2003年7月号 暗唱から会話へ (1) |
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私はこれまでに中国で日本語の授業を見る機会がたくさんありました。今回は、ある中国人の先生の授業の話から始めたいと思います。 その授業は、当時新しく出版された高校『日語』を使った授業でした。授業の中で、先生は「これからロールプレイをしてください」と言って、二人ずつ生徒を順に指名しました。指名された生徒が二人ずつ次々に前に出て、日本語で会話を始めました。きっと、相当の時間、練習したのでしょう。生徒たちはとても流暢に日本語を話しました。しかし、生徒たちは皆、暗記した会話文をそのまま暗唱しているだけでした。この時、私は「この生徒たちは、実際の場面でも日本語が上手に話せるのだろうか」と疑問に思いました。また、「生徒たちは、ただ日本語を暗唱するだけで満足するのだろうか」とも思いました。実際、暗唱するだけの会話がつまらないのか、自分で表現を少し変えて話している生徒もいました。 ところで、この時、先生が生徒にさせた練習法は、厳密に言うと「ロールプレイ」ではなく、「シナリオドラマ(会話文を暗記して役を演じる練習法)」と言われるものです。本来、ロールプレイとは、ロールカードで場面と役割を与えられた学習者が、その条件のもとで自由に会話を行う練習法です。例えば、「できます」という可能の言い方を習ったあと、「就職の面接」の場面で、「面接をする貿易会社の人」「面接を受ける学生」という役割を与えられた学習者が「日本語の翻訳ができますか」「はい、できます」「では、パソコンは?」などと、与えられた条件のもとで自分で自由に考えながら会話をする練習法です。 授業で先生が生徒にさせたシナリオドラマも、よく行われる口頭練習の一つですが、この練習だけでは、実際のコミュニケーション能力は身につかないと言われています。その理由は、シナリオドラマで行われる会話は、「暗唱するだけの会話」だからです。ですから、そのような練習しかしていない生徒は、実際の会話では、なかなか自由に考えながら話すことができないというのが現実のようです。 では、どのようにして、生徒にコミュニケーション能力が身につくような会話練習をさせればいいのでしょうか。まず、次の会話文を見てください。
これは、高校『日語』第1冊第11課の会話文です(ただし、少し短く編集してあります)。これを使って会話練習の方法について考えてみましょう。 練習の最初は、やはり「口慣らし」から始めます。会話文を板書するか、あるいは紙に書いたものを黒板に張って、口頭練習をさせます。先生が言ったあと全員にコーラスで言わせ、次に、生徒同士で言わせるようにします。例えば、男子生徒と女子生徒、教室の右半分と左半分というようにすると、生徒の話す機会が増えます。この段階は、決められた会話文をそのまま読んでいる段階です。うまく読めているからといって、それが完全に頭に入ったとは限りません。そこで、黒板に書いた会話文を易しい表現から少しずつ消していき、読まないで言えるように練習させます。そして、黒板から文字が全部消えた段階が会話文を暗唱している段階です。しかし、上で述べたように、この段階は、実は自分で自由に考えながら話しているわけではありません。そこで、さらに、生徒が自分で自由に考えながら話ができるように、工夫をするわけですが、次回は、その方法についてお話ししたいと思います。 山口敏幸
国際交流基金派遣日本語教育アドバイザー |