2002年10月号 作文指導について(2) -個性を生かした作文を書くために- |
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『ひだまり』12号では、日中の作文指導の違いについて、「表現を重視する中国と、個性を重視する日本」と書きました。表現を重視する中国の作文指導では、多くの生徒がよく似た内容の作文を書きます。つまり、中国の生徒は「個性豊かな作文」を書くことが苦手なのです。ところが、中国でも最近「素質教育」が重要視されるようになってきました。「素質教育」とは、「各生徒の個性を生かし、それぞれの才能を伸ばすことができるような教育」ということだと思います。このような「素質教育」の考え方に基づいて、日本語の作文も生徒の個性を伸ばすための指導をするべきではないでしょうか。そこで、今回は「個性を生かした作文」を書くための指導法を考えてみたいと思います。 「個性のある作文」とは中国の高校生に「ふるさとの四季」という題名で作文を書かせると、ほとんどの生徒が次のように書きます。
実は上の作文例は、何人かの生徒が書いた作文をもとに、私が書いたものです。しかし、皆さんもきっとこのような作文を読んだことがあるに違いありません。実際に中国の生徒はこのような作文をよく書くからです。 ところで、このような作文に「作者の個性」を感じることができるでしょうか。この作文には、書いた生徒が故郷で経験したことや感じたこと、或いは考えたことがまったく書かれていません。つまり、「この作者でなければ書けないこと」がまったくなく、誰でも書けるような、ごく一般的なことだけが、なんの感動もなく書かれているだけなのです。そのため、作文の最後の「私はふるさとを誇りにします。私はふるさとを愛します」という文がまったく読む人の共感を呼ばないのです。この例から分かるように、「個性のある作文」というものは、その作者でなければ書けないような、個人的な経験や考えが書かれていなければなりません。 今度は、そんな「個性のある作文」の例を見てみましょう。これらの作文例は黒龍江省鶏西市の鶏東朝鮮族中学の生徒が書いたものの抜粋です。助詞など文法的な間違いは直してあります。
崔梅花さんの作文は、「冬が好きです……雪が好きです……雪の道を散歩するのが大好きです」という表現の繰り返しが、一編の詩のように読む人の心に残ります。これは、梅花さんが、自分が本当に「好きだ」と思っていることを書いているからだと思います。この「好き……好き……大好き」という表現を、さきほどの「私は故郷を愛します」という表現と比べると、「その作者でなければ書けない個性的な表現」という意味がよく分かると思います。 金紅女さんの作文は「ふるさとには川と湖がたくさんあります。春になると花や草がはえはじめます」までは、どこにでもある普通の作文なのですが、次の「春の魚はとても新鮮でおいしいです」という文によって、前の文が生き生きとしてくるのです。それは「新鮮でおいしい」という文に、作者自身の経験が表現されているからです。そして、その文が次の「子供の頃、父はいつも私に魚をとってくれました」という文につながって、紅女さんでなければ書くことができない個性的な文章が生まれているのです。 金麗さんの文章は、「山のタンポポをとったり、写真をとりながら」というところがいいと思います。この文がなければ、個性の感じられない平凡な文章になるところでした。さらにハイキングの時の家族の様子がもう少し書かれていると、もっといい文章になります。 上に挙げた作文は、どれも、作者の個性が感じられる文章になっていますが、特に難しい表現が使われている訳ではありません。一文一文は、誰でも書ける普通の表現でいいのです。自分の経験や考えたことを、短い文で一つか二つ書くだけで、作文がずっと個性的で生き生きしたものになるのです。 個性を生かした作文を書くための指導ふだんから自分の思っていることを、日本語でつくってみる練習をしておくことが大切です。教科書の文章の暗記だけでは、そのような力はつきません。「自分で短文をつくる練習」をいつもしておくことが必要です。 個性的な作文を書くためにもう一つ重要なのは「単語」です。普通、教科書は誰でも使う一般的な語彙しか取り上げていません。だから、自分の経験や考えを書くためには、教科書の単語では少し足りないのです。例えば、上に挙げた作文でも「あおがえる」「黄金色(=秋の収穫時の田畑の色)」「タンポポ」などの単語は教科書にないと思います。そこで、自分の周囲にあるものを日本語でどのように言うのか、いつも辞書などで確認しておかなければなりません。また、教師は機会があれば、そのような単語を分類し、まとめて生徒に教えるといいと思います。「花の名前」とか「野菜の名前」を写真パネルなどを使って教えるのです。この時、生徒に暗記させたり、宿題にしたりする必要はありません。生徒は自分が興味のある単語は自然に覚えてしまいます。 以上のことを参考に、先生方も「個性を生かした作文を書くための指導」について考えていただければ幸いです。 本田弘之
杏林大学助教授 |