2004年4月号 読み手・聞き手の注意を促す過去形の用法 |
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高校『日語』第2冊第12 課の本文に次の文があります。 「レースを見ていた人たちがみんな立ち上がって、叫んでいます。」 今、観客はレースを見ていますか、見ていませんか。見ているなら、どうして「レースを見ている人」ではないのですか。「叫んでいる」時には、もうレースを見ていないのですか。 |
この文だけを見ると、質問にあるように、レースが終わり、レースを見終わった観客が、立ち上がって叫んでいる、というように解釈されがちです。しかし、前後の文脈から考えると、まだレースは続いており、観客はレースを見ていると考えられます。これは時制(テンス)の問題でもあります。 「タ形」(過去形)は、過去の動作や出来事を表すのを基本としていますが、それだけではありません。読み手や聞き手に注目を促す表現もあります。例えば、鍵をどこに置いたか忘れてしまい、その鍵をさがして見つけた時に「あっ、こんなところに鍵があった」と言います。これは「事実の発見」に視点を置いた言い方で、過去を表しているのではありません。 本文を「レースを見ている人たち」と置き換えても間違いではありません。しかし、次の文(「高校生たちが作ったソーラーカーが途中で壊れて止まってしまったのです。」)は読み手の視線を向けるのに効果的ではありません。「レースを見ていた人たち」とタ形で表現したのは、この文の書き手が、レースを見ている観客の存在を認め、焦点をあてることによって、読み手にその存在を伝えるという役割があります。つまり、「レースを見ていた人たち」という表現にすることで、誰が立ち上がって叫んでいるのかが、より明確になり、臨場感も加わり、実況中継に近い効果が出るのです。 加納陸人
文教大学教授/『日語』日本側主任編集委員 |