世界の人びと、とりわけ子どもたちを撮影してきた写真家の田沼武能さん。ことばの壁をどんなふうに乗り越え、自然な表情を引き出したのでしょうか?
▼「誠心誠意」がコミュニケーションの始まり
1957年、モスクワで開かれた世界青年学生平和友好祭の撮影で、初めてソ連を訪ねました。ロシア語がわからないから、相手が言っていることもわからなければ自分も何を言っていいんだかわからない。でも、ホテルにこもっていては仕事にならないから、ホテルの前を走る路線バスに乗って、写真になりそうなところで降りて町をスナップして歩きました。帰りは反対側の道から同じ番号のバスでホテルに帰るわけです。
あるとき、トレイに行きたくなったんだけれども、どこに公衆トイレがあるのかわからない。そこで、公団住宅に入って通りすがりの人に言ったんです。直訳すると「トイレください」と。これが意外と通じてね。自分の階にあるトイレの鍵を貸してくれました。用を済ませて帰ろうとすると、後ろから追いかけてきて、日本製のカップでお茶をご馳走するからうちに来いっていうんです。推察で判断したんですが......。それでアパートの一室に通されてね。ことばはわからないんだけれども、相手が一生懸命しゃべっている動作やなんかでわかる。次第に通じるようになっていくんですね。これがことばを理解していく始まりじゃないかと思います。生まれたばかりの赤ちゃんがいたから写真を撮ってあげて、夕飯までご馳走になってしまいました。
ぼくみたいに世界130ヵ国も回っていると、そこの国のことばが全部わかるなんてありえない。でも誠心誠意伝えようとする、聞こうとする。これが人とのコミュニケーションの基本ですね。その上でことばが大事になってくるんです。ことばが通じるようになって初めて、相手のことが理解できるようになるわけですから。
ことばを学ぶには、若いときに海外へ出て行くといいですね。そうすると生活に必要なことばができるようになりますから。生活のなかで覚えたことばは、年をとっても出てきます。
それから英語以外のことばも大切です。例えば、オリンピックの撮影をする友人は5ヵ国語できます。そうじゃないと、いろんな国の選手を取材することを知ることができないですからね。