※1
●日本の最南端、最西端に位置する。東西1,000km、南北400kmにおよぶ広大な海域に点在する大小160の島々で構成され、そのうち有人島は50。日本で唯一の亜熱帯海洋性気候に属する。1429年に尚巴志が第一尚氏王朝をひらいてから、1879年に明治政府が沖縄県を設置し第二尚氏王朝が崩壊するまでの450年間、琉球王国として存続した。14世紀から16世紀にかけては、地理的条件をいかして中国や東南アジア諸国との交易を盛んに行った。また、それらの国々の影響をうけ、染織、漆器、陶器、風俗芸能など、沖縄独特の文化を築いた。第2次世界大戦末期には、地上戦が行われた。敗戦後はアメリカによる占領統治下にあったが、1972年に日本に返還された。県総面積の11%を米軍基地が占める。おもな産業は、観光業を中心とする第3次産業。人口約1,325,000(2001年)。地図[GIF Image, PDF]を参照。
※2
●沖縄本島の北西に位置する島。第二尚氏王朝の始祖尚円王の生誕地として知られ、名所旧跡が多い。面積15.4km2、人口約2,000(2001年)。おもな産業は、農業と水産業。地図[GIF Image, PDF]を参照。
※3
●沖縄本島南西部、東シナ海に面する県庁所在地。琉球王国時代から首都首里の商港として栄えた。1879年沖縄県が設置されて県庁所在地となった。沖縄県の政治、経済、文化、交通の中心。人口約304,000(2001年)。地図[GIF Image, PDF]を参照。
※4
●通常の学科試験を行わずに、中学校長の推薦と内申書、面接、小論文や学業以外の実績(スポーツ等)などにもとづいて高校が入学を判断する入試制度。
※5
●南風原高校は、普通科に文理・体育・郷土文化・教養の4つのコースを設けている。郷土文化コースでは、「沖縄の歴史」「琉歌・方言」などの必修科目のほか、「琉球舞踊」「古武術」「三線」を選択科目として履修する。
※6
●奄美・沖縄・宮古・八重山諸島に伝承される叙情的短詩形歌謡の総称。上句8・8、下句8・6の30音からなる定型短詩が主流。俳句や和歌と違い、琉歌は三線にのせて謡うウタとして発展してきた。
※7
●沖縄・奄美諸島方面で使われる撥弦楽器。15世紀から16世紀前半に中国から伝わったとされる。沖縄の古典音楽や民謡の伴奏楽器として広く愛好されている。
※8
●1429年、尚巴志が築いた第一尚氏王朝についで、尚円が1470年にひらいた王朝。1879年に日本政府が琉球王国の廃止と沖縄県の設置を宣言するまで、約400年間続いた。
※9
●1415~76年。第二尚氏王朝の始祖。伊是名島の出身。
※10
●2000年7月に、沖縄県、福岡県、宮崎県で開催された。沖縄県名護市では主要8ヵ国首脳会議が行われた。
※11
●2000年7月に九州・沖縄で開催された九州・沖縄サミットに先だち、同年6月に沖縄県で開催されたG8高校生サミット。平和・環境・経済について、各国の若者たちが意見交換を行った。
※12
●給食調理室を持たない小中学校等のために、地域の給食センターが昼食を調理し各校に配達する。
※13
うちなーぐち(沖縄のことば)で演じる大衆演劇。
※14
●沖縄県那覇市首里にある旧琉球王城。1406年に尚巴志が沖縄の3つの小国家のひとつ、中山を攻略して以後、琉球国支配の中心地となり、1879年まで尚巴志王統7代、尚円王統19代の居城であった。第2次世界大戦末期に、爆撃により木造建造物は灰燼に帰した。1992年、復元された部分が首里城公園として開園。2000年には、ユネスコの世界遺産に登録された。
※15
●6月23日。第2次世界大戦末期の沖縄戦を中心とする戦没者の霊を慰める日で、沖縄県の公休日となっている。1945年のこの日、沖縄における日本軍の組織的戦闘が終結した。
※16
●第2次世界大戦末期に、沖縄本島とその周辺の島々で行われた日米の戦闘。アメリカ軍は1945年4月に沖縄本島に上陸、島中南部で日本軍と激しい攻防を展開し、住民を含む約20万人の犠牲者を出した。日本軍司令官の自決により、軍の組織的抵抗は6月23日に終了した。
※17
●第2次世界大戦末期、沖縄で看護婦助手として強制同然に志願させられ、多数の犠牲者を出した県立第一高等女学校と沖縄師範学校女子部の職員・生徒からなる学徒隊。
※18
●缶づめのポークの薄切りを焼き、塩で味付けした卵焼きとキャベツの千切りをそえた沖縄の料理。
※19
●高校生の創造活動の向上と相互の理解を深めることをねらいとして、芸術文化活動の発表を行う高校生の祭典。演劇部門、美術・工芸部門、郷土芸能部門、写真部門などに分かれ、毎年開催される。文化庁などが主催。
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