2004年4月 導入を考える(2) |
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前回、媒介語を用いないで導入する場合、いかに適切な場面、状況を提示するかが大切だということをお話ししました。今回も、いくつかの例を挙げながら、導入のための適切な場面、状況についてお話しします。 まず、絵1と2を見てください。これらの絵は、願望を表す「~たい」を導入するための絵です。絵1は、おそらく見てすぐに「ステーキが食べたい」という願望を表していることが自然に理解できるだろうと思います。 しかし、絵2はどうでしょうか。「(天気がいいので)泳ぎに行きたい」という願望を表していると理解することもできますが、「(天気がいいので)泳ぎに行こうかな」と自分に問いかけているとも理解できるのではないでしょうか。つまり、願望を表す「~たい」を導入する場面としては、願望表現と直結する絵1のほうが適しているといえるのです。また、絵1は、インパクトが強く、印象に残りやすいという意味でも効果的です。 では次に、「見せてください」の導入には、どのような場面を提示すればいいかを考えてみましょう。以前、教師研修の際に、この質問をしたところ、「買い物」の場面(絵3)と答えた研修生がいました。確かに気に入った品物を指さして「見せてください」ということはよくありますし、自然です。しかし、この場面を見た生徒の中には、「いくらですか」「それをください」と理解する生徒もいるのではないでしょうか。つまり、この場面は、「見せてください」とは違う意味に理解される可能性があるということになります。 では、ほかにどのような場面が適しているでしょうか。写真を見ている人に、「見せてください」という場面(絵4)はどうでしょうか。おそらく、この場面だと、「いくらですか」「それをください」と理解される恐れはないでしょう。しかし、「何を見ているのですか」「見てもいいですか」などと理解する生徒がいるかもしれません。つまり、この場面も、意味が一つに限定されず、誤解される可能性があるということになります。 それでは、海外旅行の際の税関で、パスポートを「見せてください」という場面(絵5)はどうでしょうか。おそらく、この場面なら、「いくらですか」や「それをください」「何を見ているのですか」「見てもいいですか」などと誤解されることはないはずです。したがって、絵5は、3、4よりも導入に適していると言えそうです。ただし、中学生に教える場合、この税関の場面自体、経験がなくて分からないということも考えられますから、別の意味で注意が必要になります。 このように、媒介語を用いないで教える場合、導入しようとする語彙、文型、表現が、実際にどのような場面で使われているか、そして、さらに、その場面がほかの語彙、文型、表現と場面的に重ならないかということが非常に重要になり、場面提示における教師の力が問われることになります。 次に、「ちょうどいいです」という表現を導入する場合を考えてみましょう。 この表現は、「過不足ない」という状態を表し、それを視覚的に表すと、絵6になります。しかし、この絵だけで、「ちょうどいいです」を理解させるのは無理です。つまり、「過不足ない」状態を表す「ちょうどいいです」は、その前段階として、「過不足ある」状態、「大きいです」(絵7)、「小さいです」(絵8)を示さなければ、きちんと理解されないということです。 このように、場面の提示は、場合によってはいくつかの段階を追って行わなければならないということも知っておく必要があります。 最後に、もう一つ例を挙げましょう。「~ん(の)です」は、文法的には、説明や理由づけを表すといわれますが、この表現の導入には、どのような場面を提示すればいいでしょうか。 この場合、重要になるのは、この表現には、前提となる場面、状況、文脈があるということです。したがって、この表現を適切に導入するためには、この前提となる場面、状況、文脈をどのように示すかが重要になります。 まず、絵9と10を見てください。これらは、「旅行に行くんですか」を導入するための絵です。女性の引いているトランクを見て、男性が「彼女は旅行に行く」と判断した結果としての発話が「旅行に行くんですか」であり、この男性の「判断」がこの発話の前提です。そうした意味からすると、絵9と10では、当然、前提となる「判断」を、絵の中で矢印によってはっきり示している絵10のほうが導入に適しているということになります。 さらに、絵11(判断)、絵12(発話)のように段階を追って場面を提示すると、もっと効果的に導入することができるのではないでしょうか。 山口敏幸
国際交流基金派遣日本語教育アドバイザー |