2003年7月号 絶対敬語と相対敬語 |
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日本語の敬語の使い方は、朝鮮語に劣らずなかなか複雑です。朝鮮語話者にとって、ある意味で分かりにくく、難しいことかもしれません。日本語の敬語は「上下関係」だけでなく、「親疎関係」も問題になるからです。つまり、相手が目上か目下かということだけでなく、親しいか親しくないかということも敬語の使い分けの基準になるのです。例えば、目上で最も親しみのある存在である父親との会話を考えてみましょう。朝鮮語では、「お父様、おはようございます」となりますが、日本語では「お父さん、おはよう」というように、特に敬語を用いないほうが自然で一般的です。では、自分よりも明らかに年下あるいは目下で、親しくない人に対してはどうでしょうか。この場合、朝鮮語ではあまり敬語を用いません。それに対して、日本語では、この場合は敬語を用います。例えば、朝鮮語では、「あなたは、○○教授様の孫ですね。」というように、目上である「教授様」には敬語を使いますが、年下の「孫」に敬語を使うことはありません。一方、日本語では、「あなたは、○○教授のお孫さんですね/お孫さんでいらっしゃいますね」というように、年下であっても、親しくない「孫」に対して敬語を使います。 さらに、朝鮮語話者にとってもっと難しいのが、話し手の立場による尊敬語と謙譲語の使い分けです。例えば、朝鮮語では自分より目上の人に対しては、どんな場合でも必ず敬語を使います。その人と直接、会話する場合はもちろんのこと、外部の人との会話でその目上の人を話題にする場合も、その目上の人に対して敬語的表現を使います。それに対して、日本語では、家族を誰かに紹介する時や、話題が家族に関する内容になった時、その家族がたとえ「おじいさん」「おばあさん」「お父さん」「お母さん」「お兄さん」「お姉さん」など、自分より年上であっても、謙譲語を使います。例えば、医者である「おじいさん」のことを話題にする場合、朝鮮語では「私のおじいさまは、お医者様でいらっしゃいます」という表現になりますが、日本語では「私の祖父は医者です」という表現になります。日本語の敬語が「相対敬語」といわれる所以です。朝鮮語の敬語に相対的な特徴がないわけではないのですが、「絶対敬語」としての特徴が強く、上述したように目上であれば敬語を使って対応するのが原則です。 また、朝鮮語では「先生」のことを「先生様(남/任/nim」というような表現をしますが、日本語では「先生」だけで十分です。頭で分かっていても、慣れるまで抵抗があるかもしれませんが、日本語を話す時には敬語のスイッチも切り替えましょう。 泉文明
龍谷大学国際文化学部助教授 |