではないかという実験をやっていますね。やっぱり素材として見るのが一つポイントなのかな。
Q:「土着」について詳しくお聞きしたいです。
安藤さん :土着性という言葉で言うと、素材がどこから来たものなのかが今度気になり始めるんですよね。その素材が本当はどこから来ているものなのか、持っているコンテキストとか、それらを注力して掘るようになったのは多分ここ4、5年くらいだと思います。東京の土着の素材ってなんだ?ということやクラフトとの関係性も気になってくるし、そこで海苔と繋がっていくわけなんだけど。その辺りが気になり始めて、自分たちでリサーチをしたり、フィールドワークに行ったりを積極的にやっていく。そうすることで、核になる部分をもっとしっかりと見つめていたいなっていうことはあります。
Q:素材の現象を軸に作品をつくられていた初期の頃に比べ、フィールドワークや文化のリサーチを行なう中で、意識したことはありますか。
林さん :スモールスタジオのwe+が社会全体においてどういう役割を取れるのかっていうと、「いろいろな考え方がある」「こういうアプローチの可能性があるのではないか」と提示をすることだと思っているんですよね。 だから海苔のプロジェクトも未利用のものを使っていて、 最終的には廃棄されちゃう海苔の新しい活用方法の提示をしています。僕らがどんなに小さくても、歯車を一回回せるかが、その先の大きい歯車が回るかどうかに繋がるっていう可能性がある。僕らは小さな歯車を回す役割ではないかなと思っていて。他の何かに波及する、他の人が可能性に気づいて何かアクションを取るなどそういう旗振りみたいな役割が少しでもできると良いなと思っています。
源流を辿ることと、オルタナティブな視点
Q:we+ではリサーチしたことを展示するということを行なわれていますが、実際にはどのようにリサーチされているんですか。
安藤さん :去年、京都で「KYOTO ITOITO」展っていうのをやって、1本の糸がどうやって出来上がってくるかというのをひたすらとリサーチをしていました。桑の葉をまず植えて、蚕がそれを食べて大きくなって、そこから蚕の口から糸が出てきて、それを撚って1本の糸になります。糸を回転して強度を出すなど、やり方もたくさんある。これは「糸」という素材の源流を探っていくプロジェクトだったのだけど、源流を探ることはすごく重要なことだし、そうすることによって理解が深まります。
林さん:京丹後という京都の上の方にあるエリアでシルク産業があります。そのつくられ方を色々紐解いていくと、蚕って明治時代は日本でたくさんつくっていたけれど、もうほとんど中国で蚕を育てる産業はやられているので、9割5分ぐらいは中国から蚕の繭を買っているんです。繭の話も全然知らなかったのだけど、そういうことを知るだけでもすごく複雑な流通体系を築いているのだなとわかります。
それは一側面から見ると問題だし、一側面から見ると別に問題じゃない。お金のことだけを考えると、中国の方が安いからその方がいいかもしれない。けれども、日本の産業のことを考えると、ものづくりが少し弱くなっているとも言える側面もある。側面によって、悪いことにも見えるし、良いことにも見えるし、色々なことに見える。けれども、そういうことを知らないと、見方もわからないじゃないですか。だからデザイナーとしては、素材と向き合うためにも、少しでも興味がある領域はとにかく色々と調べる、源流を辿る。その素材の現在地を知らないと次の「じゃあこうしたらいいんじゃないか」という提案が出せないと思っています。
社会にいろいろなシステムがありますが、ここまで複雑になってしまっていると、どのボタンが掛け違って、この問題が起こっているのだっけみたいな。正直分からないことっていっぱいある。だからやっぱり源流を辿ることって、自分の知っている世界を広げるみたいな意味ですごく大切なことだと思うんです。
デザイナーって、そういうことを楽しく提示できるみたいなところもありますよね。だから、展示や本などの形で、視点を分かりやすく魅力的に定義することもデザイナーのできる役割の一つではないかと思っています。
安藤さん:多分オルタナティブな視点っていうことなんだよね。新しい視点というか、見方を変えてあげること。
ユニークさと共感を生む
Q:確かに進化することで新たな要素が増えていく中で、一旦立ち止まって、それらを違う視点で見てみることはとても大切だと思います。
安藤さん:セントラル・セント・マーチンズ大学のとき、学科でつくった卒業制作集があったんです。その一番最後の後書きに、この卒業制作品をつくるのにかかった時間とかっていうのが全部書いてありました。例えば、マイクさんはコーラを何本飲みました、電源をどれくらい充電していましたとか、そういうのをちょっとふざけた感じで書いてある。それ結構ハッとして。そういう、ちょっとユニークなシーンがあるんだなと。レッドブルとビールを何本飲んだという話で、ビールだけが多かったみたいな。結構面白い、こういうユニークな見せ方っていうのもあり得るからね。ユニークな見せ方を展示していくということは、我々デザイナーとしての仕事なのでしょうね。例えば経産省とか農水省がデータとして出していくことはもちろん十分考えられるんだけど、それだけだとなかなか人に届かないから、ユニークで共感しやすく編集していくということもデザイナーの大きな役割なのでしょうね、きっと。
疑う姿勢を持つこと
Q:一つのことを、色々な視点で見ることはとても重要ですよね。
林さん:共生などという言葉を別にダメ出しするわけではないんですけれど、安易に使うと危険だねという話ってありますよね。環境ワードって、時に思考停止を招くことがあり、共生が本当に良いことなのか疑ってかかることも必要です。 環境破壊とか、それの何が悪いみたいなことについて「なんで?」という話をすっ飛ばして大切と言うのは、メディアコントロールされている人々の意見になりがちです。
安藤さん:環境問題やSDGsという言葉は、誰も否定できないが故の怖さを感じる。共生も同様です。 ひねくれた見方になってしまうかもしれないけど、そういう視点は重要。
林さん:大きな潮流があることを理解した上で話すのはいいですが、メタ的視点なしに流れに乗るのはダメだよね。 結構意識していかないと、「だよね、大切だよね」みたいな風にマインドコントロールされるので。なので、本当に環境問題って大切なのかなみたいなことを、常に疑って生きること。自分の体験や調べた結果として話すことが重要です。些細な経験とか、すごく小さことでもいいから自分の経験とか、自分が取りに行く情報とか、そういうものを一番大切にした方がいいのではないかと思っていますね。
(インタビュー:2024年5月)